恋に似ている。





 昔から大嫌いだった。
 自信家で、傲慢で、意地悪で、節操無しで、不満な点を挙げたら切りがない。良いのは仕事の腕と容姿だけなのではないかと常々思う。
 はっきり言って、その男がランボは好きじゃない。
 だが今、ランボの目の前には大嫌いなその男がいる。
 男の名前はリボーン。
 ランボとは同業者だが、地位も名誉も名声も実力も比べ物にならないほど格上の相手である。
 しかし今、全てに置いて格上のリボーンが、飛んでも無い事を言ったような気がする。
「……今、何て言ったの?」
 ランボは驚愕に目を見開き、恐る恐るといった様子でもう一度リボーンに訊いた。
 そんなランボにリボーンは形良い眉を顰める。
「聞き取れなかったのか? 只でさえお前は馬鹿なんだ。せめて耳くらい正常に機能させとけ」
「馬鹿って言うな!」
 リボーンの悪態にランボは条件反射で言い返していた。
 だが、直ぐにこんな言い合いをしている場合ではないと思い直す。
 それ程にリボーンの発言は信じられないものだったのだ。
「き、聞き逃したのは悪かったよ……。だからお願い、もう一度」
 こうして腹立ちを抑えながらも低姿勢になるランボに、リボーンは呆れた表情になる。
「仕方ねぇな。馬鹿なお前が理解出来るまで何度でも言ってやる」
 そしてリボーンはゆっくりと言葉を紡いだのだ。

「好きだ。俺と付き合え」

 ランボは気絶しそうだった。
 同じ言葉を繰り返されれば、さすがに聞き逃しは許されない。
「そ、そんな……、嘘だ……」
 ランボはリボーンを凝視し、信じ難い言葉に愕然とする。
 だって、リボーンは確かに『好きだ』と言ったのだ。ランボに向かって『好きだ』と。
 しかも『付き合え』という言葉が続くという事は、恋愛感情が籠められた言葉という事になる。
 ランボはそこまで考えると、「信じられない……」と呟いて頭を振った。
 だが、こうしてランボが苦悩しているというのに、元凶であるリボーンは心底楽しそうな笑みを浮かべていた。そして、止めの一言である。
「信じろ」
 そう囁いたリボーンは同性でも見惚れるほど魅力的な男だと、ランボは改めて思い知らされた。
 甘く低い声色は心を惑わし、鋭く黒い瞳は心の内を見透かす。
 端麗という言葉が相応しいリボーンの容貌は、一流の職人によって造られた人形のように隙無く整っており、全てが計算し尽くされたかのような造形である。
 こうしたリボーンは普段は近寄り難く硬質的な雰囲気を纏っているが、だからこそリボーンの甘い囁きは効果が強すぎた。
 そんな容貌で、そんな眼差しで、そんな声色で口説かれれば落ちない人間などいないだろうと思えるのだ。
 ランボだって、リボーンと十年以上の付き合いが無ければ絆されていただろう。
 だが、幸か不幸かランボはリボーンという男がどういう男が知っている。
 だからこそ信じられないのだ。
 ランボは幼少期の頃を思い出す。
 十年ほど前までランボはリボーンへの襲撃を繰り返し、その度に手酷い返り討ちにあってきた。しかも普段は格下や三流と呼ばれてまったく相手にされず、ほとんど無視されている状態だったのである。
 そうした日々を過ごす中で、ランボがリボーンを大嫌いになっても致し方ないだろう。
 それなのに、リボーンはランボを好きだと言う。
 今までそんな素振りがまったく窺がえなかっただけに、これはランボにとって青天の霹靂だった。
 ランボは愕然とした面持ちでリボーンを凝視する。
「ごめん……、やっぱり信じられないよ。それに、あんたにはたくさん愛人いるし、わざわざオレを相手にしなくても……」
 そうである。リボーンは赤ん坊の頃から複数の愛人を囲っており、女性には困っていない筈だ。その上リボーンの愛人はどの人も美しく、わざわざランボを相手にする理由が分からない。
「それなら、愛人と別れてやろうか?」
「え……?」
「お前が俺のものになるなら、愛人とは手を切ってやってもいいって言ってんだ」
 衝撃である。
 リボーンは愛人達をとても大切にしているというのに、ランボ一人の為に別れても良いと言っているのだ。これは衝撃以外の何ものでもない。
「じ、冗談は止めてよ! いったいどういうつもりなんだよ!」
 言葉を信じられないランボは、リボーンをキッと睨みつけた。
 馬鹿にしているとしか思えない。
 それに、例えリボーンの言葉が本気であったとしても、ランボが応える事が出来る訳がないのだ。
 何故なら、ランボはリボーンが大嫌いだからである。
「とにかく、そういう事は今後一切言わないでよ!」
 ランボはそう声を荒げると、「オレはリボーンなんか大嫌いだ!」と捨て台詞を残して逃げるように走り去ったのだった。





 次の日。
 ボンゴレ屋敷に呼ばれたランボは、執務室に通されて綱吉を待っていた。
 昨日リボーンから告白されてしまった事もあって、屋敷にはリボーンがいると思うと足が重かったが、ボンゴレ十代目である綱吉の呼び出しに応えない訳にはいかないのだ。
 ランボは昨日の事を思い出し、「やっぱり有り得ない……」と力無く呟く。
 今までのリボーンを思うと、リボーンがランボの事を好きだったなんて有り得ない事のように思うのだ。
 誰かの告白でこんなに苦悶したのは、ランボにとって初めての事だった。
 ランボとて、今まで告白された事は数多くある。数だけなら、その辺の男よりも多いくらいだろう。
 しかも、ランボに想いを寄せるのは女性だけではなかった。
 女性だけでなく、何故か同性である男にも想いを寄せられる事が多かった。もしかしたら女性よりも男性に告白された数の方が多いかもしれない。
 初めて男に告白された時などは、目の前が真っ暗になって卒倒しそうだった。だが、面と向かって口説いてくる男はまだマシな方である。最悪の場合、どさくさに紛れて襲ってくる男までいたのだ。ランボはそんな男達を片っ端から蹴散らしてきた事もあり、男に好かれる事は慣れてしまった。
 だから、男に告白された事はそんなに驚いていない。
 ランボが驚いているのは、相手がリボーンだからなのだ。
 リボーンはランボを今まで散々苛めてきたというのに、今更どういうつもりなのか分からない。又、そんなリボーンをランボが好きになれる筈がなかった。
 ソファに腰掛けていたランボは、目前にある大理石のテーブルを覗き込んだ。
 光沢ある大理石に、ランボの顔が映っている。
「なんで男ばっかりにもてちゃうんだろ……」
 大理石に映るランボの容貌は何処からどう見ても男である。決して女性のような容姿をしている訳ではない。
 しかし「なんで?」と言いつつも、ランボは薄々気付いている。
 ランボの容姿は元々整っているが、翡翠色の瞳は甘さを孕み、乳白色の肌は肌理細かく滑らかな手触りを思わせる。又、成長過程にあるランボは体格的にも華奢と形容される事が多く、酷く頼りない印象を与えるのだ。
 しかもランボの頼りなさの中には、妙な感覚を掻き立てる色香があった。
 元々整った容姿とそれとは裏腹な頼りない性格は、その色香に微かな艶を与えており、ランボが纏う雰囲気には花が昆虫を誘うような妙な色香があったのだ。
 そんなランボに対して庇護欲を掻き立てられる男が多く、それが欲望に発展してしまうのだろう。
 そんな自分の魅力に気付いているランボは、当初はこんな自分を嫌悪したが、慣れてしまえば利用する狡猾さも覚えてしまった。
 欲望を向けられる事は勘弁して欲しいが、甘やかされる事が好きなランボは庇護欲なら我慢し、場合によってはわざと掻き立てる事もあったのである。
 こうしてランボが大理石に映る自分の顔を眺めていると、しばらくして執務室の扉が開いた。
「お待たせ。遅くなってごめんね」
 そう言って執務室に入って来たのは綱吉だった。
 ランボは綱吉の姿にパッと表情を輝かせるが、その後ろに控えているリボーンの姿に表情が固まった。
 そう、執務室に入って来たのは綱吉だけではなかったのだ。ヒットマンでありながら綱吉の護衛を兼任するリボーンは、綱吉と一緒に行動している事が多いのである。
 当然ながら、リボーン個人の仕事が入っていない限り、綱吉に会うという事はリボーンにも会うという事に繋がるのだ。
 だが、綱吉の前でいつまでも硬直している訳にはいかず、ランボは内心の動揺を隠して綱吉に挨拶する。
 しかし綱吉に視線を向けるという事は、その背後にいるリボーンも視界に映してしまうという事で、ランボは居心地の悪さを感じてしまった。
 そうしたランボは無意識に緊張感を高めてしまったが、少しして「あれ?」と内心で首を傾げた。
 ランボはリボーンの反応に構えているというのに、リボーンの方は普段と変わった様子が一切無かったのだ。
 リボーンは普段通りランボを無視し、ランボを相手にしようとする様子がまったく無い。
 ランボが此処にいる事は分かっている筈なのに、無駄に話しかけてくる事はなく、向けられる視線も興味なさ気な様子なのだ。
 拍子抜けである。
 昨日の告白は夢だったのか? とすら思ってしまう。
 ランボとしてはその方が有りがたいが、せっかく構えていたというのに空振りしてしまった心地だ。
 取りあえず普段と変わりないリボーンに内心で安堵したランボは、自分も極力意識しないように心掛けて綱吉に向き直った。
「あの、それで用件は何だったんでしょうか? 仕事ですか?」
 ランボがボンゴレ屋敷を訪れたのは、綱吉の呼び出しだったのである。仕事かな? と予想したランボはそう訊いた。
「ランボに渡したいものがあるんだよ」
 ランボの質問に綱吉はそう言うと、執務机の中から一枚の手紙を取り出す。
「これ、ランボ宛に届いた招待状だよ」
 そう言って綱吉から手渡されたのはパーティーの招待状だった。
 それを受け取ったランボは、差出人を見て驚いたように目を瞬く。
 差出人の名前は聞いた事のあるもので、ボヴィーノファミリーが近々取引きをする相手だったのだ。
 名前はベルティエ。フランスの豪商だが、裏ではマフィアとの繋がりがある男である。
 このように財界の人間がマフィアと癒着している事は珍しい事ではない。裏社会と表社会は切っても切れないものであり、それによって守られているバランスもあるのだ。
 互いの世界に深く干渉する事はないが、それでも無視する事は出来ない。表立って繋がりが取沙汰される事はないが、どんなに潔癖に見えるものも必ず何処かで繋がっていた。
 そうした関係もあり、当然パーティーの招待状は取引きを控えるボヴィーノにも届いていた。しかしボヴィーノへ届いたものはドン・ボヴィーノをはじめとした上層部宛で、まだまだ下層部のランボには関係無かったものである。
 ランボはドン・ボヴィーノに本当の息子のように溺愛されているが、それでも立場のけじめはあるのだ。
 だが、ボヴィーノファミリーでは下層部でも、ボンゴレファミリーでは雷のリング守護者という幹部クラスの肩書きを持っていた。
 その為、今回のパーティーはボヴィーノ経由ではなく、ボンゴレ経由で招待されたのだろう。
「オレも出席しなきゃいけないんだけど、ランボも行くでしょ?」
「そうですね。せっかくのお誘いですし、うちのボスやボンゴレの方々も出席するなら行こうと思います」
 ランボは招待状を目にし、笑顔でそう言った。
 自分にも雷のリング守護者として招待状が来ているなら、それは綱吉の護衛を兼ねた出席という事になるのだ。それを断わる理由はない。
 ランボはヒットマンとしての実力もリング守護者としての経験もまだまだ三流と称されるほどしかないが、それでも大好きな綱吉を守りたいという気持ちがある。
 綱吉には幼少時の頃から面倒を見てもらっている事もあって、まるで本当の兄のように慕っているのだ。そして綱吉の方も、ランボを弟のように可愛がってくれている。
 綱吉のランボに対する可愛がりぶりは、手の掛かる子供ほど可愛いという言葉通り子離れ出来ない親のようであるが、ランボは大好きな綱吉に可愛がってもらえる事が単純に嬉しかった。
 こうして招待状の件についての話が終わり、綱吉が「美味しい紅茶があるんだけど、飲んでくでしょ?」とランボを誘う。
 もちろんランボが断わる筈もなく、「喜んで!」と丁寧に礼をした。
 ランボがボンゴレ屋敷でティータイムを楽しむ事は珍しい事ではなく、ボンゴレの構成員達もリング守護者であるランボを温かく歓迎してくれている。
 そんなボンゴレ屋敷はランボにとって居心地が良く、仕事以外の時も遊びに来る事が多かったのだ。
 今も、綱吉に誘われて始まったティータイムが嬉しくてしょうがない。今の室内にはリボーンの姿もあるが、ランボに対して普段と変わらぬ態度でいてくれているので気にならなかった。
「ランボが好きそうなケーキを取り寄せたんだ。どう、美味しい?」
「有り難うございます! 美味しいです!」
 ランボは紅茶とケーキに囲まれ満足そうに頷く。
 そうしたランボの姿に綱吉も嬉しそうに微笑んだが、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「それにしてもランボ、最近ボンゴレに遊びに来る事が多いけど、ボヴィーノの方は大丈夫なの?」
 それは綱吉からすれば何気ない質問である。
 だがこの質問にランボはピクリと反応し、思わずティーカップを持つ手を止めていた。
 そうなのだ。ランボは綱吉の言う通り、ここ最近は毎日のようにボンゴレ屋敷に遊びに来ていた。
 今日は偶々綱吉に呼び出されたが、昨日も一昨日もそのまた前も、ずっとボンゴレ屋敷を訪れていたのである。
 元々ボンゴレに遊びに来る事が多いランボだったが、最近はほとんど入り浸り状態だったのだ。
 その事を言われたランボは、少し困った様子で視線を泳がせた。
 ランボも自覚はあるのだ。
 しかしその理由を綱吉に話すことは躊躇われた。
 ランボがボンゴレに入り浸る理由とは、ボヴィーノ屋敷に顔を出したくないというものだった。
 だが、それはドン・ボヴィーノに会いたくないというものではない。ドン・ボヴィーノはランボにとって父親のような存在で、毎日だって会いたいと思えるくらい大好きな人だ。
 そう、ドン・ボヴィーノには会いたい。でも、今は何だか嫌だった。
 それというのも三ヶ月前、一人の男がドン・ボヴィーノを訪ねてきたのだ。
 男はカルヴァロという名前で、ドン・ボヴィーノの遠い親戚である。最初は一介の客人としてボヴィーノ屋敷に住み込み始めたのだが、ドン・ボヴィーノの親戚という事もあって気が付けばファミリーの上層部に名を列ねるようになっていた。
 ランボは、ドン・ボヴィーノの側でまるで古参幹部のように振る舞うカルヴァロを思い出し、苦々しい気持ちになる。
 カルヴァロは年若くして博士号を修得しているなど、ランボと違って頭脳明晰な人物だった。その頭脳を活かしてドン・ボヴィーノの相談役のような立場になっているのだ。
 しかも物腰柔らかな振る舞いをするカルヴァロは穏やかな雰囲気を纏い、まるで絵に描いたような紳士である。そんな彼は、誰もが好印象を抱く好青年だった。
 本来ならドン・ボヴィーノの親戚とはいえ、年若い新参者が相談役などしては反発を買う筈なのだが、彼は不思議なほど巧みにファミリーに溶け込んでいったのである。
 反発無く溶け込めた事は、本当なら喜んで良い事なのかもしれないが、ランボはどうしても何かが引っ掛かっていた。
 ボヴィーノファミリーは基本的にのんびりとした穏健派のファミリーであるが、それでもマフィアはマフィアである。ドン・ボヴィーノの親戚とはいえ、そう簡単に上層部に取り入る事など出来ない筈なのだ。
 こうした事情があって、ランボはボヴィーノ屋敷から足が遠のいていた。
 ドン・ボヴィーノに会いに行くという事は、必然的にカルヴァロとも顔を合わせてしまうのである。それが嫌なランボは、ボヴィーノへ行けない分だけボンゴレへ遊びに来る機会が増えていたのだ。
 しかしランボは、この事情を綱吉に話す事を躊躇った。いくら綱吉が相手とはいえ、ボヴィーノファミリーの内情を世間話のように簡単に話す事は出来ないのである。
「ご、ご迷惑でしたか?」
 事情を話す事は出来ないが、それでも頻繁に訪ねている自覚があるランボは心配気に訊いた。
 ボンゴレに遊びに来る事は好きだが、綱吉を困らせているのなら話は別なのだ。
 しかもボンゴレ十代目という立場の綱吉は多忙なのである。今まで綱吉の好意に甘えていたが、もし邪魔をしていたなら考え直さなくてはならない。
「申し訳ありません、考え無しに来てしまって……」
 ランボは自分の安易な行動を恥じるが、綱吉は「迷惑なんて思ってないよ」とランボを優しく宥める。
「ランボならいつ来てくれても構わないよ。半分はボンゴレみたいなものなんだから」
 そう言った綱吉は、まるで当たり前の事を話すような口振りだった。
 実際綱吉は、ランボがボンゴレに遊びに来る事を心から歓迎している。忙しくて相手をしてやれない時もあるが、そうした時も気兼ねなくボンゴレで過ごしていって欲しいくらいだ。
 そんな綱吉は、ドン・ボヴィーノには申し訳ないがランボの事を半分ボンゴレファミリーの人間だと思っている。それはランボが雷のリング守護者だという事もあったが、それ以上に幼い頃から面倒を見てきた子供が可愛くて仕方ないのだ。
 こうした綱吉の優しさに、ランボはほっと胸を撫で下ろす。
「有り難うございます。嬉しいです」
 ランボが安堵した様子で礼を言うと、綱吉は「遠慮しないでよ」と普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべた。
「でも、何かあったら直ぐに相談するんだよ? 可能な限り力になるから」
「はい。お気遣い有り難うございます」
 ランボはそう言って笑ったが、やはりボンゴレである綱吉にボヴィーノの内情を話す事はなかったのだった。



 ティータイムを楽しんだランボは、綱吉に丁寧に礼をして執務室を後にした。
 本当はもっと長居したかったのだが、先ほどのティータイムでランボが入り浸っているという話題が出てしまっただけに遠慮してしまったのだ。
 綱吉はゆっくりしていけと引き止めてくれたが、ランボはそれに甘えることなく出てきたのだ。
 だがせめて時間稼ぎでもするかのように、ランボは赤い絨毯が敷かれた屋敷の長い廊下をゆっくり歩く。
 今日は仕事も入っていない事もあり、自宅アパートへ帰っても何もする事はないのだ。
 こうしてランボが廊下を歩いていると、ふと、背後に知った気配が立った。
 ランボはまさかと思い振り向くと、「わっ、リボーン!」と驚いたような声を上げる。
 そう、背後にはリボーンが立っていたのだ。
 驚くランボに、リボーンは「注意力散漫だな」と口元に薄い笑みを刻む。
「何でリボーンがいるんだよ!」
「追って来たに決まってるだろ」
 声を荒げたランボに、リボーンは当然の事のように言い放った。
 その言い様はあまりに堂々としたもので、ランボは「追ってきたって……」と言葉を失くす。
 だが、いつまでも黙っている訳にはいかず、ランボはキッとリボーンを睨みつける。
「何で来るんだよ。オレは帰るんだけど」
 全身で邪魔だという意思を発し、ランボは生意気な口調で言った。
 しかしそんなランボの言葉などリボーンが気にする筈がなく、口元に薄い笑みを刻んだままランボの前へ一歩近づく。
「な、なに……?」
 リボーンに近づかれ、ランボは一歩後ずさる。
「……ち、ちょっと来ないでよ」
 ランボが一歩逃げれば、リボーンも一歩足を進める。
 悠然とした足取りでゆっくりと迫ってくるリボーンに、ランボは後ずさって逃げ続けるが、とうとう背中が壁にぶつかってしまった。
 逃げ道を無くしたランボは動揺し、目の前まで迫るリボーンを見る。
 そのランボの焦った様子にリボーンは目を細めると、壁に背中をあずけるランボの両脇に手をつき、腕で檻を作るようにしてランボを閉じ込めてしまった。
「か、帰らせて欲しいんだけど……」
 リボーンが作った檻からの解放を望むランボだが、リボーンはそれを無視する。そして。
「昨日の返事を聞いてない」
「う……っ」
「おい、返事をしろ」
 昨日の返事とは、間違いなく告白の件である。
 執務室では普段と変わらぬリボーンだったので、昨日の事は夢かと思ったがやっぱりそうではなかった。
「へ、……返事って何のこと?」
 しかしリボーンからの告白を蒸し返したくないランボは、惚けたように視線を泳がせてそう言った。
 昨日の告白はランボにとって衝撃が強過ぎるものだったのだ。出来れば二度と聞きたくない。
 それなのに、惚けて見せたランボに対しリボーンは嘲笑を浮かべる。
「もう一度言ってやろうか?」
 そう言ったリボーンは、射抜くような眼差しでランボを見ていた。
 そしてリボーンの手がランボの頬に添えられ、指先がゆっくりと輪郭をなぞる。
 ランボは、そのリボーンの指の感触に息を飲んだ。
「……ちょっとリボーン……っ」
 あのリボーンが目の前に迫っているのだ。ランボは青褪めた表情になる。
 リボーンの指の感触に嫌悪を感じている訳ではないが、背筋にゾクゾクとしたものが駆け抜け、妙な感覚を覚えてしまう。
 そんなランボの様子にリボーンは目を細めると、ゆっくりとランボに覆い被さる。そして耳元に唇を寄せた。
「何度でも言ってやる。――――好きだ」
 ランボの耳元に響いたのは、低く甘い声色。
 それと同時にリボーンの吐息が耳元にかかり、堪らない気持ちが込み上げる。
「う、うわあぁぁぁ!」
 ランボは我慢出来なかった。
 我慢出来ずに叫びだし、渾身の力で自分に覆い被さるリボーンを押し退ける。
「や、やや止めろよ! オレはリボーンなんか大嫌いだ!」
 ランボは焦った様子でそう喚くと、「二度と好きとか言うな!」とまたしても昨日と似た捨て台詞を残して逃げたのだった。


 ランボはリボーンが嫌いである。
 そもそも男と恋人同士になるつもりはない。
 どんなに男に好意を寄せられても、ランボは可愛い女の子が好きなのだ。
 それに、リボーンが相手だなんて考えた事もなかった。
 リボーンは今までランボを相手にしてくれた事などなく、酷い時は存在すら忘れられたかのように無視されてきたのだ。
 そんな相手を好きになれる筈がない。
 ボンゴレ屋敷を飛び出したランボは、改めてリボーンが大嫌いだと思ったのだった。





 ランボがパーティーの招待状をボンゴレで受け取った、その一ヵ月後。
 夜空の月が輝きを増す頃、イタリアの都市部郊外にあるホテルで、ベルティエ主催のパーティーが開かれていた。
 フランスに拠点を置くベルティエだが、今回はイタリアマフィアであるボヴィーノと取引きを控えている事もあって、イタリアでパーティーを開催する事にしたのだろう。
 このホテルは街から外れた山林の中に立地しており、外観は中世の洋館造りをしている一流ホテルである。
 洋館造りという事もあってホテルは古い歴史を感じさせ、緑溢れる中に聳えるそれは荘厳な佇まいを見せていた。
 内装の方も外観の様式を裏切らず、中世の様式を思わせるもので、そこには落ち着きがありながらも華がある。
 しかし今はパーティー開催の為に内装を改築されているようで、玄関ホールを抜ければ直ぐにパーティーホールになっていた。
 無駄な壁を取り払って造られた円形のパーティーホールは広く、壁には花の彫刻が刻まれ、高い天井には豪奢なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられている。そのシャンデリアが放つ光はホール全体を輝くような光で満たしていたのだ。
 そうした別世界のような光景が広がる中、黒のタキシードに身を包んだランボは周囲を見回しながらホール内を進む。
 ホール内には美しく着飾った大勢の招待客達の姿があり、ホール中心では楽団が演奏する組曲にあわせてワルツを楽しむ者達もいた。
だが、ランボはそのどれにも興味を示していない。
 今回のランボはボンゴレ経由でのパーティー出席だが、此処にはドン・ボヴィーノもいる筈なのである。挨拶をしておこうと、ランボはドン・ボヴィーノを探していたのだ。
 大勢の出席者達が目の前を行き交う中、ランボは視界の端に大好きなドン・ボヴィーノを見つける。
 その瞬間ランボはパッと表情を輝かせ、「ボス!」とドン・ボヴィーノの元に駆け寄った。
「おお、ランボ!」
 笑顔で駆け寄ったランボを、ドン・ボヴィーノは嬉しそうに迎えてくれる。
「ボス、お久しぶりです! お会いできて嬉しいです!」
「私もお前に会えて嬉しいよ。変わりはないか?」
 こうしてドン・ボヴィーノもランボと会えた事を喜んでくれたが、不意に、少し寂しげな表情になった。
「最近は屋敷に来てくれる事が少なくなったね」
 ドン・ボヴィーノの言葉は、最近ずっとボンゴレに入り浸るランボを案じたものだった。
 そんなドン・ボヴィーノに、ランボは少し困ったような表情を浮かべてしまう。
 ドン・ボヴィーノが気付いていないとは思っていなかったが、こうして面と向かって心配されると申し訳ない気持ちになってしまうのだ。
 だが、まさか本当の理由を言える筈もなく、ランボは居た堪れない思いをしながらも誤魔化す。
「申し訳ありません……。少し忙しかったもので……」
「そうか、ランボにはボヴィーノだけじゃなくて、ボンゴレの仕事もあるからね」
 ドン・ボヴィーノは自分を納得させるようにそう言うと、「それにしても」と雰囲気を変えてニコリと笑う。
「今日はボヴィーノのランボじゃなくて、リング守護者のランボかな?」
 タキシードがよく似合っている、とからかうようなドン・ボヴィーノの言葉に、ランボは照れたように笑った。
 ボヴィーノの下層部であるランボがパーティーに呼ばれる事は少ないが、リング守護者としてボンゴレ経由で呼ばれる事は頻繁にあるのである。その為、ランボ自身はパーティー仕様のタキシードを着慣れているが、それをドン・ボヴィーノにお披露目できる事は少なかったのだ。
「有り難うございます! ボスに褒められると嬉しいです!」
 調子に乗ったランボは、ドン・ボヴィーノの前でひらりと回ってみせた。
 実際ドン・ボヴィーノの言う通りランボはタキシードがよく似合っていた。
 ランボは華奢と形容される事が多く、男としては少し頼りない体格だが、今着用しているタキシードは細身の身体を見事に引き立てているものだったのだ。上品な仕様をしながらも、細い腰や整った身体の線を際立たせるそれはランボによく似合っていた。
 こうして得意気にタキシードをお披露目するランボに、年老いたドン・ボヴィーノは好々爺のような表情で「よく似合う」と褒めている。
 二人に血縁関係は無いが、ドン・ボヴィーノはランボを息子のように、時には孫のように可愛がっているのだ。
 そうした二人の間に流れる時間は優しく、久しぶりにドン・ボヴィーノと過ごせる事がランボは嬉しくて仕方がなかった。
 だが不意に、そんな二人の間に男の声が割って入る。
「ドン・ボヴィーノ、こんな所においででしたか」
 声を掛けてきたのはカルヴァロだった。
 カルヴァロの登場にドン・ボヴィーノは親しげに目を細めるが、ランボは少し表情を顰めてしまう。
 此処にはドン・ボヴィーノがいる為にあからさまな嫌悪を出す訳にはいかないが、それでも無意識にカルヴァロを睨んでしまう。
 しかし、そんなランボの目線に気付いている筈なのに、カルヴァロは気にした様子もなく笑顔を浮かべていた。
「ドン・ボヴィーノ、ベルティエ様がお待ちです。どうぞこちらへ」
「そうか、分かった。直ぐに行こう」
 ドン・ボヴィーノは頷くと、ランボに向き直る。
「カルヴァロがベルティエ氏との仲介をしてくれてね。お陰で問題無く取引きが成立しそうだ」
 嬉しそうにドン・ホヴィーノがそう言えば、カルヴァロは「勿体無いお言葉です。私は少しお手伝いをしただけですので」とやんわりとした嫌味の無い態度で謙遜する。
 ランボは、そんな嫌味の無い態度にも苛立ってしまいそうだが、ドン・ボヴィーノの前では笑顔を浮かべていた。
「ボス、おめでとうございます」
「有り難う、ランボ。それじゃあ、私は失礼するよ」
 ドン・ボヴィーノはそう言うと、カルヴァロを伴なってベルティエの元に歩いていった。
 ランボはそれを笑顔で見送っていたが、内心ではカルヴァロに対して苛立ちを募らせていた。
 どうして自分がこんなに苛立つのか分からない。そもそもカルヴァロのランボに対する態度は、他の皆と分け隔てなく丁寧なもので、苛立つ理由など無い筈なのだ。
 それなのに、どうしても嫌悪感を覚えてしまうのである。
 だが今、カルヴァロが三ヶ月という短い期間で、どうして上層部に名を列ねる事が出来たのか分かってしまった。
 それは今回の取引きだ。
 今回、ボヴィーノの取引き相手であるベルティエはフランスの豪商である。以前から他国の表社会と何らかの繋がりを持ちたかったボヴィーノにとって好条件の相手なのだ。
 カルヴァロがそれを繋げる仲介をしたというなら、いわば大口の取引きを纏めた立役者という事になる。その為、反発を買う事なく上層部に溶け込んでしまったのだろう。
 この取引きが成功すれば、ボヴィーノファミリーにとって大きな飛躍となる。それを思うと自分もカルヴァロに感謝しなければならないのだろうが、ランボはどうしても気に入らなかったのだ。
 こうして一人残されたランボはホール内を歩き、ホールの隅に身を落ち着けた。
 ランボは人が大勢で楽しむ場所は好きだが、今回のように上流階級が集まるようなパーティーは気を遣うので疲れてしまうのだ。
 ランボは一休みする為に壁の花になり、そこからホール内をぼんやりと眺めていた。
 だが、一休みしたいというランボの思いは叶えられる事はない。
 ランボはこの煌びやかなパーティー会場の中で、一際目を引く存在となっていたのだ。その理由として挙げられるのは、ランボ自身の整った容貌と、柔らかな雰囲気の中に見え隠れする色艶である。色艶は無意識なものであるが、だからこそそれに惹かれる者も多かった。
 そして壁の花となったランボに、声を掛けたいと思っている男も多い。ランボは、自分を熱烈に見ているのが女性よりも男の方が多い事にうんざりするが、無視を決め込んで佇んでいた。
 こういった事はランボにとって初めてではなく、無視をするのが一番だと経験から学んだのである。
 しかし、最初は遠巻きにランボを見ていた者達が徐々に距離を縮めてきた。
 それに気付いたランボは「やばい……」と内心で呟き、声を掛けられる前に逃げてしまおうとする。
 こういうパーティー会場では、声を掛けられると面倒臭い事になるのは目に見えているのだ。
 人の集まる場所では、声を掛ける方は強引な手段にでる事は出来ないが、それは裏を返せばランボも強い態度で拒否する事が出来ないという事だった。
 しかも相手は物腰柔らかな態度でありながらもしつこい場合が多い為、話しかけられてしまえば逃げられない事は必至である。
 面倒臭い事態だけは避けたいランボは、さり気無い様子を装って壁から離れようとした。だが。
「少し宜しいですか?」
 逃げようとした時、遠巻きにいた男に話しかけられてしまった。
 そう、逃げ出すのが僅かに遅かったのである。
 声を掛けられて無視する訳にもいかず、ランボは愛想笑いを浮かべて「何ですか?」と答えた。
 内心では苦々しい気持ちで一杯だが、人目のある場所で邪険な態度は取れないのだ。
 だが、こうして一人の男に愛想笑いを浮かべれば、それを切っ掛けに今まで遠巻きにしていた男達も動き始める。
 男達はランボを囲むようにして側に寄り、口々に話しかけ始めたのだ。
 囲まれてしまったランボは逃げる事も出来ず、逃げる切っ掛けすら作る事も出来ず、話しかけてくる男達に愛想笑いを向ける事しか出来ない。
 ランボは穏やかな雰囲気を纏って対応しているが、内心では苛立ちが渦巻いている。
 男に囲まれる事は初めてではないが、何度経験しても嫌悪が拭えないのだ。
 こうしてランボは表情には愛想笑いを浮かべながら、内心では「自分を囲んでるのが男じゃなくて、可愛い女の子だったらな……」と無駄な事を考えていた。
 ランボは自分を囲んでいる男達の話に相槌を打ちながらも、自分に向けられる男達の熱烈な視線から逃げるように目を泳がせる。ランボには男と見詰め合う趣味は無く、ましてや付き合うなど論外なのだ。
 そうしてさり気無い様子で目を泳がせていたランボだが、不意に、一人の男に視線が止まった。
 その男とはリボーンである。
 パーティーにはボンゴレファミリーも参加しており、リボーンも綱吉の護衛を兼ねて出席したのだ。ボンゴレ経由でパーティーに出席していたランボはリボーンが会場にいる事は知っていたが、会場で姿を見たのは今が初めてである。
 だが、その姿を見つけてしまった事を後悔していた。
 今のリボーンはランボと同じであるが、まったく違う光景を繰り広げていたのだ。
 ランボは男に取り囲まれている状態だが、リボーンは数多くの美女達を侍らしている状態だった。
 その事に対して、同じ男として悔しさを覚えたランボは、遠くのリボーンを恨みがまし気に睨みつける。
 そんなランボの視線に気付いたのか、ふと、リボーンがランボの方を振り返った。
 リボーンはランボの現状を目にすると一瞬驚いたような表情になったが、次には嘲笑に似た笑みを浮かべてくる。
 その嘲笑は明らかにランボに向けられており、ランボはますます目つきを鋭くした。
 だが、リボーンはランボに対して嘲笑を浮かべながらも、何故か女性達の中から抜け出てきた。女性達はリボーンを引き止めようとしたが、リボーンはそれをやんわりと流したのだ。
 こうして女性達をあしらったリボーンは、何故かランボがいる方へ歩いてくる。
 それを見たランボは内心で焦った。リボーンの目的地が別の場所なら良いのだが、リボーンは間違いなくランボを見据えており、そうなれば目的地は考えるまでもない。
 ランボは今直ぐ逃げてしまいたいが、囲まれている状況ではそれも出来ない。そうこうしている内にリボーンはランボの直ぐ側まで来てしまった。そして。
「退け」
 一言である。
 リボーンがこの一言を発した瞬間、ランボを囲んでいた男達の間にざわめきが走った。
 突然「退け」と言われた男達は食って掛かろうとしたが、それを言ったのがリボーンである事に気付くと、男達は一瞬で青褪めた表情になる。
 男達は今まで物腰柔らかくランボを口説いていたのが嘘のように硬直し、驚愕と畏怖の眼差しをリボーンに向けたのだ。
 畏怖を向けられる中でリボーンが足を進めれば、ランボを囲んでいた男達が慌てて身体を退ける。
 そう、今までランボが散々苦労していたというのに、リボーンはたった一言で男達の壁を崩してしまったのだ。
 男達の壁を崩したリボーンは、その中を悠然とした足取りで進んでくる。
 最終目的地にはランボの姿があり、リボーンはそこで立ち止まった。
「モテまくって楽しそうだな」
「面白くない冗談だね」
 嘲笑を浮かべるリボーンに、ランボは心底嫌そうに言い返す。
 だが、リボーンは楽しげに目を細めると、ゆっくりとした動作でランボの耳元に唇を寄せる。
「この連中から助けてやろうか? 何なら二度と近づかないようにしてやってもいいぞ?」
「え……?」
 突然耳元で囁かれた言葉に、ランボは目を見開く。
 二人の会話はお互いの耳元で囁きあうもので、外から見れば親密さを醸し出すものである。しかしそうと気付いていないランボは、リボーンの言葉に興味を示す。
「ど、どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
 そう言ったリボーンの声色は余裕に溢れ、絶対の自信を窺がわせていた。
 ランボは知っている。リボーンの自信は確信であり、叶わなかった事など無い。
「……そんなこと出来るの?」
「簡単だ」
 リボーンはそう言うと、ランボから僅かに離れる。
 そしてランボを真っ直ぐに見据えたまま、手を差し出した。

「――――俺の手を取れ。それだけでいい」

 それだけで助けてやれる、とリボーンは口元に微かな笑みを刻む。
 リボーンのランボを見つめる眼差しは力強く、それは揺ぎ無い確信を漲らせたものだ。
 その眼差しにランボは魅入り、状況を脱する事が出来るなら迷いは無かった。
 ランボは自分に差し出された手に、流れるような動作で手を重ねた。
 手を重ねればリボーンに握り返され、ゆっくりと引き寄せられる。そうする事で、ランボは自分を囲んでいる男達の中から救い出された。
 そしてそのままリボーンはランボの手を引き、リードしたままホールの中央へ連れて行く。
 ホールの中央はワルツを楽しむ者達で賑わっており、その中に連れ出されたランボは焦ってしまった。
「ちょっと、リボーン……っ」
 ワルツとは男女のペアで行なうものである。それなのに、男二人でホール中央を陣取っては目立ってしまう。
 それが恥ずかしかったランボはリボーンに小声で抗議するが、リボーンが聞き入れる筈がない。
「黙ってろ」
 リボーンは問答無用でランボを黙らせると、ランボの手を取ったまま抱き寄せた。
 ホール中央で抱き寄せられたランボは、リボーンの行動の意図を察して焦りだす。この体勢は間違いなくワルツを始めるつもりなのだ。
「冗談は止めてよ……!」
 ランボは慌てて逃げようとするが、腰に回されたリボーンの手が離れる事はない。それどころか、逃げられないようにさり気無く力を籠められる。
「リボーン、本気で冗談は止めてほしいんだけど」
 リボーンに抱き寄せられているという事実と、周囲から向けられる好奇の視線に耐えられないランボは、居た堪れないほどの羞恥を感じて拳を強く握り締めた。
「力を抜け。そんなんじゃ踊れねぇぞ」
「心配しないでよ、踊らないから」
 ランボはきつい口調で言い返すが、リボーンはそれを無視する。
 しかもランボの言い分などまるで無駄であったかのように、リボーンはランボの手を引いたまま曲のタイミングに合わせて足を踏み出してしまった。
「わ……っ」
 突然ワルツが始まり、ランボは無様にも引き摺られる。
 引き摺られた拍子に転びそうになるが、それは寸前でリボーンの腕に抱き止められた。
 だが、リボーンはランボの身体を抱きながらも、心底呆れた目でランボを見ている。
「ワルツも踊れないのか? さすがアホ牛だな」
「馬鹿にするなっ、オレだってワルツくらい出来るよ!」
 ランボは強気に言い返すが、自分の置かれた現状に悔しげな表情になった。
「……でも、女性パートなんて踊ったことない」
 此処まで来たら踊るしかないとランボは覚悟を決めたが、リードする体勢に入っているリボーンはランボに女性パートを躍らせる気なのだろう。
 しかし生憎ながら、ランボは女性パートなど踊ったことはない。
 こうしたランボの言葉に、リボーンは「……仕方ねぇな」と疲れたように零す。
 このリボーンの呟きに、ランボは踊る事を諦めてくれる事かパート交替を期待したが、それは無駄な期待に終わる。
「折角だから、俺が直々に教えてやる。感謝しろ」
「……本当に踊るの?」
 往生際が悪いランボは最後の確認をするが、リボーンは当然のように頷いただけだった。
 ランボはリボーンに手を取られ、腰にも手を添えられる。
 ホール内には楽団が演奏する三拍子のワルツが流れており、それに合わせて二人は足を踏み出した。
 しかし女性パートに苦戦するランボのワルツは滑稽なもので、焦りばかりが先走って上手くリズムに乗る事が出来ない。
 上手く踊らなければと思えば思うほど焦ってしまい、ランボは公然で恥を曝している自分に泣きたくなる。
 だが、こうして羞恥に涙を浮かべるランボを、リボーンが見捨てる事はなかった。
「動きに逆らうな。俺に合わせる事だけ考えろ」
 リボーンはそう言うと、ぎこちない動きのランボを巧みにリードし、ゆっくりとワルツの形に持っていく。
 ランボは、しばらくリボーンに身を預けてパートを覚える事に集中する。最初は不安気な動きを見せ、焦って躓きそうになる事もあったが、それは全てリボーンのフォローによって事なきを得た。
 こうして女性パートを覚える事に集中したランボは、元々男性パートのワルツは嗜んでいた事もあって、コツさえ覚えれば後は感覚で踊れた。
 そしてランボが女性パートを身体に馴染ませた頃、曲が切り替わり、次に奏でられたのが『美しき青きドナウ』である。
 この曲はヨハン・シュトラウスが作曲した舞曲であり、代表的なワルツ曲の一つである。ドナウ川という欧州を流れる大河を奏でた曲は、全体的に優雅で穏やかな曲であるが、それでも自然の中で時折変化する川の流れを見事に表現した曲だった。
『美しき青きドナウ』が奏でられる中、ランボはリボーンのリードを受けて踊りだす。
 最初は男同士でワルツを踊る二人を好奇な目で見ていた者達も、いつしか羨むような視線に変わっていた。
 二人のワルツは、『美しき青きドナウ』が自然を奏でているように、そこで二人がワルツを踊る事が自然のことのように違和感を払拭させていたのだ。それどころか、このホールの中で二人こそが主役であるかのように周囲の視線を攫っている。
 リボーンの完璧なリードはランボをパーティーの華とし、その薫るような魅力を最大限に引き出していたのだ。
「おい、顔を上げて周りを見てみろ」
 ワルツを踊りながら、リボーンは自然な動作でランボの耳に囁く。
 その囁きにランボが周囲を見れば、ホールにいたほとんどの者達と視線が合ってしまい、ランボは逃げるように慌てて下を向いた。
 だが、そんなランボにリボーンは目を細める。
「顔を上げて、お前が俺のものだっていう事を見せ付けてやれ」
「オレはあんたのものじゃ……っ」
 否定的な言葉を、ランボは続けることが出来なかった。
 視界の端に今までランボを取り囲んでいた男達の姿が映り、男達は一様に落胆した姿を見せていたのだ。
 その姿はリボーンに対して完全に負けを認めたもので、完膚なきまでに打ちのめされているものである。
 それを目にしたランボは、リボーンが最初に言った言葉の意味を理解した。
 リボーンはランボに『男が二度と近づかないようにしてやる』と言ったのだ。そしてその方法は、ランボがリボーンのものだと知らしめる事で、周囲を牽制するものだったのである。
 こうしたリボーンの思惑は見事に成功し、男達はリボーンの存在を前に完全に自信喪失していた。
 その男達の姿に、ランボはリボーンを見つめたまま口元に笑みを刻む。そして。
「決めた。オレ、リボーンの愛人になってもいいよ」
 恋愛感情を抱いていないので恋人にはなれない。でも、恋愛感情が無くてもなれる愛人にならなってもいい。
 突然そう言ったランボに、リボーンは目を細めると「本気か?」と静かに問う。
「うん。あんたは他の男への牽制になるし、男避けになってくれればオレも助かる」
 男避けをリボーンに頼むなど、同性として悔しくないと言えば嘘になる。だが、リボーンという存在の効果が此処まで絶大なら話は別だった。
 ランボは悪戯っぽく笑うと、「でも」と言葉を続ける。
「でも、悪いけど寝るのは無しね。その変わり、あんたも今まで通りたくさん愛人を囲ってても良いからさ」
 男と寝る趣味が無いランボは、リボーンの愛人という肩書きだけが欲しい。
 愛人扱いを受けても良いが、好きでも無い人と身体を重ねるのは嫌なのだ。
 これはランボにだけ都合の良い条件だった。誰が聞いても思わず眉を顰める条件である。
 しかし、このようなランボの自分勝手な条件に、リボーンが反論する事はなかった。
 それどころか、リボーンはゲームを楽しむような笑みを浮かべる。
「いいぞ、その条件に乗ってやる。俺は愛人には優しいんだ。愛人のお前が言うなら、俺はお前に触れない」
「有り難う、リボーン。助かるよ」
 条件を了承してくれたリボーンに、ランボは嬉しそうに目を細めた。
「愛人関係成立だね」
 ランボは、リボーンとの新たな関係に不安が無いとは言えない。まさかリボーンとこんな事になるとは思っていなかったので戸惑いだってある。
 だが、成立した関係の条件は自分にとって都合の良いもので、ランボに異存は無かったのだ。
 ランボは自分を抱き寄せるリボーンの腕に身を任せ、甘えるように擦り寄ってみせる。それは親密な関係を演出するものだった。
 ランボは自分の容貌が持っている色艶を知っている。醸しだす甘さも、それが他人に与える影響もある程度は心得ている。
 そして今、リボーンによって艶を増されたランボは、二人の関係を周囲に見せ付けたのだった。






                                  同人に続く




リボーン→ランボ風味で始めてみました。
いつもリボーン←ランボな事が多いので緊張です。
でも、リボーン→ランボだろうと、うちのランボがリボ様を振り回す事なんてなかなか出来ないんですけどね……。





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