愛のレッスンABC☆





 ランボは少し緊張した面持ちで携帯番号を押すと、耳元に響くコール音を聞いていた。
 そして三回目のコールで着信が繋がる。
「もしもし、リボーン?」
 ランボは通話口に興奮したような口調で話しかけた。
 今、ランボが着信を繋げた相手はリボーンである。
 着信に出たリボーンは『ああ、俺だ』と答えると、電話をかけてきたランボに『何の用だ?』と素っ気無く問いかけた。
「用って程のものじゃないんだけど……」
 素っ気無いリボーンの口調にランボは少し困った様子で語尾を濁すが、表情はそれを裏切って蕩けきったものになっている。
「リボーンの声が聞きたくなって……、駄目だった?」
 駄目だった? と訊きつつも、ランボの声色は甘えたものだった。
 リボーンと着信が繋がった時から、ランボから垂れ流される雰囲気は甘く酔ってしまいそうなものになり、心なしか何処か浮ついていたのだ。
 そしてそんなランボの着信相手であるリボーンは、普段通り素っ気無い様子を見せているが、それでも何処か甘さを含む声色だった。
 そう、今の二人から垂れ流されている雰囲気はとても甘いものだったのだ。
 挙げ句に、ランボが電話した理由も「声が聞きたくなって……」というふざけたものである。
 しかし、そんな理由で電話をしたランボをリボーンが怒ることはなかった。それどころか。
『そうか、それなら幾らでも聞かせてやる』
「リボーン……っ」
 それどころか、ランボの電話を歓迎したのだ。
 甘い。
 今の二人は、第三者が聞けば思わず転げ回ってしまいそうなほど甘い雰囲気を垂れ流し、甘い会話を交わしていた。
 その上、この会話は続いてしまうのである。
「リボーンは仕事中?」
『いや、予定より早く終わってボンゴレにいる』
「ホント?! それじゃあ……っ」
 ランボはボンゴレ屋敷にリボーンがいると耳にし、今から行ってもいい? と言葉を続けようとする。
 しかし言葉を続ける前に、ランボの言いたい事などリボーンは全て見通しているようで、『今から来るか?』と甘やかすように答えをくれた。
「行く! リボーンがいるなら絶対行く!」
 ランボが嬉しさのあまり勢い良くそう言えば、携帯の向こうでリボーンが少し笑った。
『今何処だ? 迎えに行く』
 そして続けられたのは優しい言葉。
 ランボはそれに嬉しい気持ちになるが、「ううん。大丈夫」と小さく笑った。
「いいよ。ボンゴレはいつも行ってるし、オレがそっちへ行くから待ってて」
『分かった。それなら気を付けて来い』
「うん。無事に辿り着くから、リボーンは待ってて」
 ランボは毎日といって良いほどボンゴレ屋敷を訪ねている人間である。はっきり言って、無事に辿り着くもクソもない。だが、それは二人とも百も承知なのに、そこに突っ込もうとする事はなかった。
『ああ、待っててやる』
「うん、待ってて。直ぐに行くからね」
 こうした会話の後、ランボは名残り惜しそうに「それじゃあ、今直ぐ行くね」と通話を切った。
 しかし通話を切った後も、ランボは今まで二人を繋げていた携帯電話をじっと見つめている。
 携帯電話を見つめるランボの瞳は、まるで携帯を通してリボーンを見ているかのようだった。
「リボーン、愛してる」
 携帯を見つめたまま小さく呟くランボ。
 それだけでは足りなかったようで「愛してる、愛してる、愛してるよーっ」と感極まったように呟きまくる。
 そう、ランボはリボーンを愛している。
 そして、リボーンの方もランボを愛しているのだ。
 そんな愛し合う二人は何を隠そう恋人同士である。
 しかも三日前から付き合いだした、出来立ての恋人同士である。

『リボーンとランボが恋人同士になった』

 今、裏社会ではこの話題で持ちきりだった。
 この話題を知らない者はモグリとまで言われ、裏社会の人間が二人寄れば必ずこの話題で盛り上がる程だ。
 しかも、この情報は事実に基づいていた。
 それを裏付けるように、リボーンは数多くいる美しい愛人達とは別れ、ランボ一人に絞ったというのだ。
 この衝撃の事実は裏社会にあっという間に広がり、今やリボーンとランボは裏社会公認の恋人同士になっていたのだった。





 リボーンと会う約束をしたランボは、待ち合わせ場所になったボンゴレ屋敷に上機嫌で向かっていた。
 ボンゴレ屋敷に向かう足取りは軽く、今にも鼻歌まで歌いだしそうな勢いである。
 三日前からリボーンと恋人同士になってからというもの、ランボはまさに幸福の絶頂にいた。
 何故なら、リボーンの恋人という奇跡的なポジションにおさまる事が出来たからである。
 ランボは自分の恋人がリボーンであるという事が今でも信じられなかった。
 ランボは幼少時の頃からリボーンを意識し、数年前に恋愛感情を自覚し、それから恋心を秘めた生活を送っていたのである。表面上は普段通りを装って突っかかっていたが、それでも秘めた想いは消える事がなく、それどころか月日が経過すればするほど燃え上がっていったのだ。
 そんな辛い片想い時代を過ごしていたランボだが、三日前に玉砕覚悟でリボーンに告白し、なんと受け入れてもらえたのである。
 これはランボにとって奇跡に近い事だった。
 今までリボーンがランボをまともに相手にしてくれた事はなく、どんなに頑張ってもずっと無視され続けてきたのだ。それなのに、まさか受け入れてもらえるなど微塵も思っていなかった。
 しかしどうやらリボーンの方も、日本で過ごしていた頃から内心ではランボの事を意識していたらしく、ランボの想いは見事に成就したのである。
 そして二人の関係は、三日前のその時から恋人同士というものになった。どんなに信じ難い事実であっても、それは間違いなく事実なのだ。
「待っててね、リボーン」
 ランボは満面笑顔で浮かれた事を呟く。
 今のランボの頭の中は、九割はリボーンの事で占められていた。
 目を閉じれば、瞼の裏にリボーンの姿が浮かぶようである。
 リボーンの鋭く黒い瞳、通った鼻筋、薄い唇、それらの造形は形良く整っており、端麗という形容が相応しい。又、鍛えられた体躯はまさに美丈夫というもので、同性から見ても見惚れるような男である。しかもアルコバレーノであるリボーンは最強と誉れ高く、超一流ヒットマンの名を欲しいままにしていた。
 そんなリボーンが、今ではランボの恋人なのである。奇跡は起こるものなのだ。
 ランボはリボーンの姿を思い出すと、うっとりとした表情になる。
 しかも、こうして姿を思い浮かべた事により、早くリボーンに会いたくなってしまった。
 だが、これは仕方がない事なのだ。
 恋をすれば誰もが幸福にのぼせるものである。相手に夢中になり、周りが見えなくなり、多少迷惑をかけても迷惑と思わず、ウザイくらいに相手の事しか考えない。そういうものである。
 今も、リボーンの事を考えるランボの姿は恋に輝いていた。
 リボーンの事を考えるだけで、甘えを宿す翡翠色の瞳はキラキラと輝き、口元にはニンマリとした笑みが無意識に刻まれ、頬は微かに赤く染まっている。大人びた容姿をしているランボは黙っていれば美人と称されるが、その容貌も今はだらしないほど崩れていたのだ。
 元々感情の起伏が激しく素直なランボは、性格的にも幼さが多大に残っており、嬉しい事は嬉しいと素直に表情に出るのである。
 そうしたランボの喜色は、まるで百年ぶりに恋人と再会を果たそうとしているかのように大袈裟なものだ。実際は百年どころか、想いが成就した三日前から毎日のように会っているのだが、そんな事はランボには関係無い。それにランボと違って多忙を極めるリボーンは、逢瀬を重ねたとしても一緒にいられる時間は僅かしかなく、ランボは毎日会っていても「もっと一緒にいたい」と不満なのだ。
 そんな思いから、ランボは募る想いに急かされるように足を速めたのだった。





 イタリア郊外の山林にあるボンゴレ屋敷は、中世の古城を思わせる造りをしている。
 山林の中に聳える古城は荘厳なもので、それはボンゴレの地位と権力と富を具現化したようでもあった。
 ランボは山林の小道を歩きながら、草木の合間から遠目に見える屋敷に目を細める。
 あそこにリボーンがいるかと思うと、屋敷に近付けば近付くほど胸が高鳴るようだった。
 こうしてランボは屋敷への裏道である獣道のような小道を歩き続ける。この山林はボンゴレの私有地であり、屋敷へは管理の行き届いたアスファルトの私道があるが、歩く事の多いランボは裏道を使って屋敷へ赴く事が多かったのだ。
 山林を進んだランボは、しばらくして屋敷の外壁に行き当たった。ランボが通ってきた道は裏道だけあって正面に繋がっておらず、外壁にぶつかるルートなのだ。
 屋敷の外壁は石造りのものであるが、高く頑丈なそれは要塞のようである。ランボはそれに沿って歩き、正面の門へ向かうのである。
 外壁沿いに歩き続けたランボは、正面門が遠目に見える場所までようやく辿り着いた。
 そしてそのままそこへ向かおうとすると、不意に、門前に見慣れた姿を見つける。
 その姿に、ランボの表情がパッと輝いた。
「リボーンだ……っ」
 そう、リボーンが門前に立っていたのだ。
 リボーンの姿を目にしたランボは、「もしかして、外でオレを待っててくれたの?」と予想外の甘い展開に胸を躍らせる。
 ランボは、ここは一つリボーンの胸に飛び込むべきだよね、と判断するとそのまま駆け寄ろうとした。だが。
「あ……」
 だが、リボーンは一人ではなかった。
 リボーンの影に美しい女性が立っていたのだ。
 女性の姿を見たランボは、駆け寄ろうとした足をぴたりと止め、「何で?」と表情を顰める。
 リボーンと女性の間には近寄り難い雰囲気が漂っており、この女性はリボーンの愛人だと直感で悟った。
 リボーンの側に愛人がいる事に疑惑を抱いたランボは、気配を消して二人に近付いていく。
 恋人関係になってから、リボーンはランボの為に全ての愛人と手を切った筈なのだ。それなのに、愛人がいるなんて予想もしていなかった。
 ランボは、近寄り難い雰囲気を漂わせる二人が何をしているのか知ろうと、身を隠しながらゆっくりと距離を縮めていった。
 そして、二人の会話が微かに聞こえる所までくると、耳を済ませて見学という名の見張りを実行する。

「リボーン、本当に別れなくちゃ駄目なのね……」

 沈んだ声色で女性はそう言っていた。
 どうやら別れ話の最中のようで、ランボはほっと胸を撫で下ろす。
 ランボはリボーンを信じているが、やっぱり少しは不安だったのだ。
 でもその不安は杞憂のようで、リボーンはランボの為に愛人達と別れてくれている。

「お前を傷つけて悪いと思うが、あいつが煩せぇんだ」

 愛人に対して『傷つけて悪い』と言いながらも、リボーンの口調は淡々としており、実際本当に悪いと思っているのか疑問である。
 だが、ランボはその言葉に満足した。
 リボーンが口にした『あいつ』とは、当然ランボの事を指しているのだから。
 自分こそリボーンの本命だ、と自信を持ったランボは「リボーンってば、愛人さんにあんまり酷いこと言わないであげて」と草木の陰から余裕すら窺がわせる。

「そう。リボーンが誰かの為に愛人と別れようとするなんて、その人の事をよっぽど愛しているのね……」

 そう、ランボは愛されている。
 残念そうな様子を見せながらも納得したように言った女性に、ランボは大きく頷いていた。
 だが。

「分かったわ、残念だけどリボーンとは此処でお別れなのね。でもお願い、最後の別れにこれを受け取って」
 女性はそう言うと自分の腕から時計を外し、その腕時計をリボーンに手渡した。
 しかも、リボーンはそれを受け取ってしまう。

 ランボはそれを見た瞬間、ムッと表情を顰めた。
 ランボは普段から、女性は守るべきだと思っているし、傷つけてはいけない存在だと思っている。だが、リボーンの愛人となると話は別だった。女性は仔猫ちゃんだが、愛人は仔猫ちゃんであるのと同時にライバルだ。
 それに、リボーンもリボーンである。別れる相手から物を受け取るなんて、女性と自分に対して失礼だとランボは怒りを覚える。
 しかしランボがどんなに怒りを覚えても、二人の会話は続いてしまった。

「受け取ってくれて有り難う。この時計の針が止まるまで、貴方の事を好きでいさせて? でも針が止まる頃には、きっと貴方への想いを忘れるわ。未練も残さない……」

 映画のようなセリフである。そんな二人の光景は、まるで映画のワンシーンのようだ。
 だが、例え映画のワンシーンだろうが何だろうか、そんな事はランボに関係無い。時計の自然寿命を待たずとも、ランボが自分の手で今直ぐ寿命を迎えさせてやりたいくらいだ。
 こうしてランボは拳を震わせていた。
 しかし不意に、リボーンの手中にある腕時計が遠目にもはっきり見えてしまった。
 女性がリボーンに渡した時計は、繊細な銀細工が施されたブランド物の腕時計である。おそらく金額にすれば時価数百万はするだろう。
 それを目にしたランボは、表情を引き攣らせながらも自分の腕時計を見た。
 女性の腕時計に引き替えランボの腕時計は、くたびれたベルトが貧相な雰囲気を醸し出している。しかも購入先は街角の露店で、特価価格のそれはコイン一枚で購入したお買い得商品だ。
 ランボは女性と自分の時計を見比べ、何だか居た堪れなさを感じてしまった。
 高級時計を簡単に遣り取りしてしまえるリボーンと女性は、まるで別世界の住人のように見えたのである。
 ランボがあんな高級時計を嵌めるのは夢のまた夢で、今の自分の給料では有り得ない。ランボは幼少時から裏社会に身を置いているが、その腕前は三流以下という事もあって給料は一般社会人よりも低かった。おそらく今のランボがあんな高級時計を身につければ、あまりの高価さに気絶してしまうだろう。
 それなのに目の前の女性は、高級腕時計に対する未練などまったく感じさせず、あっさりとリボーンに贈ってしまった。
 ランボはそれに悔しさを覚えつつも、少し羨ましいと思ってしまった。
 だって、自分はリボーンにあんな高級な物を贈る事は出来ない。そんなリボーンと自分はつり合いが取れていないような気がしたのだ。
 もちろんランボは、最初からリボーンの実力も財力も権力も自分とは比べものにならないほど格上だという事は知っていた。それは最初から周知の事実であり、ランボも分かっている。
 だが、こうして目の前の光景を見ていると、リボーンが自分とは明らかに次元の違う人間だと突き付けられた気持ちになったのだ。
 その気持ちは、ランボをひどく不安にさせる。
 リボーンが愛しているのは自分だと分かっているが、それでもいつか飽きられてしまうのではないかと思ってしまった。
 だって、住む世界があまりにも違い過ぎる。
 ランボはそこまで思うと、最初は持っていた自信が薄れ、不安と居た堪れなさが心を覆う。
 本当は今直ぐリボーンと女性の間に割って入り、リボーンは自分のものだと誇示したかったが、それをする勇気など残っていなかった。
 ランボは、二人から距離を取るように後ずさる。
 本当はリボーンに会いに来たのだが、来る前のワクワクとした高揚感など微塵も残っていなかった。
 今はむしろ、会う事に不安すら覚える。
 あの女性が帰った後に会っても、女性と比べられるのではないかと不安に思ってしまう。リボーンはそんな事はしないと頭では分かっているが、不安な感情の方が先走っているのだ。
 ランボはその不安に耐え切れず、逃げるように元来た道を駆け出したのだった。





 ボンゴレ屋敷に向かいながら結局リボーンに会わなかったランボは、そのまま自宅アパートへ帰ってきていた。
 約束していたリボーンには申し訳ないと思ったが、それでも今は不安の方が大きかったのである。
 アパートの部屋に入ったランボは、狭いリビングに置かれたお気に入りのソファに倒れこむように横になった。
 狭いリビングに無理やりソファを置いているせいで部屋は窮屈な空間になっているが、このソファはランボが一目惚れしたお気に入りのものなのだ。このソファに座っているだけで気持ちが落ち着くのである。
 だが普段は落ち着く筈なのに、今のランボは全身に不安が駆け巡ったままである。先ほどの光景が脳裏から離れず、ランボを苦悶させるのだ。
 リボーンは自分を愛してくれている。それだけは確かに信じられるものだ。
 でも、それは『今』なのである。
 もしかしたら、明日には呆れられているかもしれない。明日でなくても明後日には呆れられているかもしれない。
 ランボはその考えに不安を煽られ、まるで底なし沼に嵌まっていくように悩みだした。
 ランボはふと思う、一般的な恋人が別れる原因になる一つに価値観の相違というものがある。そして今、自分はそれにぶつかっている。
 それに気付いたランボは表情が青褪めた。
 短絡的思考を持つランボは、この不安が一方的なものである事を忘れ、価値観の相違が発生させる破局を勝手に想像してしまっていたのだ。
「そ、そんなの嫌だ!」
 ランボはソファからガバリと立ち上がると、「嫌だよ! 別れたくないよ!」と泣きそうな表情で叫ぶ。
 別にリボーンは別れるなんて言っていないのだが、今のランボの頭には破局の二文字が踊っていたのである。
 ランボは苦悩の表情でリビングをうろうろする。狭いリビングの為、うろうろすればソファの角やテーブルに足をぶつけたが、そんな痛みなど破局の前では些細なものだった。
 今のランボは破局を阻止しなければ、という思いで一杯だったのだ。
 阻止する方法として、まず破局の原因になると思われる価値観の相違を改善しなければならない。ランボは二人が同じ価値観を共有する方法を考えた。だが、リボーンがランボの価値観の世界に降りてくる事は不可能だろう。それなら、ランボがリボーンの価値観の世界へ上らなくてはならない。
 その方法は一つ、金だ。
 金銭だ。財力だ。物欲を満たす力だ。
 金銭的な価値観を共有する為には、それを手に入れなければならない。
 そしていつか、ランボも時価数百万の腕時計をさり気無く身につけ、それを落とした時も血眼になって捜索したりせず、「安物ですから」と切り捨てる余裕を手に入れるのだ。
 そう意気込んだランボは、手っ取り早く金銭を手に入れる方法を考える。
 マフィアという立場上、手っ取り早く大金を手に入れる方法はたくさんある。だがそれは危険を伴なうもので、ランボは最初から選択肢に入れていなかった。
 だって、痛いのも苦しいのも辛いのも嫌いなのだ。できれば危険度が低く、楽しみながら出来る事で大金を手に入れたい。
 そんな思考を持つランボは、危険を避けた事は利口だが、ある意味完全なダメ人間である。
 こうしてランボは悩んでいたが、不意に、視界の隅に新聞が映った。
 その新聞は毎日購読しているマフィアタイムスで、裏社会で起こった事件をはじめ、様々な特集記事も組まれている。中には『今日のゴッド・ファーザー』という、各ファミリーのボスが交代でコラムを載せるコーナーまであるのだ。ドン・ボヴィーノのコラムが初めて掲載された時は、ファミリー総出でお祝いパーティーを開いたものである。
 ランボはそんな一昔前の思い出に浸ったが、直ぐにそんな事をしている場合ではないとハッとした。
 今はコラムよりも確認しなければならないものがある。
 ランボは慌てた様子でマフィアタイムスを開くと、一心にとあるページを探した。そして。
「あった!」
 ランボは目的のページを開けると、満面笑顔で新聞を掲げた。
 ランボが探していたページとは『雇用情報』のページである。この雇用情報には、裏社会の人間だけに限定した短期アルバイトや正社員募集情報が掲載されているのだ。
 ランボは短期アルバイト募集の一覧に目を通す。例え安月給だろうが、大好きなボヴィーノファミリーで正社員をしているランボは、短期アルバイトしか探す気はなかった。
 数多く掲載されている中で、ランボは一番高時給で楽しめそうなアルバイトを探す。いろんな条件を見比べていき、ランボはとある雇用先でパッと表情を輝かせる。
「これだ!」
 見つけた瞬間、ランボは叫ぶように声を上げていた。
 ランボが見つけたアルバイト先の条件は、ランボが理想とするものだったのだ。
 その条件とは、
@一日の有給休暇を含めた七日間の短期間雇用
A七日間分の給料を先払い。その金額はランボの年収に匹敵する金額。
B寮完備で三食付き。住込みできる人限定。
 というものだった。
 この条件で、この給料は魅力的過ぎた。
 ランボは考える間も無く申し込もうとしたが、その前に三番目の条件が目に止まった。
「住込み限定か……」
 住む場所が完備されているとはいえ、七日間の住込みが必要だという事が引っ掛かった。
 ランボは別に、勤務先に泊まり続けなければならない事が嫌なのでは無い。
 ランボが引っ掛かったのは、リボーンと会えなくなるという事だけだった。
 七日間も住込みしなければならないという事は、七日間もリボーンに会えないという事なのだ。それが嫌過ぎたのだ。
 ランボは三番目の条件に頭を悩ませ、「……やっぱり止めようかな」とリボーンの側にいる事を選ぼうとする。
 だが、勤務先を確認した途端、ランボの表情が花開くように輝いた。
「マフィアランドだ……!」
 そう、短期アルバイトを募集していたのはマフィアランドだったのだ。
 ランボは、勤務先がマフィアランドだと知ると、先ほどまで気乗りしなかった条件が些細なものだと思えてくる。
 リボーンと会えないのは寂しいが、マフィアランドという楽しいレジャー施設でのバイトなら、仕事が楽しめるに違いないと思ったのだ。
 ランボの心は一気に揺れた。
 年収に匹敵する給料を貰えるだけでも充分なのに、勤務内容も楽しめそうなのである。七日間の住込みは辛くても、マフィアランドという勤務地がとても輝いて見えた。
 それに七日間を耐えれば大金が手に入るのだ。
 その大金でリボーンへのプレゼントを購入したい。あの女性がリボーンへ贈った腕時計よりも高価で立派な物を贈るのだ。
 そうすればきっとリボーンは喜んでくれるだろう。
 ランボは、まだ手にしていない大金の使い道に満足する。そしてリボーンにプレゼントを贈る時のシュミレーションまで始めてしまう始末だ。
 プレゼントを受け取ったリボーンは感激し、きっとランボに「愛している」と囁くだろう。そのリボーンの囁きにランボも「愛している」と返し、その後は二人で過ごす初めての夜になるのだ。
 そう、初めての夜である。
 ランボとリボーンが付き合い始めて三日が経過したが、二人はまだ肉体関係を結んでいなかった。
 一緒に過ごせる時間はあったが、リボーンは多忙な為、二人が一緒にいる時間は僅かなもので、身体を重ねる時間的余裕がなかったのである。そんな二人の逢瀬は、会話を交わしたり、想いを交わしたり、口付けあったりするだけのものだったのだ。
 それだけの関係に、そろそろ物足りなさを覚えているランボは、このプレゼントを切っ掛けに一線を越えてしまいたいと思っている。
 それにプレゼントが切っ掛けになるなんて、ランボは「なんてロマンチックなんだろう」とうっとりしてしまう。初夜を送るにあたって、上出来なシチュエーションだとランボは思えた。
 そうと決まれば、ランボに迷いや躊躇いなどなかった。
 さっそくマフィアランドの雇用部門に電話して手続きを行なう。
 電話をすれば、「明日から来てくれ」と言われてランボは二つ返事で了解した。
 こうして手続きを終えたランボは、明日出発する為に荷造りを開始する。
 その際、今回のアルバイトをリボーンに連絡しようと思ったが、やっぱり止めておいた。だってリボーンの為にアルバイトをするのに、リボーンに話してしまえば意味がない。
 それに秘密にしておいた方が、喜びが大きいと思ったのだ。
「リボーン、待っててね」
 ランボは嬉しそうな声色で言うと、荷造りする手を早めた。
 服や歯ブラシなど、七日間分のお泊りセットを準備するのは大変だったが、これを耐えればリボーンとの関係が発展するのだ。
 そう思えば我慢できない筈がなく、むしろワクワクしてしまう。
 ランボは抑えきれない気持ちの高揚に胸を高鳴らせると、張り切って準備を進めたのだった。







 次の日。
 空を見上げれば何処までも続く青い空、地上には太陽の光を受けてキラキラと輝く蒼い海。
 海に浮かぶ南国の孤島は、裏社会の人間にとって楽園と称するに相応しいマフィアランドだった。
 マフィアランドとはマフィアの為のリゾート地で、マフィアが警察の目を気にせずゆっくり寛ぐ為に、ボンゴレを中心とした各ファミリーが莫大な資金を出し合って建造したスーパードリームリゾートアイランドなのだ。
 その設備や規模も類を見ないもので、遊園地やビーチ、高級ホテル内にはカジノや映画館など、まるで一つの巨大な街のようになっている。又、島は移動式になっている上に強力な妨害電波で外からは察知できないようになっているなど、マフィア専用というだけあって警備も万全だった。
 ランボはマフィアランド行き専用の豪華客船から降りると、「着いた〜!」と開放感に大きく身体を伸ばす。
 マフィアランドに到着するまで半日ほど豪華客船で過ごしたランボは、船を降りた事で大きな開放感を覚えたのだ。
 今まで過ごしていた豪華客船は施設も充実しており、広々として飽きる事はなかったが、それでも大地に足をつける感覚は格別である。
 ランボは目の前に聳えるマフィア城に目を細めると、さっそくそこへ足を向けた。
 マフィア城はマフィアランドのシンボル的な建物であり、中世の城を模したそれは、マフィアランドの何処にいても目にする事ができるほど巨大なものである。しかも、マフィアランドに関する全ての運営が統括されている場所でもあり、今回アルバイトとして訪れたランボが最初に向かわなければならない場所だったのだ。
「よし! 頑張るぞ!」
 ランボは元気に声を張り上げると、マフィアランドで行なうバイトに『きっと楽しいに違いない!』と夢を馳せ、張り切って歩き出したのだった。




「………………なんで?」
 ランボは愕然とした面持ちで呟いた。
 今、ランボは何故か地下鉄に乗っているのである。
 それというのも、マフィア城にある事務所へ挨拶に行ったランボは、そこで事務員の女性に「貴方の勤務地へは、これに乗車して向かってください」と地下鉄に乗せられてしまったのだ。
 訳が分からなかったランボは女性に説明を求めたが、「行けば分かります」と説明を省略されてしまった。
 しかも地下鉄に乗車する前に、女性は「先に給料を全額お支払いします」と札束が入った分厚い封筒をランボに手渡したのだ。
 手渡された時はランボも単純に喜んだが、いくら給料先払いの条件とはいえ、仕事内容も教えられずに給料を手渡された事がなんだか怖い。
「想像してたのと、なんか違う……」
 ランボは車窓を眺めながらぽつりと呟いた。
 車窓に広がる光景は、マフィアランドの蒼いビーチや遊園地である。そこではたくさんの人達が笑顔で遊びまわり、とても楽しそうである。
 それを眺めながら、ランボは自分の想像していた仕事内容とは掛け離れていく現実に、何だか気が遠くなっていきそうだった。
 ランボが想像していたのは、遊園地のスタッフやビーチの監視員、又はホテルの従業員など、とにかくマフィアランドの明るい賑わいの中で行なう仕事である。
 だが今、ランボが乗車している地下鉄は、明らかにマフィアランドの賑わいから遠ざかっている。
 ランボはそれに嫌な予感を覚えるが、走り出した地下鉄はランボの意思で停まってくれる筈がなかった。
 そして、しばらくしてようやく地下鉄が停車する。
 ランボは恐る恐る地下鉄から降り、周囲をぐるりと見回した。
「……島の裏側?」
 どうやら此処は島の裏側のようである。
 地下鉄を降りれば、目の前は断崖絶壁で下方には大海原が広がっている。絶壁の麓では海原が渦を巻き、絶壁に叩き付けられる波が白い飛沫を高々と上げていた。しかも、よく見れば鮫のような海洋生物の尾ひれが海面から覗いており、はっきり言って近付くのも怖い。
 かといって後ろを振り向けば、傾斜のある崖と頑丈なフェンスで仕切られていた。
 何て所へ来てしまったんだ……、とランボは呆然とする。
 ランボの記憶が正しければ、自分はマフィアランドへアルバイトをしに来たのである。それなのに、此処は明らかにマフィアランドであってマフィアランドではなかった。
 こうしてランボが呆然としていると、不意に、草木の陰からガサリッと音がした。
 その音にビクリッと肩を揺らしたランボは、何かが飛び出して来るのではないかと焦りまくる。
 だが。
「に、逃げろ!」
「今のうちだ!」
 だが、飛び出してきたのは人間だった。
 しかしそれは見るからに一般人の風貌をしていない。どちらかというと裏社会に属している厳つい二人の男だったのだ。
 二人の男は草木の繁みから飛び出してくると、焦った様子でランボの方へ走ってくる。
 ランボは飛び出して来たのが人間である事に安堵したが、その安堵は一瞬のものだった。
 厳つい男達が、死に物狂いの形相でランボの方へ突進してくるのだ。
 それを目にしたランボは「ひっ」と息を飲んだ。
 男達はランボよりも二回りほど体格が立派なのである。そんな厳つい男達に迫って来られて怯えない者などいないだろう。
「な、なに?! 何なんだよ!!」
 自分は地下鉄から降りただけだというのに、突進するように走ってくる男達に一歩後ずさる。
 しかし、男達はランボに向かって突進している訳ではなかったのだ。
 それどころか、必死になっている男達の視界にランボの姿は入っていない。
「地下鉄だ!」
「これで表の世界へ逃げれる……!」
 男達は切実な様子で叫ぶと、ランボが降りてきたばかりの地下鉄に目を潤ませている。
 そんな男達の姿は切々としており、まるで蜘蛛の糸に縋るように地下鉄を目指していた。
 それを目にしたランボは、地下鉄? 逃げれる? と首を傾げる。
 男達が地下鉄に向かって突進してくるのは分かったが、どうしてこんなに必死なのか分からなかったのだ。
 だが、その時。

「俺の許可無く此処から出られると思ってるのかコラ」

 それは何処かで聞いた事がある声色だった。
 しかもこんな特徴的な語尾をつける者を、ランボは一人しか知らない。
 ランボは「まさかっ」という思いでそこを振り向くと、やはりそこにはコロネロが立っていた。
「コロネロ……っ」
 ランボにとってコロネロは、親しくしている訳ではないが、知らない相手でもない、そんな相手である。
 ランボがコロネロについて知っている事といえば、リボーンと同じアルコバレーノにして腐れ縁であり、元軍人で、晴れのリング守護者である了平の師匠であるという事くらいだ。
 そんなコロネロとランボが顔を合わせる機会など少なく、今まで数える程しか会った事がない相手である。
「どうしてコロネロが……」
 コロネロの事についてあまり知らないランボは、どうして此処にいるのか驚いていた。
 そんなランボの姿に、コロネロは「久しぶりだなコラ」と気さくに笑いかけてくる。
 こうしたコロネロにランボが抱いた印象は、リボーンと同じアルコバレーノなのにタイプが違う。というものだった。
 近寄り難く硬質的な雰囲気を纏うリボーンに比べ、コロネロは明るく親しみやすい雰囲気を纏っている。容姿の方はリボーンと同じく整ったものだが、それもタイプが違う方向だった。髪や瞳の色はリボーンの闇色と違い、コロネロは明るさをもたらす金髪に蒼い瞳だったのだ。又、体格の方はさすがに元軍人なだけあって精悍さを感じさせる。
 気さくなコロネロに、ランボは動揺しつつも「ひ、久しぶり」と挨拶を返す。
 久しぶり、と挨拶を交し合うが、二人の再会は数年振りで本当に久しぶりの間柄である。
 リボーンの方は腐れ縁という事もあってコロネロと時々会ったりするようだが、特に親しい訳でもないランボは滅多に会う事はないのだ。
 こうして動揺しているランボに、コロネロは「ちょっと待ってろ」と言うと逃亡しようとした二人を睨み据える。
 コロネロの鋭い眼光に見据えられた逃亡者の二人は、青褪めた表情で震え上がった。
「ま、待ってくれ……!」
「悪かったっ、もう逃げたりしないから!」
 男達は必死に懇願するが、コロネロが聞き入れる筈がなかった。
 コロネロは逃げようとしていた二人と一気に距離を縮めると、飛び蹴りと打撃の連続技で二人を沈めたのだ。
 巨体な男達を一瞬で沈めたコロネロに、ランボは状況を忘れて感心してしまう。
 コロネロの動きは見事なもので、無駄の無いそれは瞬きのような速さで繰り出されていたのだ。
 リボーンにしてもそうだが、やはり最強と謳われるアルコバレーノの戦闘は桁違いのものがある。
 ランボはそう感心していたが、逃亡者達を撃沈させたコロネロが振り返った。
「ランボ、何でお前がこんな所にいるんだコラ」
「え……っ」
 突然の質問に、ランボは反応に困ってしまった。
 自分は七日間の短期アルバイトの為に訪れたのである。それなのに、来てみれば地下鉄に乗せられて見知らぬ土地へ送られ、そこには何故かコロネロがいた。どうして自分が此処にいるのか、ランボ自身が聞きたいくらいである。
「コロネロこそ、なんで此処にいるんだよ」
 ランボは逆に質問を返す。
 自分にはアルバイトという勤労の理由があるが、どうして此処にコロネロがいるのか分からなかったのだ。
「此処は裏マフィアランドだ。俺は此処の教官だぜコラ」
「裏マフィアランド……」
 裏マフィアランドという言葉に、ランボはハッとしたように表情を変えた。
 それは聞いた事があるものだった。裏マフィアランドとは、この島で審査に失敗して不法侵入と見なされた者達の修行場である。此処で修行をし、改めて再審査を受けるのだ。
 ランボは幼少期にマフィアランドで遊んだ事はあるが、裏マフィアランドを訪れたのは初めてだった。実際あるとは聞いた事があったが、まさかこんな所とは思わなかった。
 そして何より驚いたのが、コロネロが此処の教官だという事である。
 ランボが今まで見た事のあるコロネロは了平の師匠としての姿だけの為、裏マフィアランドの責任者にして教官という立場まであるとは思わなかった。
「で、お前は何で此処に来たんだ? 修行か?」
 それなら鍛えてやるぜとニヤリと笑うコロネロに、ランボは「ち、違う!」と慌てたように首を振った。
 裏マフィアランドでの修行は過酷を極めると聞いた事がある。そんな修行に軟弱なランボが耐えられる筈が無い。
 ランボは、気絶している男達をちらりと見る。おそらく男達は修行に耐え切れず逃亡しようとしたのだろう。こんな厳つく巨体の男達まで逃げ出す修行など、ランボは絶対に参加したくなかった。
 それに、そもそもランボはアルバイトで此処に来たのだ。修行を行なう場所など、今のランボには関係無い筈である。
「間違えて連れてこられたんだ……。オレはアルバイトしに来ただけなのに、こんな恐ろしい場所に連れてこられるなんて可笑しいよね……」
 ランボは事務員の女性を恨みそうになる。間違えるにしても限度があると思うのだ。こんな所にいれば死んでしまう。
「オレ、帰るね。コロネロも仕事頑張ってね」
 ランボはそう言うと、「それじゃあ」と地下鉄に足を向けた。
 だが地下鉄に乗り込もうとしたランボは、「ちょっと待てコラ」とコロネロに呼び止められる。
「今、アルバイトって言ったなコラ」
「そ、そうだけど……」
 コロネロを振り返ったランボは、何だかとっても嫌な予感がした。
 ランボは「どうしたの……?」と恐る恐る聞き返す。
 そして、そんなランボの嫌な予感は的中した。

「お前のバイト先は此処だコラ」

「え……っ」
 ランボは耳を疑った。
 コロネロの言葉は、ランボにとって信じたくない事だったのだ。
 しかし、コロネロは無情にも言葉を繰り返す。
「マフィアタイムスを見たんだろ。それなら此処だコラ」
「そ、そんな……っ」
 ランボが想像していた楽しいバイトライフが無残にも崩れ落ちていく。
 ランボは今まで、マフィアランドという賑やかな場所で、明るい笑顔に囲まれて働けると思っていたのだ。
 それなのに、実際は断崖絶壁で修行者達の阿鼻叫喚の中でのアルバイトである。それは想像とはあまりにも掛け離れすぎていた。
「無理! 絶対無理! こんな所でバイトなんて出来るわけないよ!」
 仕事内容はまだ分からないが、仕事内容以前にランボにとって場所が問題だった。
「ごめん、今回の話はなかった事で……」
 恐怖に慄いたランボは、コロネロに背を向けて地下鉄へ逃げようとする。
 しかし、コロネロが逃走を許すはずが無く、ランボの首根がガシリと鷲掴まれた。
「逃げられると思ってるのかコラ。給料は受け取ったんだろ?」
 背後から首根を掴まれたまま、ランボの耳元に低く囁かれた。
 その言葉に、ランボの表情が一瞬で青褪める。
 受け取った。確かに受け取った。それもかなりの大金を受け取ってしまった。
 そしてランボは、この給料先払い制が罠である事を悟った。おそらく今まで裏マフィアランドからは何人ものアルバイトが逃走したのだろう。それに堪えたマフィアランド側は、アルバイトの逃走を防止する為に給料先払いという制度を取り入れたとしか思えない。そう考えると、何の説明も受けられなかった事や、問答無用の状態で地下鉄に乗車させられた状況の説明がつく。
 大金ともいえる給料を先に受け取ってしまえば、それを返さない限りアルバイトを辞める事は出来ない。
 ランボはズボンのポケットに突っ込んだままの給料袋に視線を落とし、そして次にちらりとコロネロを見る。
 その眼差しは何かを訴えるものだったが、コロネロは「無駄だコラ」と一蹴した。
「給料を返そうとしても無駄だ。俺も受け取らないが、マフィアランドのスタッフ連中も絶対受け取ったりしないぞコラ」
「……そうだろうね」
 これは給料先払いという名の脅迫だ。
 例え上乗せして返そうとしても、絶対に受け取ってくれないだろう。
 ランボは、噂に名高い裏マフィアランドでアルバイトをする事になった悲劇に、「うぅ、騙された……」と思わず涙ぐんでしまった。
 こうして涙をじんわりと浮かべたランボを、コロネロは溜息混じりに慰める。
「心配するな。お前の仕事は俺の補佐だコラ」
「コロネロの……?」
「そうだ。教官補佐だ。仕事の内容は見て覚えろ」
 コロネロはそう言うと、ランボの首根を掴んだまま引き摺るようにして修行場へ歩き出す。
 こうなってしまえばランボは逃げられず、おとなしく引き摺られていくしかなかった。
「ところでお前、リボーンの恋人だって聞いたぞコラ」
「えっ、知ってたの?!」
 突然飛び出したリボーンの名前に、ランボの表情が変わる。
 ランボにとってリボーンは最愛の恋人で、名前を聞いただけでもときめいてしまうのだ。しかも、コロネロはリボーンと腐れ縁の関係であり、そんな彼の口から自分達の関係を言葉にされると照れてしまう。
「知ってるも何も有名だぞコラ。アルコバレーノの中でも話題になってる」
「そうなんだ……」
 ランボは恥ずかしそうに顔を伏せた。
 だが顔を伏せながらも、その表情には笑みが刻まれている。
 アルコバレーノの中にまで広がっているなんて恥ずかしくも照れくさい。でも、話題の内容がちょっと気になってしまう。
 ランボは、アルコバレーノの中で『リボーンに大事にされている』とか『リボーンの本命だ』とか『お似合いの二人だ』と話題にされているのだろうな、と思うとなんだか気分が良かった。
 だが。
「アルコバレーノの連中も言ってるぜ。どうしてアホ牛なんだ? とか、リボーンの趣味が分からないとか、何処が良いのか分からないとか、時間の問題で別れるんじゃないかとか、そんな話題で持ちきりだコラ」
「何それ……」
 予想とは違っていた話題の内容に、ランボは思わず表情を引き攣らせる。
 しかしそんなランボに構わず、コロネロはランボの全身を見回した。そして。
「こんな軟弱な奴のどこが良かったんだ? リボーンの趣味も変わったなコラ」
 そして止めの一言。
 ランボは思わず項垂れそうになるが、コロネロをキッと睨みつけた。
「大きなお世話だ! 放っといてよ!」
 ランボはそう喚くと、拗ねたようにそっぽ向いたのだった。






                           同人に続く




今回は初っ端からリボ様とランボが恋人関係で、普通にイチャついてます。
たぶん、今回の本ではコロネロとランボが書きたかったんだと思います。





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