恋愛物語




Story after 20 years
   〜Lambo 25 years old〜




「リボーン、今晩の夕食は何が食べたい?」
 ランボは新鮮なキャベツを手に取ると、それを買い物カートのカゴに入れながらリボーンに訊いた。
「フィットチーネにしろ」
「分かった。クリームソースでいい?」
「ああ。でもクリームソースは手作りにしろよ?」
「もちろんだよ」
 リボーンの要望にランボは笑顔で答えると、目の前に陳列されている野菜を選び出した。
 リボーンとランボは今、街中にある大型マーケットに夕食の買い出しに来ているのだ。
 夕方前のマーケットは買い物客が多く、二人もそれに混じって夕食の買い物をしている。だが実際には二人が一般の買い物客に混じれる筈がなく、主婦が大半を占める中で目立たない筈がなかった。しかも向けられる視線の中には明らかに熱の篭もったものまであり、二人の周りだけは此処がマーケットだという事を忘れさせる雰囲気が漂っていたのだ。
 だが、そんな視線を向けられるのは仕方がない事だった。
 今年で二五歳になったランボは容姿も体格もすっかり大人びたものになり、容姿の方は元々整っていたが、今は振舞い一つにしても洗練された雰囲気を漂わせているのだ。しかも、大人びた雰囲気を纏いながらもそこに近寄り難さはなく、どちらかというと柔和な印象がある。しかし柔和ながらもふとした瞬間に見せる表情には艶やかな色が帯び、少年の頃から変わらない垂れた目尻や翡翠色の瞳が相俟って、ランボは薫るような色香を纏っているようだった。
 そしてそんなランボの隣に並ぶリボーンはというと、ランボとは違って硬質的な近寄り難さを感じさせた。切れ長の漆黒の瞳、形の良い鼻梁、薄い唇。輪郭は彫りが深く、そんなリボーンの美貌は一流の職人が作った人形のように整っていた。そして、纏う雰囲気は他を圧するような隙の無いもので、凍てつく氷を思わせるものだ。
 こうした二人の持つ雰囲気は正反対のものであるが、二人並んだ様は一枚の絵画のような強い印象を残すものである。だが、正反対であってもアンバランスさはなく、まるで並び立つ事が自然であるかのように二人が一緒にいる事は馴染んでいた。
 そんな二人が一緒にいれば視線を集めない筈がなく、マーケットにいる女性のほとんどが振り返る。
 しかし、視線を集める事は二人にとって慣れた事で、ランボは気にする事なく夕食の材料をカゴに入れていた。
「あ、ニンジンは多めに買っておくよ。この前キャロットケーキを食べたんだけど、それが美味しくてさ。今度リボーンにも作ってあげるよ」
「甘すぎないようにしろよ?」
「分かってる。リボーンは甘いの苦手だもんね」
 二人は雑談を楽しみながら買い物を済ませると、そのまま会計に向かう。
 代金はリボーンがカードで支払い、そのまま重い方の荷物をさり気なく選び持ってくれる。
 二人で行くマーケットでは、ランボが主導権を握ってほとんどの食材を選び、リボーンはそれについて歩くだけというのが二人の買い物の構図である。しかし、買い物を済ませれば荷物を持つのはリボーンだった。荷物が複数あれば、重い方の荷物をリボーンはさり気なく持ってくれるのだ。
 ランボは華奢な女性ではなく、精悍な体付きをした男である。最初はランボも反感を覚えて荷物くらい持てると主張していた。だが、リボーンに甘やかされる事は思いのほか心地良く、いつからか素直に甘えるようになっていったのだ。
 マーケットを出た二人は多くの人が行き交う大通りを歩き、そのまま街の中心にある広場へ入っていく。
 街の中心にある広場は車両禁止区域になっており、多くの人達が憩いにしている場所だった。噴水をシンボルとして造られた円形の広場では、今も談笑を楽しむ人々や子供達が元気に駆け回っている姿が多くあったのだ。
 ランボは広場の光景に目を細めると、一際賑やかな声がする方向に視線を向ける。
 そこでは幼い子供たちが元気に遊びまわっており、どうやら鬼ごっこをしているようだった。
 ランボは元気に遊ぶ子供たちの姿を見ていたが、並んでそれを見ていたリボーンが何かを思い出したようにニヤリと笑う。
「お前、一人で鬼ごっことかよくしてたよな」
「うっ、……そんな昔の話を持ち出すなよ」
 リボーンにからかわれ、ランボはムッとしたように言い返した。
 折角いい気分に浸っていたというのに、リボーンがランボの恥ずかしい過去を口にしたせいで台無しだ。
 ランボは幼少の頃を日本で過ごしていたが、当時の騒がしくも恥ずかしい記憶は鮮明に残っている。子供の頃の自分を恥じている訳ではないが、あまりに子供らしい子供過ぎて、今思い出しても恥ずかしくて仕方がない思い出ばかりなのだ。
 だが今、二十年前から意識していたリボーンが隣にいてくれる。二十年前があったから現在があるのだと思うと、恥ずかしい思い出も愛しいものだった。
 こうして二人は遊びまわる子供たちの姿を眺めていたが、しばらくして一人の子供が鬼から逃げる為にこちらへ走ってくる。その後ろを鬼役の子供が追いかけてきたが、ふと鬼役の子供が盛大に転んでしまった。
 転んだ鬼役の子供は大きな声で泣き出してしまい、一緒に遊んでいた子供も心配そうに駆け寄ってくる。
 友達に慰められ、泣いていた子供もようやく涙を引っ込めた。
 だが、鬼役の子供はおずおずと周りの子供を見回し、「もう鬼役はしたくないよ……」と心細そうに訴える。転んだ痛みを引き摺りながら、一人ぼっちの鬼役をするのは寂しいものなのだ。
 だが、他の子供がそういった気持ちを察するのは難しい事なのである。
「ワガママ言うなよ!」
「じゃんけんで負けたんだから仕方ないだろ?」
 周りの子供たちは口々にそう言うと、「鬼さんこちらー!」と駆け出していく。そして残された鬼役の子供は半泣き状態で立ち尽くしてしまった。
 その光景を見ていたランボは、子供の遊びだと思いつつも泣いている子供を放っておけず、泣いている子供の側へ行こうとする。しかしランボが歩き出す前に、それはリボーンによって止められた。
「どうして止めるんだよ」
 ランボはムッとした表情でリボーンを睨む。
 だが、リボーンは「黙って見てろ」と泣いている子供を指す。
 そんなリボーンにランボは不満気な顔をしたが、直ぐにリボーンの言った意味が分かった。
 半泣きで佇んでいる子供の側に、一人の男の子が駆け寄ったのだ。最初はその男の子も他の子供と駆け出してしまっていたのだが、半泣き状態の鬼役を見兼ねて戻ってきたようである。
「おい、泣くなよ……」
 男の子は困惑しながらも鬼役の子供を慰める。
 そうした不器用な慰めに鬼役の子供は「でも」と繰り返していたが、おどおどとした視線を男の子に向けた。
「あんねぇ、……ぼく、一人で鬼は嫌だ……」
 瞳を涙で一杯にして訴える鬼役の子供。
 男の子は小さな溜息を吐くと、「仕方ないな」と手を差し出した。
「ほら、一緒に鬼をしてやるから泣くな」
「うん。ありがとう……っ」
 差し出された手を鬼役の子供が握り返すと、二人は他の子供を捕まえる為に駆け出していったのだ。
 二人が駆けて行く姿を黙って見送ったランボは、少し頬を赤らめながら嬉しそうにリボーンを振り返る。
「うわーっ、見た? あの男の子の将来が楽しみだよ。絶対男前になりそうだ」
 ランボは鬼役の子供を助けた男の子を思い、感心したように言った。
 あの男の子は他人の感情に機敏だっただけでなく、手を差し伸べる事までしてのけたのだ。それは簡単な事のように見えるが簡単な事ではない。ランボは、男の子が見せた優しさに何だか温かい気持ちが込み上げてくる。
「オレがまだ子供だった時に、あんな男の子が側にいたら惚れてたかも」
 そう言って微かに頬を赤らめるランボを、リボーンは呆れた表情で見た。
「何言ってんだ。例えいたとしても、お前ほど手のかかるガキを面倒見れる奴なんていねぇぞ。それに」
 リボーンはそこで言葉を切ると、口元にニヤリとした笑みを浮かべて言葉を続ける。
「それに、お前がガキだった頃、世界一男前な赤ん坊が側にいただろ」
「……あんたこそ何言ってんだよ。オレは、その世界一男前の赤ん坊とやらに、散々苛められ続けてきたんだけど」
 ランボは恨みがましげにそう言うと、「あんたを普通の赤ん坊としてカウントするのは難しいよ」と苦笑した。
「帰ったら覚えてろ」
 生意気なことを言ったランボにリボーンは冗談混じりにそう言うと、「ほら、帰るぞ」と先に歩きだす。
 ランボもその後に続いたが、最後にもう一度だけ駆けて行った子供たちを振り返った。


『あんねぇ』


 それは先ほどの子供が口にした言葉である。
ランボはその言葉に、幼い時の事を思い出したのだった。





〜Lambo 5 years old〜




 ――――二十年前。
 夜空の月が輝きを増し、並盛町が眠りの静寂に包まれた深夜。
 牛柄の着ぐるみ服ともじゃもじゃ頭がトレードマークの幼いランボは、枕を抱いて綱吉の枕元に立っていた。
「ツナ、ツナ、起きて?」
 ランボは眠っている綱吉を揺らし、「起きてよ」と目を覚まさせようとする。
 綱吉を呼ぶ声は深夜という事もあって静かな呼び声だが、それでもしつこく起こし続けていた。
「ん……、何だよこんな夜中に……」
 しばらくして綱吉の重い瞼が薄っすらと開かれる。
 ようやく目を覚ましてくれた綱吉に、ランボはパッと表情を輝かせた。
「ガハハッ、ツナが起きた。オレっち、今日はツナと一緒に寝てあげる!」
 ランボは勝手にそう決めてしまうと、綱吉の隣にもぞもぞと潜り込もうとする。
 ランボは先ほどまでは一人で眠っていたのだが、夜中に目覚めてしまい、それから一人では眠れなくなってしまった。眠ろうと目を閉じたのだが、夜の闇は幼児にとって不安を煽るだけのものなのだ。その為、ランボは綱吉と一緒に眠ろうと思ったのである。
 だが、ベッドに潜り込もうとしたランボは直ぐに追い出されてしまった。
「……なんだよ、突然……。一緒に寝るなんて嫌だよ……」
 綱吉は寝惚けた口調でそう言うと、一人で布団に包まってしまう。
 こうしてまた眠りの体勢に戻ってしまう綱吉に、ランボは「バカツナ〜」と一層大きく揺らして起こしに掛かった。
「やだーっ、オレっち一緒に寝てあげるんだもんっ」
「一緒に寝てあげるって……、ランボが一緒に寝たいだけだろ? でも嫌だよ、ランボって寝相悪いんだもん」
 面倒臭そうにそう言った綱吉は、「誰かと寝たいなら母さんと寝ろよ」と今度こそ本当に眠りの世界に戻っていってしまった。
「うぅ〜……、ツナのアホ……っ」
 ランボは何度も綱吉を揺り起こそうとするが、綱吉は寝惚けた声を返すだけで起きてくれそうにない。
 ランボは綱吉が丸まった布団を見つめ、「……が・ま・ん」と半泣き状態で呟いた。
 これ以上騒いでいるとハンモックで寝ているリボーンが起きてしまい、攻撃を食らって強制的に眠らされてしまうのだ。それが嫌なランボは諦めるしかなかった。
 ランボは枕を抱いたまま綱吉の部屋を出ると、一階で寝ている奈々の元へ足を向ける。
 ランボがこうして枕を持って奈々を起こせば、きっと奈々はランボを優しく迎え入れてくれるだろう。温かい布団と優しい奈々の腕に抱かれて眠るのだ。
 大好きな奈々と一緒に眠れるのは嬉しい。でも本当は綱吉と一緒に眠りたかった。
 ランボは五歳という幼い年齢でありながら、単身イタリアから日本へと渡ってきたのだ。最初は寂しかったが、今では寂しさを感じる事が少なくなった。それは綱吉が自分の保育係として一緒に遊んでくれたり、一緒に食事をしてくれたり、一緒にお風呂に入ってくれたりと、ランボの面倒を見てくれるからである。ランボは綱吉を困らせてしまってばかりいるが、綱吉の事が好きで好きで仕方が無いのだ。
 ランボは「ツナのバカ……」と小さく呟き、奈々が眠っている一階へ駆け出したのだった。






 次の日、ランボは一人で公園に遊びに来ていた。
 一人で「よ〜いドンッ」と銃を鳴らして走り回った後、今度は砂場で砂遊びを楽しみだす。
 砂遊びが大好きなランボは、家からバケツやジョウロ、スコップなどの砂遊びセットを持ってきていたのだ。公園で一人遊びをするのは寂しかったが、「オレっちは良い子だから一人で遊べるんだもん」と砂場で山を作ったり泥団子を作って遊びだした。
 最初はランボも子供らしく山にトンネルを掘ったり団子に草を射してみたりして遊んでいたが、それに飽きてくると今度は少し難易度の高い物を作ってみようと気合を入れる。
 ランボは頭の中に作りたい物を思い浮かべ、スコップやシャベルを握ってさっそく取り掛かるのだった。



 一時間後。
「ガハハハッ、まいったかリボーン!」
 公園にランボのはしゃぐ声が響いていた。
「水こうげきをくらえ! ジャー!」
 ランボはジョウロに水をたっぷり入れ、それを作ったばかりの砂像に降り掛ける。
 そう、ランボが作った砂像はリボーンだった。
 何かを作りたいと思った時、何故かリボーンが一番最初に頭に浮かんだのだ。しかし作ったら作ったで普段の恨みを思い出し、砂像をリボーンに見立てて仕返しをしているのである。
「ねー、みたみた? ランボさん、強いだろーっ」
 リボーンに水攻撃した事で上機嫌になったランボは、公園の塀を歩いている野良猫にまで自分の強さをアピールした。
 しかし野良猫がランボの相手をする筈がない。
 野良猫は涼しい顔でランボを無視し、ランボはムッとした表情になった。
「こらー、待てー! ランボさんを無視するな!!」
 怒ったランボは塀の上の野良猫を追い駆けだす。
 普段からリボーンなどに無視される事が多いというのに、野良猫にまで無視されて悔しかったのだ。
 だが上を見上げたまま走っていたランボは前を見ておらず、大きな壁のようなものにぶつかってしまう。
 ランボの小さな身体は、勢い良くぶつかった衝撃に跳ね飛ばされて尻餅をついてしまった。
 ぶつかった鼻頭と尻餅をついた丸いお尻がジンジンと痛み、ランボの瞳に涙が込み上げる。
「が・ま・ん」
 ランボは込み上げる涙を得意の我慢で堪えたが、頭上から聞き慣れぬ声が降ってくる。
「おいチビ、今リボーンって言ったよな。居場所を知っているのか?」
 ランボにそう言ってきたのは二人の子供だった。
 二人の子供は、一人は体格が大きく、もう一人は細身の体付きである。二人は体格がまったく違っているが、敢えて共通点を挙げるなら人相の悪さだ。
 ぶつかったのはお互い様だというのに、一方的に高慢な態度を取られてランボはムッとしてしまった。
「ぶつかったら謝れー! じゃないと教えないもんね!」
 ランボは「あっかんべー」をして二人の子供に反発した。一方的な態度を取られてランボは悔しかったのだ。
 だが。
 ――――ビッ!
 空気を裂く音がした瞬間、ランボの頬は手で強く打たれていた。
「ぴゃっ!」
 頬を打たれた衝撃にランボの小さな身体が飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「うう……っ」
 ランボは痛みと驚きに目を回してしまうが、何とか起き上がる。だがその頃には、二人組みの子供はターゲットをランボに決めてしまっていた。
「こいつをいたぶればリボーンの奴が出てくるかもしれん。マニ、やっていいぞ」
「わかったじゃん」
 細身の子供が命じるように言うと、マニと呼ばれた大柄の子供がゆっくりとランボに向かって歩いてくる。
 自分に向かってくるマニの姿に、ランボは慌てて逃げ出した。
「ラ、ランボさん用事思い出した!」
 恐怖を覚えたランボは慌てて逃げ出すが、もう一人の子供が「こっちは行き止まりだぜ!」と素早く行く手を立ち塞ぐ。
 逃げ場を失ったランボは「くぴゃっ」と全身を震わせるが、次の瞬間、面白がるような「どーん!」という声とともにゴッ! と頭部を殴られた。
 そして声を上げる間もなく両頬を連打され、ランボは衝撃と勢いに吹っ飛ばされる。
「ぐぴゃっ!! バカ! お前らなんかうんこーっ!」
 地面に叩きつけられたランボは強気な言葉で言い返しながらも、痛みと驚きに大泣きした。只でさえ弱いランボの涙腺は、突然振るわれた暴力に耐えられずに決壊してしまったのだ。
「うわあああん!」
 ランボは大きな声で泣き喚き、二人の子供に向かって「バカ! アホ!」と繰り返す。しかしそんな暴言を二人の子供が許す筈が無い。
「そーか、死にたいか。――――なら予定より早いが、殺してやる!」
 小柄な方の子供はそう言うと、高く飛躍し、そのまま飛び蹴りの体勢になってランボに襲い掛かった。だがその時。
 不意に、ランボを庇うように小柄な影が立ち塞がった。
「な!」
 攻撃を阻止された子供は驚くが、ランボを庇った小さな影は中国拳法の構えで子供と向き合う。
 そう、ランボを寸前で助けたのはイーピンだった。
 そしてイーピンの乱入と同時に、「おいお前達、何やってんだ?!」と中学校帰りの綱吉も割って入ってくる。
 綱吉は慌ててランボの元へ駆け寄ると、傷だらけの小さな身体を抱き上げた。
「ランボ? おいどうしたんだよ! 大丈夫か?」
 心配した綱吉はランボに問うが、ランボは「うあああ〜!」と鼻血をたらして泣くだけである。
 綱吉は泣き喚くランボを庇うように抱き、人相の悪い二人の子供に困惑したような視線を向けた。
「き、君達……、この子と遊んでた訳じゃ……なさそうだね」
 見ての通りである。ランボは明らかに一方的な攻撃を受けていた。
 綱吉は「厄介なことに巻き込まれちゃったな……」と思いつつも、ランボを放っておける筈はなかった。
 こうして綱吉とイーピンがランボを庇うと、攻撃を仕掛けてきた二人の子供は嘲笑うような笑みを浮かべる。
「くはは、こいつバカじゃん」
「オレ達はこのチビを殺してたんだ。殺し屋だからな」
 殺し屋という言葉に、綱吉は真っ青になった。
「殺し屋?! もしかして……、君達、リボーンの知り合い?」
 嫌な予感を覚えつつも、綱吉はランボを抱いてそう訊いた。
 しかし、綱吉が発した『リボーン』の名前は更に墓穴を掘るものだったのである。
「ほーう、お前もリボーンを知っているのか、じゃあついでに殺そうじゃん」
 そう、二人の子供は綱吉やイーピンにまで狙いを定めたのだ。
 常識人の綱吉はランボを抱いたまま「はあ? 何それ?!」と驚くが、イーピンは綱吉やランボを守るために勇ましく攻撃を仕掛けだした。
 こうして細身な方の子供とイーピンとの戦闘が始まり、綱吉とランボは片隅で応援に勤しむ。イーピンは幼いながらも拳法使いのヒットマンだけあって、その強さは目を見張るものがあるのだ。
 イーピンは相手を翻弄するような動きを見せ、得意技の餃子拳の構えを取る。
「そーだ、イーピン! 餃子拳をお見舞いしてやれ!」
 餃子拳の恐ろしさを身を持って知っている綱吉は、ランボと一緒にイーピンに声援を送った。
 だが、イーピンが放った渾身の餃子拳が通用する事はなかった。
 そう、人相の悪い子供は餃子拳が命中しても顔色一つ変えなかったのである。
「当たったのに、へっちゃら? こ、呼吸してないのか?!」
 餃子拳とは、臭いとなって直接脳に働きかける技である。この餃子拳から逃れるには脳の作用さえも凌駕する強靭な意志か、もしくは呼吸をしないという方法しかなかった。
 餃子拳を受けても変化がない二人に、綱吉やイーピンは困惑と驚愕を覚え、ランボなどは真っ青になって新たな涙を浮かべている。
 こうして驚く三人の姿に、人相の悪い二人の子供は不気味な笑みを浮かべた。
「今のやわな技じゃん。もっとしっかりやってくれよ、じゃないと……。    この機械の身体には効かないぜ!」
 二人の子供はそう言ったかと思うと、突然ベリリッと顔面の皮膚らしきものを引き裂いた。引き裂かれた皮膚の中から覗いたのは、人間の肉体ではなく機械だったのだ。
「ロボットー?!」
「ぐぴゃっ」
 本当の姿を見せた二人に、綱吉とランボは驚愕の声を上げる。
 確かに相手がロボットならイーピンの餃子拳は効かないのだ。
 今まで勇ましく戦っていたイーピンもすっかり怯えてしまい、慌てて綱吉の背後に隠れてしまう。
 こうして綱吉はランボを抱き、イーピンを足元に引っ付けたまま、ロボットに立ち向かわなくてはならなくなった。
「ど、どうしよう……」
 中学生の綱吉がこんな訳の分からないロボットを倒せる自信は皆無である。
 綱吉は恐怖と困惑で硬直してしまったが、腕の中のランボがぎゅっと力を籠めて抱きついてきた。
「ツナ……」
 大きな瞳を不安に揺らして綱吉を見つめるランボ。
 そんなランボの小さな身体は小刻みに震えており、それはか弱い子供のそれである。
 そうしたランボを腕に抱く綱吉は、この幼い子供を自分が守らなければならないのだと強く思った。
「ランボ、大丈夫だからね?」
 これは根拠の無い言葉である。しかし怯えるランボを少しでも宥めたくて、綱吉はランボのふわふわの頭を優しく撫でてそう言った。
「ツナ、ツナ……っ」
 ランボは一層力を籠めて綱吉にしがみつき、綱吉は強く抱き締め返す。
 綱吉が現状を何とか打開しようとロボットの二人に向き合った。その時。
 不意に、空を裂く音がしたかと思うと、小さな骨が大柄のロボットに命中した。
 その小さな骨はロボット達がランボに会う前に食べていたフライドチキンの骨で、「誰だ?」とロボットは警戒を顕わにする。


「なかなかうめーぞ。このフライドチキン」


 この声は綱吉やランボにとって聞き慣れたものだった。そう、リボーンだったのだ。
 登場したリボーンの姿に、綱吉は「大変だったんだぞ!」と安堵する。
 そして、綱吉に抱かれていたランボもパッと表情を輝かせた。
「リボーンだ! リボーンが来た!」
 今まで不安に揺れていたランボの瞳が輝き、リボーンの姿に喜色を滲ませる。
 綱吉の腕に抱かれながらも、ランボはリボーンを見つめ、嬉しさのあまり騒ぎ出した。そして。
「あんねぇ、リボーン! あいつらムカツクんだよ!!」
 やっつけて! とランボはリボーンに訴えたのだ。
 これはランボにとって無意識に選んだ言葉だった。
 リボーンの登場に安堵したランボは、リボーンなら現状を打開できるのだと幼いながらに察し、リボーンが来てくれたという嬉しさのままに訴えていた。
 この訴えは、縋るような、助けを求めるような響きを持つもので、普段はリボーンの事を一方的に標的にしているランボが決して見せないものである。
 だからこそ、今のような状況で口にされたランボの無意識の言葉は、ランボが初めて見せたリボーンへの甘えであり、特別に思っているという意識だった。
 だが、リボーンはそういったランボの感情に今は気付かぬ振りをする。そして普段の態度を装い、ランボに銃口を向けたのだ。
「うぜぇぞ」
「ぐぴゃっ」
 リボーンの銃弾を受けたランボは衝撃で気を失ってしまう。
 気を失ったランボに綱吉が駆け寄ったのを見届けると、リボーンはそのまま立ち去ろうとした。
 だが、立ち去ろうとしたリボーンに、ロボットとなった二人の子供が攻撃を仕掛けてくる。
 リボーンは、自分に向かってくるロボットを、静かに睨み据えた。
 今のリボーンは、表情は普段と変わっていないが、纏っている空気に微かに怒りの色が滲んでいる。
 そして、戦闘の勝敗は呆気ないほど簡単についてしまった。
 ロボットの二人がどれだけ変形して強くなっても、リボーンに叶う筈がなかったのだ。何故なら、今回のリボーンは相手が明らかな格下であるにも関わらず、おしゃぶりを光らせて僅かに本気を出して戦ってみせたのだから。
 そう、滅多に本気を出して戦う事がないリボーンが、この時ばかりは何故か本気を垣間見せたのだった。










 その日の夜。
 手当てを受けたランボは、夕食を終えると綱吉の部屋でテレビゲームをしていた。
 丸い頬や額に貼られた絆創膏が痛々しいか、普段から怪我をする事が多いランボはすっかり元気になって遊んでいる。
「それじゃあオレはお風呂に入ってくるから、ランボもゲームはほどほどにして早く寝ろよ?」
「オレっちは夜更かししても大丈夫なんだもん。ツナー、早くお風呂から出てきてね」
 ランボはそう言うと、部屋を出て行こうとする綱吉を見送ろうとする。
 甘えたいのか生意気なのか判断に苦しむランボの態度に綱吉は苦笑し、「分かってる。また遊んでやるから」と部屋を出て行ったのだった。
 こうして部屋に残されたランボはコントローラーを握ってゲームを再開したが、同じ部屋にいるリボーンの存在が少し気になっていた。
 この部屋は綱吉の部屋だが、それと同時にリボーンの部屋でもあるのだ。リボーンは部屋に愛用のハンモックを吊り、そこを寝床にして過ごしているのである。
 今、リボーンはハンモックの上で既に眠ってしまっているが、同じ部屋にリボーンと二人でいるのだと思うと緊張してしまう。
 本当なら「死(ち)ねー!」と襲撃を仕掛けたいが、リボーンの眠りを妨げると恐ろしい目に遭う事は知っているのである。
 それに今はリボーンに襲撃したい気分ではなかった。
 ランボは昼間の公園でのことを思い出す。
 ランボは途中から気絶してしまったが、後から綱吉に訊いたら「ロボットはリボーンが退治したよ」と教えてくれたのである。そう、図らずともランボが『あんねぇ、リボーン』と願った通り、リボーンが倒してくれたのだ。
 ランボはコントローラーを置くと、リボーンが横になっているハンモックに静かに近付いた。そして、その上で眠るリボーンを覗き見る。
 本当はありがとうと言いたかった。否、助けてもらったのだから、ありがとうと言うべきなのだ。
 ランボは食事の時や朝夕の挨拶をしっかり出来る子供である。そんなランボにとって、「ありがとう」という言葉は難しい言葉ではない。
 だが相手がリボーンだと思うと、負けず嫌いな気持ちが勝って素直にお礼が言えないのだ。
 ランボはしばらく困ったような表情でリボーンを見ていたが。
「おい、視線がうぜぇ。こっち見んな」
 不意に、眠っていると思っていたリボーンが苛立った声色でそう言った。
 驚いたランボは「くぴゃっ」と後ずさるが、何とか勇気を奮い立たせて逃げずに立ち向かってみる。
「うざいって言うな! リボーンのバカ!」
「バカだと?」
 ランボの暴言にリボーンは目を据わらせた、その次の瞬間。
「ぴゃっ!」
 ランボの足元に鋭いナイフが突き刺さっていた。
 そう、リボーンは目にも留まらぬ速さで懐からナイフを取り出し、お仕置きとしてランボの足元に投げつけたのだ。
 ランボは、顔を真っ青にして足元のナイフを凝視する。後数ミリでもナイフがずれていたら、その鋭い切っ先はランボの小さな足に直撃していただろう。
 鋭いナイフを目にし、ランボは「が・ま・ん」と半泣き状態で呟く。
 やっぱりリボーンは怖かった。不用意に近付くんじゃなかった……とランボは今更後悔してしまう。
 だが、もう後には引けない。
 ランボは、リボーンにきちんとお礼を言っておきたいのだ。
「リ、リボーンっ。あの……、えっと、えっと……っ」
 ランボはおどおどした表情をしながら、リボーンを窺うような視線を向ける。発する言葉も口篭もったもので、そんな普段と違ったランボの態度にリボーンは「いったい何が言いたいんだ」と眉を顰めた。
「あの、あの、……えっと、えっと〜……っ」
 言葉は喉まで出掛かっているというのに、上手く音にする事が出来ない。早く言わなければと思うのに、焦れば焦るほど頭の中が混乱するようだった。
 そもそもリボーンはランボの標的であり、同じヒットマンなのだ。そんなリボーンに感謝するなど、進んでしたい事ではないのだ。
 だから、ランボは開き直ってしまった。


「リボーンのバカ! ランボさんは強いから、あんなロボットなんて一人でやっつけたもんね!」


 ある意味、とても子供らしい開き直りだった。
 挙げ句に「あっかんべーっ」というおまけ付きである。
「黙れ」
 カチンときたリボーンは一言そう言うと、二本目のナイフをランボの足元に投げつけた。
「夜中に騒ぐんじゃねぇ、死にてぇのか」
「……うっ、う、うわああん! リボーンが怖いこと言った〜っ」
 ランボは、二本目のナイフと脅すような言葉に、とうとう恐怖に耐えられずに大泣きしてしまう。
 こうしてランボの泣き声が部屋中に響いていたが、少しして「また泣いてるの?」と風呂から出た綱吉が部屋に入ってきた。
「ツナ〜! リボーンが、リボーンが〜!」
 そう言ってランボが綱吉に飛びつけば、綱吉はランボを抱っこして慰めてくれる。
「分かった分かった。だから、泣かないでよ」
「うぅ〜、リボーンのアホ」
「そう言う事ばっかり言ってるから、リボーンを怒らせちゃうんだよ」
 綱吉に苦笑混じりにそう言われ、ランボは「だって……」と拗ねてしまう。
 大きな瞳を濡らしたまま拗ねる姿は愛らしく、綱吉はランボのふわふわ頭を優しく撫でた。
「ほら、いつまでも泣いてないでそろそろ寝る時間だよ?」
 綱吉がそう言ってランボを床に降ろせば、ランボはとぼとぼと部屋を出て行こうとする。綱吉と一緒に寝たいという甘えたい気持ちがあったが、昨夜きっぱりと断られてしまっているのだ。
 こうしてランボは「……おやすみ」と部屋の扉に手を掛けた。
 だが、ランボが部屋を出て行こうとした時、「ちょっと待って」と綱吉は呼び止める。
「ランボ、今日はオレと一緒に寝る?」
「え……っ」
 突然の綱吉の言葉に、ランボは驚いた表情で振り返る。
 まさか綱吉から一緒に寝ようと言ってくれるとは思わなかったのだ。
 ランボは「い、いいの?」と恐る恐るといった様子で聞き返す。
 そんなランボの様子に綱吉は苦笑すると、「今日は怖い目に遭っちゃったから、特別だよ?」と許してくれた。
 こうして綱吉が一緒に寝る事を許したのは、部屋を出て行くランボの後姿がとても寂しそうに見えたという事もあったが、それ以上に今のランボは傷だらけであり、少しでも癒してあげたいと思ったのだ。
「おいで?」
 綱吉がそう言って両手を広げれば、ランボの表情がパッと輝いたものになる。そして。
「ツナ〜!」
 綱吉の腕の中に飛び込んだランボは、綱吉に抱っこされたまま布団の中に潜り込む。
 ランボを包む綱吉の腕と布団はとても温かくて、ランボは込み上げる楽しさと嬉しさに輝くような笑みを浮かべた。
「ガハハッ、ツナがどうしてもって言うから、優しいランボさんは一緒に寝てあげるんだもんね!」
 嬉しさのあまりランボは調子に乗るが、綱吉は「はいはい」と笑って受け流す。
 そして電気は消され、綱吉とランボは一つの布団の中に潜り込んだ。
 ランボは、綱吉に抱っこされたまま眠れる事に何だかくすぐったい気持ちを覚えて、照れ隠しをするように綱吉の胸に顔をぐりぐりと埋める。
 こうしたランボの甘える姿は可愛いもので、綱吉は「ランボ、髪が鼻にあたってくすぐったいよ」とクスクスと笑いながらランボの小さな身体を抱き締め返した。
「ツナ、今日は……ありがとう」
 ランボは綱吉の腕に抱かれたまま、照れながらも素直に昼間の礼を口にした。
 標的であるリボーンには素直になれないが、相手が保護者のような綱吉なら話しは別なのだ。
「オレは何もしてないよ? あいつらを倒したのはリボーンなんだから」
 苦笑混じりに綱吉は言うが、ランボは「リボーンなんか知らないもんね」と綱吉に全身で抱きつく。
 しばらくランボは猫のように綱吉に甘えまくっていたが、直ぐに穏やかな寝息が響いてきた。
 綱吉に抱っこされているという安心感と温かさに、ランボは早々に眠ってしまったのだ。
 綱吉はランボに布団を掛け直してやると、自分も眠ろうと目を閉じる。
 だが、目を閉じる前に部屋に吊るしてあるハンモックに視線を向けた。
 ハンモックではリボーンが眠っている訳だが、綱吉は何となくリボーンが起きているような気がしてならないのである。
 しかも、何だか不機嫌そうな気配がハンモックの辺りから漂ってくるのだ。
「ランボが、リボーンなんか知らないってさ」
 綱吉はちょっとした悪戯心のつもりで、からかうように言ってみた。すると。
 ――――シュッ!
 空を裂く音がしたかと思うと、綱吉の顔面擦れ擦れを一本のナイフが通り過ぎた。
「煩せぇぞ。永眠させられてぇのか」
 苛立ちを隠そうとしないリボーンの不機嫌な声色。
 綱吉は顔面を蒼白にし、「すいませんでした……」と布団の中に潜り込む。
 リボーンがどうして不機嫌になっているのか知らないが、触らぬ神に何とやら……なのだ。
 こうして綱吉の部屋は優しい夜の静寂に包まれ、穏やかな三つの寝息が響きだしたのだった。




 余談。
 次の日、リボーンの綱吉に対するスパルタ振りが何故か普段よりも増しており、綱吉は「なんで……?」と妙な理不尽さに表情を引き攣らせたのだった。






                               同人に続く





この後、8歳ランボ編、12歳ランボ編、16歳ランボ編、18歳ランボ編、で最後に25歳ランボに戻ります。
※8歳ランボ編は、以前発行した無料配布「二代目保育係フゥ太」です。

今回は初めて短編集みたいな感じで本を作ってみました。
基盤は20年後リボランで、それの回想で進んでいく時系列順です。
実はこれを書いている時に原作の展開から目が離せなくなり、最初予定していたものから急遽いろいろと変更するはめになりました。
リボ様は、ランボの事を幼い頃から見守ってる人なので、今回は見守る人みたいな感じです。
そして最後の最後で、20年後版「あんねぇ、リボーン」の使い方。
12歳まではコメディ色強いですが、16歳以降からシリアス色が入ってきます。





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