可愛いだけじゃダメかしら





 ランボは今、今まで生きてきた人生の中で最高に緊張していた。
 緊張のあまり表情を強張らせ、身体は少し硬直してしまっている。きっと口を開けば震えた声が出てしまうだろう。
 ランボはそれほどに緊張していたのだ。
 それというのも、今日のランボは一大決心を胸に秘めていた。
 一大決心とは愛の告白だ。
 そう、ランボは今日、一世一代の愛の告白をするのである。
 そしてランボが告白をする相手は、なんとボンゴレ十代目である沢田綱吉だった。
 今でこそ綱吉はボンゴレ十代目という身分の男であるが、ランボが幼少時の頃は保育係として世話をしてくれていたのである。
 幼少時のランボは騒がしくウザイと煙たがれる事が多い子供だったが、綱吉は何だかんだ言いながらもランボを大事にしてくれたのだ。そんな年上の優しい人に、十五歳になった今でも甘ったれで弱虫で泣き虫なランボが惚れない筈がなかった。
 ランボは、容姿の方は大人びたものに成長したが、性格の方は未だ幼さを残す甘ったれたものなのである。
 そして今、ランボは自分の直ぐ側にいる綱吉にちらりと視線を向け、その姿を視界におさめるだけで嬉しい気持ちが込み上げた。
 今、ランボはボンゴレ屋敷の綱吉の執務室を訪れているのだ。
 訪れたのは綱吉にティータイムに誘われたというものだが、ランボはこの機会にと告白を決心してやってきたのである。
 執務室には綱吉の他にリボーンもいたりするのだが、今のランボの視界にはリボーンなど入っていなかった。それにリボーンはソファで昼寝をしている為、昼寝大好きなリボーンがわざわざ起きてまで邪魔してくるとは思えなかったのだ。
「ランボ、ブルーベリーのタルト好きだろ? ほら、取り分けてあげるよ」
 綱吉はボンゴレ十代目という立場であるにも関わらず、昔と変わらずランボを甲斐甲斐しく世話してくれる。
 今もタルトを丁寧に切り分け、ランボの為に遠方から取り寄せたという紅茶まで淹れてくれたのだ。
「ありがとうございますっ」
 ランボはティーカップを受け取ると、緊張で少し声を震わせながらも礼を言う。
 ランボは受け取ったティーカップを両手で包み、うっとりとした眼差しを綱吉に向けた。
 今のランボの心情は「ボンゴレってカッコイイ……っ」という只一つである。
 実際綱吉は中学生だった頃に比べて目覚ましい成長を遂げた。穏やかな人柄は大人の余裕となり、それはランボの目にとても魅力的に映る。その姿は、ティーカップに紅茶を注ぐ仕種一つにしても洗練された優雅さを漂わせ、ランボはそれだけで甘く酔ってしまいそうになるのだ。
 ボンゴレが自分の為に……、とランボは噛み締めながら紅茶を一口飲む。
「美味しいです!」
 綱吉がランボの為に取り寄せたという紅茶は、本当にランボ好みの味だった。苦味の利いた深い味わいは緊張で強張っていたランボの身体を解すようだったのである。
「良かった。ランボなら喜ぶと思ってたよ」
 喜ぶランボに、綱吉も嬉しそうに笑った。
 好みを熟知してくれている綱吉に、ランボの中で綱吉に対する好意が盛り上がっていく。
「オレの好みとか、分かるんですか……?」
「もちろんだよ。ランボの事は、小さい頃から知ってるんだから」
「ボンゴレ……っ」
 綱吉の言葉に、ランボは頬を赤らめた。
 今のランボには、綱吉の言葉がまるで甘く囁かれた睦言のように聞こえた。きっと第三者から見れば恋人同士のように見えるのではないかとすら思ってしまう。
 ……実際のところ何処からどう見ても親鳥と雛鳥の会話なのだが、今のランボは一人でその場の雰囲気に酔ってしまっていたのだ。
 そして、今しかない! と決意を固める。
 こうして一緒に穏やかなティータイムを楽しむこの時間、親しげな笑みを浮かべあう今は雰囲気だって抜群だ。
 敢えて不満な点を挙げるなら、執務室にはリボーンがいるという事だが、寝ているので空気だと思う事にする。
「ボ、ボンゴレ、お話しがあります……っ」
 ランボは緊張に声を震わせながら、勢いで口を開いていた。
 そして。

「オレ、ボンゴレが好きです!」

 そして、綱吉を真っ直ぐに見つめてやっとの思いで告白した。
 綱吉を見つめるランボの翡翠色の瞳はキラキラと輝いており、それはまるで恋する乙女である。
 こうしたランボの突然の言葉に、綱吉は一瞬驚いた表情になった。だが、直ぐにクスクスと声を出して笑いだす。
「いきなりどうしたんだよ。オレもランボの事が大好きだよ?」
 そう言った綱吉は優しい笑みを浮かべており、ランボは思わず「違います!」と大声を出していた。
 ランボに向けられていた綱吉の笑みはまるで幼子に向けるもので、それはランボの告白を恋愛感情のものだと受け止めていないものだったのだ。
「そうじゃないんです! 恋愛の意味で好きなんです!」
 ランボはきっぱりと言い切った。
 力強いランボの告白に、さすがに綱吉も意味を察して表情に困惑を浮かばせる。
 だが、ランボの告白は止まらなかった。勢いに乗ったランボは熱い想いを続けたのである。
「オレは、相手がボンゴレなら愛人になったっていいんです!」
「ええ?! ランボがオレの愛人?!」
 さすがの綱吉もこれには驚いた。
 そして驚きながらも、綱吉は何故か昼寝しているリボーンにちらちら視線を向けている。
 しかしランボは綱吉の挙動不審なリボーンへの視線に気付かず、「ボンゴレが好きです!」と告白を繰り返したのだ。
 そんなランボに、綱吉は「弱ったな……」と小さく呟く。
 綱吉もランボの事は大切に思っているが、それはあくまで保護対象なのである。綱吉にとってランボは手の掛かる弟のような存在で、それ以上の感情を意識した事は一切無い。ランボの事は可愛く思っているが、そこに性的な意味合いは含まれないのだ。
「ありがとう。ランボの気持ちは嬉しいよ」
「ボンゴレ、それじゃあ……っ」
 綱吉の嬉しいという言葉に、ランボはパッと表情を輝かせる。だが。
「でも、ごめん……。ランボの事は好きだけど、それは弟とかそういう意味で好きなんだ」
 だが、綱吉から続けられた言葉にランボは一瞬にして奈落に突き落とされた。
 綱吉から向けられる好意には、恋愛感情は無いという事なのである。
「そんな……」
 ランボは愕然としたまま俯く。
 この恋が叶うのは難しいかもしれないと思っていたが、こうして目の前に拒絶を突きつけられるとショックで言葉もないのだ。
 俯いたランボは唇を噛み締める。泣いては駄目だと分かっているのに、翡翠色の瞳にじんわりと涙が浮かんできた。
「う、うぅ、……くっ」
 そしてとうとう耐え切れずに泣いてしまった。
「ああ、ほら泣くなよ、な?」
 綱吉が困った様子でランボを慰めようとする。
 綱吉は幼い子供にするように、ランボの頭を優しく撫でた。
 撫でてくれる綱吉の手は優しかった。その手はランボが幼い頃からちっとも変わらないものだった。しかしそれはランボを子供扱いするものだった。
 幼い頃は自分を慰める綱吉の手を嬉しく思ったが、今は辛くて仕方がない。
 しかも失恋した相手に慰められるなんて、情けなくて余計に惨めな思いになってしまう。
「オレ、今日は失礼します……!」
 ランボはあまりの惨めさに、とうとう耐え切れずに立ち上がった。
 そして「今日はすいませんでしたっ」と嗚咽混じりに謝ると、綱吉の反応も見ずに逃げるように執務室を飛び出したのだった。
 こうして泣きながら執務室から飛び出したランボ。
 ランボが出て行った廊下から「うわああああん!」と大泣きする声が執務室まで響いてきており、それを耳にした綱吉は「ランボ……」と困ったように呟く。
 そして綱吉は、ソファで我関せずと昼寝をしているリボーンを振り返った。
「ランボ、オレの事が好きみたいだよ。    振られたね、リボーン」
 からかいを含めた声色で、綱吉はそう言った。
 その言葉に、昼寝をしていた筈のリボーンから「馬鹿なことを言うな」と言葉が返る。
「振られたのはアホ牛だろ」
 そう言ってリボーンは、横になっていたソファからゆっくりと身を起こした。
「やっぱり起きてたんだね」
「あんなに煩くされたら誰でも起きる」
 リボーンはそう言うと、愛用のボルサリーノを被ってソファから立ち上がった。
 そしてそのまま執務室を出て行こうとするリボーンに、綱吉は「何処いくの?」と楽しげな口調で訊く。
 だが、リボーンは綱吉の質問を無視して執務室を出て行こうとする。
 そんなリボーンに綱吉はとうとう耐え切れずに笑ってしまった。
「ちょっと待って。リボーンにこれ」
 綱吉はリボーンを呼び止めると、書類の入った茶封筒を手渡す。
「ボヴィーノに渡すものだから、ランボに持っていってよ」
 リボーンが渡されたのは、ランボを経由してドン・ボヴィーノに渡る書類だった。ランボはボンゴレファミリーの雷の守護者であるが、それと同時にボンゴレの同盟ファミリーであるボヴィーノファミリーの構成員なのである。その為、ランボは綱吉とドン・ボヴィーノの架け橋となる事が多かった。
 しかし、リボーンは手にした書類に不機嫌な形相になる。
「……何で俺が持って行かなきゃなんねぇんだ」
ドン・ボヴィーノに届ける書類をランボに渡すのは理解出来るが、それをどうして自分が持って行かなければならないのかと思うと、リボーンの機嫌が急下降したのだ。
 だが、リボーンと長い付き合いである綱吉は、リボーンの不機嫌な様子にも今更怯える事はない。
「え? 今からランボの所に行くんじゃないの? せっかく言い訳を用意してあげたのに」
 それどころか、「これを持ってランボの所に行ってあげなよ」とからかいの笑みを深くしたのだ。
 こうして飄々としながらも明らかに楽しんでいる綱吉に、リボーンは苛立ったように舌打ちした。リボーンはからかうのは好きだが、からかわれるのは好きではないのである。
 だがこうした苛立ちを覚えながらも、リボーンは不機嫌な形相のまま書類を手に持って執務室を出たのだった。
 リボーンが執務室を出て行き、そこには綱吉だけが残される。
 残された綱吉はというと、大声で笑ってしまいそうになるのを耐えるので必死だった。
 綱吉にとってリボーンは元家庭教師であり、その存在は未だに大きく見えるものである。でも、その大きく見える存在がとても身近に感じるのが今のような時だ。
 そう、リボーンははっきりと言葉にしないが、ランボの事を特別に想っている。隠されたそれを知る者は少ないが、これは確かな事だと綱吉は思えた。
 その為に綱吉は、先ほどランボから告白された時にリボーンの反応を気にしてしまったのである。
「早くくっつけばいいのに」
 綱吉はリボーンが出て行った扉に小さく呟くと仕事に戻ったのだった。







「ひっく、うぅ、……ぅっ」
 ランボの自宅アパートでは、ランボの嗚咽が響いていた。
 ベッドで丸まって失恋の痛みに嘆くランボの周りには、涙に濡れたティッシュが大量に転がっている。
 ランボは二箱目になるティッシュ箱を開けると、またしても「うわああああん!」と大泣きを開始した。
 ランボは失恋の悲しみを吐き出すように大声で泣き喚くが、泣き喚けば喚くほど、それが今まで養ってきた綱吉への深い想いなのだと自覚して一層辛くなった。
 ランボとて、この想いはそう簡単に叶うものではないと分かっていたのだ。
 だって、綱吉のランボを見る眼差しは何処までも優しく慈しみに満ちて、そこには色恋沙汰につながるような俗なものはなかった。そう、綱吉から向けられるものは、全てが保護者のそれだったのである。綱吉はランボを特別扱いする事があるが、それは親が実子に向ける特別視によく似ていた。
 ランボだって、それに気付いていたのだ。でも募る想いは止められず、とうとう告白したのである。
 しかし結果は案の定で、ランボは予想していた事とはいえ悲しくて仕方がなかった。
「ボンゴレっ、好きなのに、……こんなに好きなのにっ、うわああああん!」
 こうしてランボはひたすら泣き続ける。
 その嘆きぶりは、まるで明日が地球の最後であるかのような嘆きぶりである。そんなランボはまるで悲劇のヒロインにでもなったかのようであったが。


「煩せぇぞ。外までまる聞こえだ」


 不意に聞こえた声に、ぴたりと涙を止めた。
「リ、リボーン!」
 驚き過ぎて涙を引っ込めたランボは、何故か此処にいるリボーンを指差す。
 アパートの鍵は閉めていた筈なのだが、どうやらリボーンはそれを壊して勝手に入ってきたようだった。
「どうして此処にいるんだよ! 不法侵入で訴えるぞ!」
 ランボは声を荒げてリボーンを睨むが、泣き腫らした真っ赤な目では迫力などない。
 しかし勝手に部屋に入ってきたリボーンに、「早く帰れ!」と食って掛かった。
 そう、今は一人で泣いていたいのだ。失恋した姿なんて誰にも見せたくなかったし、ましてやそれがリボーンなんて最悪だった。
 ランボにとって、リボーンはいけ好かない男なのである。幼少時の頃、ランボはリボーンに散々無視され続け、ウザがられ続け、襲撃を仕掛けては数倍の反撃を食らってきたのだ。そういった対応をされ続けたランボが、リボーンを苦手に思うのは当然といえば当然である。
 しかも、今のランボは綱吉に振られたばかりで傷心中なのである。そんな状態でリボーンといれば、傷付いた心に塩を塗られるのは目に見えているのだ。
「ギャーギャー喚くな」
「リボーンがいるから大きな声を出してるんだ!」
「俺が来る前から喚いていただろう」
「く……っ」
 口では負ける。いや、口以外でも勝てる要素はないのだが、そう察したランボはこれ以上リボーンといると精神衛生上よろしくないと思った。
「いったいあんたは何の用で此処に来たんだよっ。用件を話してさっさと帰れ!」
 ランボがそう言うと、リボーンは持っていた茶封筒をランボの前に投げ落とす。
「ツナからだ。お前のところのボスに渡しとけ」
「う……っ、ボンゴレ……っ」
 ランボは綱吉の名前を聞いただけで、また新たな涙が込み上げてきてしまった。
 ランボは目の前に落とされた茶封筒にそっと触れ、大切そうに手に持った。この茶封筒はランボ宛ではないのだが、綱吉が準備したものだと思うと切なくなったのだ。
 こうした些細な事にも綱吉の面影を追おうとするランボに、リボーンは徐々に不機嫌な表情になっていく。
「ツナに振られたくらいでメソメソしてんじゃねぇぞ」
 そしてリボーンは苛立ちのまま冷たく吐き捨てた。
 だが、これは今のランボにとってまさに傷口に塩を塗る言葉だったのである。
「馬鹿にすんな!!」
 一瞬にして怒りが沸騰したランボは思わず声を荒げていた。
「リボーンには関係ないだろ?! あんたに何が分かるんだよ!」
 高揚した感情に涙が込み上げ、ランボの視界が滲んでいく。
 だがランボは溢れる涙も拭わずに、責めるような物言いで言葉を続ける。
「あんたには分からないよ! あんたは愛人しか相手にしたことない癖に!」
 たくさんの愛人を侍らせるリボーンには本当の恋愛なんて分からない! とランボは激情のままにリボーンを責めた。
 こうしてランボは一方的に激情をぶつけたが、しかしリボーンは相変わらず淡々としたままである。
 そんなリボーンの態度が更にランボの怒りを煽るが、ランボがまたしても怒鳴り始める前にリボーンが口を開く。
「汚ねぇツラをこっちに向けんじゃねぇ」
 ランボの激情に対するリボーンの返事はこれだった。
 リボーンは呆れた表情でそう言うと、「鼻水垂れてるぞ?」とランボを馬鹿にしたのだ。
 ………………殺そう。
 ランボはそう思った。例え実力的に叶わなくても、刺し違えてでも殺そう。それが世の為人の為であり、自分の為にもなる筈だ。こんな傷心状態の人間をからかうなんて許せる筈がない。
「死ね!」
 ランボはベッドサイドの棚から護身用の銃を素早く取り出すと、引鉄に指をかける。
 だがランボが引鉄を引く前に、リボーンが先に発砲した。
 リボーンの銃弾はランボが握っていた銃に的中し、ランボの手から銃が弾かれる。その早撃ちは瞬きよりも早いもので、ランボは声を上げる事すら出来なかった。
 突然の事に、ランボは何が起こったのか分からずに呆然としてしまう。
 しかし銃が弾かれた衝撃は手に残り、それがじんじんと痺れだした。
 ランボは手に残る痺れと、歴然としたリボーンとの実力差に新たな涙が込み上げてくる。
「う、うぅ……っ」
 こんなに悲しいのに、こんなに辛いのに、それなのに手も足も出ない自分が情けなかった。
「リボーンの馬鹿! 早く帰れっ、これ以上オレを馬鹿にするな!」
 ランボは癇癪を起こした子供のように喚くと、手元にある枕をリボーンに投げつける。
 だが枕はあっさりとリボーンに受け止められてしまい、それもランボの憤りを煽るものになった。
「うわああああん!」
 ランボは泣き喚き、リボーンに「アホ!」「バカ!」と八つ当たりのような言葉を繰り返す。
 本来、リボーンに八つ当たりするなど極刑に処せられてもおかしくないのだが、何故か今のリボーンは八つ当たりされる事に対して反撃する事はなかった。
 それは普段のリボーンから考えると有り得ない事なのだが、今のランボは深い傷心のあまりそれに気付く余裕はない。
 こうしてランボが八つ当たりをしていた、その時。
 不意に、ランボの周囲から爆煙のようなものが立ち上り、身体がふわりと浮くような感覚を覚える。
「や、やばい……っ」
 この感覚はランボがよく知るものだった。
 そう、これは十年バズーカによって十年前に呼び出された時の感覚である。
 こんな時にバズーカを撃つなんて十年前の自分は何を考えているのか……、と思いつつもランボは強制的に身体を飛ばされる事を覚悟して目を閉じる。
 飛ぶのは一瞬で、次に目を開ければそこは十年前の世界なのだ。
 一瞬後、ランボはゆっくりと目を開ける。だが。
「…………あれ?」
 視界に映ったのは十年前の世界ではなかった。
 視界には、自分と同じ世界のリボーンが映っていたのである。
 しかもリボーンは少し驚いたようにランボを凝視しているようだった。
「なんで……? 一緒に十年前にきちゃったの?」
 現状が飲み込めないランボは、目の前のリボーンに呆然としてしまう。
 こうしてランボは呆然としてしまったが、少しして自分が十年前に飛ばされた訳ではない事を察した。
 此処は見慣れたランボの部屋であり、自分はベッドの上のままなのだ。
 どうやら自分は十年前に飛ばされなかったようで、ランボは「誤爆かな?」と首傾げる。
 だが、それにしては目の前のリボーンの様子が気になった。
 今のリボーンは少し驚いた表情でランボを凝視しているのだ。滅多に感情を波立たせないリボーンが驚くなど珍しい事で、ランボはそれに不審を覚える。
 しかしリボーンへ向けた筈の不審は、直ぐに自分自身に向ける事になった。
 何だか様子がおかしいのだ。
 ぐるりと部屋を見回せば、見慣れた家具がやたらと大きく見える。リボーンの姿も自分より一回りどころか二回り、いや、それ以上に大きく見えた。
 それを不思議に思ったランボは、「あれ? リボーン大きくなった?」と他人事のように訊いてしまう。でも他人事のような気分でいられるのは今だけだった。
 リボーンが「自分で確認しろ」と、テーブルに置きっ放しにしていた手鏡を投げて寄越したのだ。
 鏡を受け取ったランボは不審気に首を傾げ、「いったい何なんだよ」と鏡を覗き込む。そして。
「ぎゃーーーー!」
 覗き込んだ瞬間、ランボは絶叫ともいえる声を上げていた。
 鏡に映った自分の姿は、信じられないものだったのだ。
 ふっくらとした丸い頬にくりくりとした大きな瞳、唇も小さく、ちょこんとした鼻が顔の中心を飾っている。そうした容姿はまさに幼い子供のそれである。
 しかも、変化したのは顔だけではなかった。
 鏡を持つ手も紅葉のように小さく、身体全体が縮んで柔らかくぷにぷにしている。そうしたランボの体格は、十年前の五歳サイズだったのだ。
 敢えて十年前の自分と違うところを挙げるとするなら、それは容姿だけだろう。身体のサイズだけは十年前と同じくらいだが、容姿の方は現在の自分を幼くしたものだったのである。
「そ、そんな……っ」
 ランボは自分の目を疑い、頬をぺちぺちと叩いてみたり抓ってみたりする。しかし伝わるのは痛みだけで、それが現実である事をランボに知らしめる。
「リ、リボーン! ど、どうしよう……っ」
 驚愕のあまり言葉にならない。自分が何を言いたいのかも分からない。
 混乱するランボに、リボーンは「面倒臭い事になりそうだ……」と内心で嘆息する。
「どう考えても、十年バズーカの誤爆だな」
 リボーンの嫌味なほど冷静な口調。
 しかし今のランボは嫌味にすら気付く余裕はなく、傷心中の自分に更に降りかかってしまった不幸に嘆くことしか出来ない。
 そう、ランボは十年バズーカの誤爆によって、精神は現在のままだが身体だけ十年前の五歳児サイズになってしまったのだった……。






「ランボ! それは反則だよ!」
 これが子供サイズのランボを目にした綱吉の第一声だった。
 十年バズーカの誤爆によって子供サイズになってしまったランボは、五分経過しても元に戻らなかったので、取り敢えずリボーンにボンゴレ屋敷へ連れてきてもらったのである。リボーンに頼るのは悔しかったのと、綱吉に振られたばかりで会い辛いという思いはあったが、事態は悠長な事を許していなかった。
 こうしてランボは縋る思いで綱吉を頼ったのだが、綱吉はランボの姿を目にした途端、感極まった様子で「反則だ!」と表情を輝かせたのである。
「ボ、ボンゴレ……?」
 ランボは感極まった様子の綱吉に押されて困惑するが、綱吉はとっても嬉しそうな表情でランボを抱き上げた。
「この軽さ! この柔らかさ! まさに十年前のランボサイズだ!」
 ランボサイズなどと訳の分からない事を言った綱吉は、ランボを抱き上げたまま今にもくるくると回ってしまいそうである。
 大好きな綱吉が喜ぶ姿はランボも嬉しいのだが、今は何だか複雑だった。
「ボンゴレ、あの……」
 ランボは降ろして欲しいと言いたいのだが、相手は綱吉なので失礼な言い方は出来ない。どうしよう……とランボは困惑しながらも、されるがままになっているしかなかった。だが。
「ツナ、はしゃぎ過ぎだ。恥ずかしい奴に見えるぞ?」
 だが、困惑していたランボを助けたのは意外にもリボーンだった。
 リボーンは呆れた視線を綱吉に向け、立場を弁えろと咎めたのである。
「ごめんごめん、何だか懐かしくて感激しちゃったんだ」
 綱吉は苦笑混じりにそう言うと、ようやくランボを降ろしてくれた。
「それにしても、困ったことになったね」
 あんまり困ってなさそうだが、綱吉は言葉だけでも困っている様子を装ってそう言った。
 こうして綱吉が話しの口火を切り、綱吉とリボーンは執務室のソファに腰を下ろす。
 ランボもリボーンの隣に腰掛けようと、よじよじとソファによじ登り、ちょこんと座った。小さな子供サイズというのは動作の一つ一つとっても面倒臭いもので、ランボは「やれやれ」といった心地である。
 だが、ソファに座って気が付いた。
 綱吉がニコニコとした表情でソファによじ登っていたランボを凝視していたのである。
「な、なんですか……?」
「いや、可愛いなと思って」
「…………ありがとうございます」
 褒められているんだよな? と疑問に思いつつも、ランボは一応礼を言う。十五歳にもなって可愛いというのは褒め言葉ではないのだが、相手は綱吉なので反論など出来ないのだ。
「さて、今後の事なんだけど、取り敢えずランボは元の姿に戻るまで休暇を取るように」
「休暇……」
 ランボは、何となく覚悟はしていたが、綱吉の口からはっきりと「休暇を取れ」と言われて少し沈んでしまった。
 確かにこんな小さな身体では仕事など出来ないが、それでもはっきりと言われてしまうと少し悔しいのだ。
 そうしたランボの気持ちを察したのか、綱吉は「大丈夫だよ」と慰めの言葉を続ける。
「たぶん身体は一週間くらいで戻ると思うよ。以前、十年バズーカが誤爆して精神だけが入れ替わった時も一週間くらいで戻ったしね」
 そうなのである。十年バズーカの誤爆は今回が初めてではなかった。バズーカを乱用していた十年前の自分は、何度か誤爆を起こしているのである。今まで戻れなかったという事はない為、ランボ自身もこれから先の事を深く悲観する事はなかった。
 だが、一週間程は確実にこの姿なのである。この一週間をどうやり過ごすかが問題だ。
「そうですね……」
 綱吉の慰めにランボは力無く返事を返した。これからどうするかを考えるだけで頭が痛くなりそうで、せっかくの慰めにもランボは力無く頷くことしか出来なかった。
 しかも、綱吉はつい先ほど自分を振ってくれたというのに、振った相手を前にしても普段と変わらぬ様子で、まるで告白など無かったかのように完全に流されてしまっている。それは綱吉にとって自分は恋愛対象以前の相手だったのだと思い知らされ、只でさえ落ち込んでいるランボに追い討ちを掛けるものだった。
 こうして、これから先の事と綱吉の自分に対する態度に複雑な心境に陥っていたランボであるが、そんなランボの杞憂など知らずに綱吉は「そうだ!」と何かを閃いたようポンッと手を叩く。
「ランボ、元の姿に戻るまでリボーンの所で世話になりなよ。小さい身体で一人暮らしは大変そうだ。それにどうせリボーンの家は部屋が余ってるんだから、きっとランボが転がり込んだところで問題ないよ」
「…………は?」
 綱吉は名案だと言わんばかりの様子で言ったが、ランボは意味が理解出来ずに間抜けな返事をしてしまう。
 だが徐々に理解していくうちに、ランボの表情は引き攣ったものになっていった。
「じ、冗談じゃないです! リボーンと一緒に住むなんて絶対に嫌です!」
 ランボはきっぱりと拒否した。
 確かに子供サイズの身体になった事で一人暮らしは困難だと思うが、リボーンと一緒に暮らすくらいなら困難さを耐えたほうが良かった。
 リボーンとの仲はお世辞にも良いものといえないのに、リボーンの所で世話になるなど絶対に嫌なのだ。いくら綱吉の提案とはいえ、それを易々と受け入れることは出来なかった。
 そしてこの提案を反対するのはランボだけではない。当然リボーンも簡単に認められるものではないのである。
「ツナ、勝手に決めてんじゃねぇぞ」
 リボーンは綱吉を睨み据え、苛立ち混じりの声色で言った。
 そんなリボーンの苛立ちは、綱吉だけでなくランボにも向けられている。
 今まで黙っていたリボーンは、綱吉に勝手に同居を決められそうな事もそうだが、猛烈に反対するランボにも苛立ちを煽られたのである。
「何で俺がアホ牛の面倒を見なきゃなんねぇんだ。牧場にでも送りつけろ」
「ちょっと、牧場って何だよ!」
 リボーンの言い草にランボは食って掛かるが、リボーンはそれに一笑する。
「ガキの頃から自分は乳牛だって言ってたじゃねぇか。それなら、おとなしく草でも食ってろ」
 馬鹿にするような口調でリボーンに言われ、ランボは悔しげに唇を噛み締めた。言い返してやりたいが、確かに自分は幼少時に乳牛だと言っていたのだ。
 ランボはリボーンに言い返せない悔しさに歯噛みし、それをそのまま綱吉に訴える。
「ボンゴレ、考え直してくださいっ。リボーンはこんな事を言うんですよ? リボーンと一緒に住むなんて耐えられません!」
 只でさえ普段から馬鹿にされ続けているのだ。こんな姿になってしまった事で、余計に馬鹿にされるに決まっていた。
 こうして反対するリボーンとランボに、綱吉は「二人して断らなくてもいいのに……」と少し残念そうである。
 残念そうな綱吉にランボは少し心を痛めるが、ここで譲るわけにはいかないのだ。
 こうしてリボーンとランボの同居案が暗礁に乗り上げ、綱吉はまたしても頭を悩ませた。
 だがその時、部屋に来室を知らせるノックの音が響く。綱吉が「どうぞ」と入室を許可すれば、フゥ太が慌てた様子で入ってきた。
「ツナ兄、ランボの身体が子供になったんだって?!」
 そう言って執務室に入ってきたフゥ太は、ソファにちょこんと座っているランボを目にした瞬間。
「それは反則だよ!」
 と、綱吉と同じ第一声を上げた。
 フゥ太はランボの側に駆け寄ると、その小さくて柔らかい身体を抱き上げる。
 突然抱き上げられたランボは「フ、フゥ太さん?!」と慌ててしまうが、フゥ太はそんな事などお構いなしで、今にも「たかいたか〜い」をしてしまいそうな勢いだった。口では「心配したんだよ?!」などと言っているが、ランボを見つめる瞳はとてもキラキラと輝いており、喜んでいるように見えるものだったのである。
「お、降ろしてほしいんですが……」
 ランボは表情を引き攣らせてそう言ってみるが、フゥ太がランボを降ろす事はない。
「元保育係として、今のランボは放っておけないよ!」
 フゥ太は尤もらしい事のようにそう言ってのけると、ぬいぐるみを抱き締めるようにランボを力一杯抱き締めたのだ。
「ぅ、く、苦し……っ」
 締め付けるように抱き締められ、ランボは息苦しさに喘ぐばかりで抗議も出来ない。
 そうこうしているうちに、その様子を見兼ねた綱吉が苦笑しながら口を開く。
「ほらほらフゥ太、ランボが困ってるよ?」
 割って入った綱吉の言葉はランボに助け舟を出すものだった。
 救出してくれようとする綱吉にランボは内心で安堵したが、続けられた綱吉の言葉に唖然とする。
「それにフゥ太ばかり抱っこしててズルイよ! オレだって元保育係なんだから!」
 綱吉は当然のように自分の権利を主張すると、「ランボ、こっちにおいで〜」と両手を広げている。そう、綱吉の助け舟は見せ掛けだったのだ。
 何だか疲れてしまったランボは、抵抗を諦めて成すがままになるしかない。
 今の綱吉とフゥ太はというと、普段の落ち着いた物腰が嘘のように理性が崩壊しているのだ。今もどっちがランボを抱っこするかを、互いの元保育係としての意地と名誉にかけて真剣に議論している。それは第三者から見れば間抜け過ぎる光景であるが、二人は怖いほど真剣だった。
 こうした訳の分からない時間が過ぎていき、本来の話し合いから脱線しまくった議論がようやく決着を迎える。
 綱吉とフゥ太は議論の結果、ランボを二人の間に挟む事で妥協しあった。これが元保育係同士として互いが譲歩しあった結果だったのである。
 ランボとしては、身体は子供であるが精神は十五歳である為、抱っこされた状況でなければ何でも良かった。
 だが、元保育係の二人に挟まれて甘やかされまくりのランボは心境が複雑である。
 出された紅茶を飲もうとすれば「熱いからゆっくり飲むんだよ?」と心配され、出されたお菓子を小さな口で頬張っていたら「ほらほら、口の端についてるよ?」と丁寧に拭き取られた。まさに至れり尽くせりというやつだ。
 だが、ランボはあんまり嬉しくない。ランボは本気で困っているというのに、ランボの面倒を見ようとする二人はとっても楽しそうなのである。
「あの、一人でできますから……」
 今のランボは外見は子供だが、中身は十五歳なのだ。何も出来ない筈が無い。
 しかしこんなランボの言い分を綱吉やフゥ太が聞き入れる筈がなく、「駄目だよ! 怪我をしたらどうするんだよ!」と訳の分からない事を言って甲斐甲斐しくランボの世話をしようとするのだ。
 こうして執務室には託児所のような雰囲気が流れるが、綱吉とフゥ太に決着がついたところで話は再開される。
「で、ランボなんだけどどうしようか……。リボーンが預かってくれるのが一番なんだけどな」
 そう、フゥ太が登場した事で話しはだいぶ脱線していたが、今までランボがこれからどうするかを話し合っていたのだ。
「ボンゴレ、リボーンの所だけは勘弁してください。絶対苛められますっ」
 綱吉はリボーンの所に身を寄せる事を押すが、またしてもランボは即座に拒否した。
 そんなランボに、綱吉は「そうは言ってもな……」と困ったような表情になる。
 綱吉がリボーンとの同居案をやたらと押すのは、リボーンの想いを知っているので面白そうだという遊び心もあったが、本当の理由はセキュリティー面だった。
 ランボはボヴィーノファミリーの人間だが、それと同時にボンゴレの最年少守護者でもあるのだ。最年少という事だけでも弱点として狙われやすいというのに、身体が子供サイズになった状態で放置する訳にはいかなかった。
 しかし、リボーンと一緒なら大丈夫だと綱吉は思えたのだ。リボーンの邸宅は最新鋭の警備システムを導入している事もあるが、それ以上にリボーンの側ほど安全な場所はない。それに万が一何かがあったとしても、リボーンは何だかんだと悪態を吐きながらもランボを守るだろう。
 ランボは苛められるから嫌だと言うが、今は身の安全を優先したいと思うのが綱吉の元保育係心である。
 こうして拒否一点張りのランボと、それと同じく「冗談じゃない」とまったく聞き入れようとしないリボーンに綱吉は困惑した。
 だがそんな綱吉の困惑を、笑顔で解決しようとするものがいた。それはフゥ太だ。
「行く場所に困ってるなら、僕の所に来ればいいよ」
 フゥ太はニコニコとした笑みを浮かべ、うちに来れば良いとランボを誘う。
「ランボ一人くらいなら僕も守れるし、僕は元保育係だからランボだって安心だろ?」
 確かにフゥ太ならランボを守ることが出来るだろう。フゥ太は戦闘要員ではないが、幼い頃から狙われる事が多かった為に身を守る護身術くらいならマスターしている。一週間という短い期間なら、フゥ太に預けても問題はないだろう。
 だが。
「一緒にお風呂に入ろうね。手が届かないところは、僕がしっかり洗ってあげるからね」
 だが、妙に乗り気なフゥ太の様子に、一同は別の意味で不安を覚えてしまう。フゥ太はとてもウキウキとしており、この事態を楽しんでいる様子がありありと見て取れたのだ。
 目に見えて楽しそうなフゥ太の様子に、ランボも「ど、どうしよう……」と些か引き気味である。
 ランボはフゥ太の所に預けられる事にも戸惑いを覚え、やっぱり一人で大丈夫だと綱吉を説得したく思う。でもきっと、綱吉はランボが一人で過ごす事だけは受け入れないだろう。
 ランボは困惑し、何気なくリボーンへ視線を向けた。
 そんなランボの視線には無意識に「助けて」という意思が籠められている。
 ランボは、このままフゥ太の元へ預けられて完全に子供扱いを受けるくらいなら、まだリボーンの所に預けられた方がマシかもしれないと思い始めていたのだ。
 そうした気持ちを含んだ視線を向けられ、リボーンは疲れたような溜息を吐く。そして。
「来るか?」
 そして何の気紛れか、リボーンの口からたった一言の言葉が紡がれた。
 それはランボを引き取るという意味の言葉であり、ランボは驚きに大きく目を見開く。
 まさかリボーンが応えてくれるとは思っていなかったのだ。だが、今のランボに迷いはない。
「い、行く……!」
 ランボは驚いた表情をしながらも、大きく頷いていた。
 驚き過ぎて、迷いなど覚えている余裕もなかったのだ。
 こうしてリボーンが了承した事により、ランボの預かり先は呆気なく決定した。
 そんな二人の様子を、綱吉は「決定だね」と笑顔で見守り、フゥ太の方も「残念」と苦笑しつつも穏やかにランボ見て微笑んでいる。
 リボーンがランボを預かることを了承した経緯は、リボーン自身は決して認めるつもりはないだろうが、これは誰が見ても明らかに惚れた弱みというやつであったのだった。






                              同人に続く




今回はちっこいランボです。
で、密かにリボ様→ランボですが、うちのリボ様とランボだからな…。
リボ様は難しいな、といつも思います。
それと、ツナとフゥ太がランボの保護者してます。





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