放課後ラプソディ




 今、ランボの緊張は最高値に達していた。
 ゴクリと息を飲み、気配を殺して身を伏せる。
 背筋には冷や汗が流れ、ただひたすら「見つかりませんように」と祈るばかりの心境だった。
 こうしたランボの姿は必死に隠れようとするもので、その姿からは「見つかれば殺される!」とすら思わせる極限の真剣さが漂っている。
 息苦しいほどの静寂が満ちる中、ランボは自分の存在を殺すかのように気配を消し続け、祈るような心地で身を伏せていたのだ。
 だが、しかし。
「――――ランボ」
 不意に名前を呼ばれ、ランボはビクリと全身を震わせた。
 ランボの切なる祈りは届かなかったのだ。
 祈りは届かず、恐れていた事態がとうとう襲い掛かってきた。
 ランボは「何てことだ……」と深く嘆き、見つかってしまった現実に打ちのめされる。
 しかし、ランボの名前を呼んだ男は容赦がなかった。
 男は「何をしているんだ。早くしなさい」と厳しい口調で言うと、もう一度ランボを名指ししたのだ。
「はい……」
 ランボは力無く返事をすると、何もかも諦めた表情でゆっくりと顔を上げる。
 名指しに逆らう事が出来ないランボは、渋々とした様子を見せながらも従うしかない。本当は今直ぐ逃げ出したいが、現実は逃げることを許さないのだ。
 顔を上げたランボの視界に映るのは、席に着席して勉学に勤しむ同年代の少年達である。そしてランボを名指ししたのは厳つい形相の教師。
 そう、此処はランボが通っている学園の教室だったのだ。
 しかも今は数学の授業中である。勉強が苦手なランボは教師に指される事を恐れ、今までひたすら気配を消し続けていたのである。
 しかしそれは無駄な行為だった。教師に名指しされれば逃げられる筈などないのだ。
 ランボは観念したような重い溜息を吐き、とぼとぼとした足取りで黒板の前へと足を進ませる。
 黒板には難解な数式の羅列が書かれているが、ランボにとってそれは地球外の暗号に見えていた。
 ランボは泣きそうな表情で数式を目で追うが、どれだけ見ていても地球外の暗号を解読出来る筈はない。
 黒板の前で立ち尽くしたランボは、恐る恐るといった表情で教師に視線を向ける。
「あの……、……分かりません」
 静まり返っている授業中の教室に、ランボの心細げな声が響いた。
 その声に教師は溜息を吐き、クラスメイト達は「やっぱりな」や「ランボだし、仕方ないって」とクスクスと囁きあう。
 面白そうにからかってくるクラスメイト達に、ランボは「うるさい……っ」と小さな声で言い返した。ランボはクラスの中で苛められている訳ではないが、年齢の割りに甘えた性格をしている事もあって軽く小突かれるような扱いをされる事が多いのだ。
 こうして面白がるクラスメイト達にランボはこそこそと反撃していたが、「コラッ、授業中だぞ!」と教師にはしっかり見つかってしまった。
 またしても怒られてしまったランボは肩を落とすが、教師も「まったくお前は……」と疲れたように肩を落とす。
「どうしてこんな問題も分からないんだ? 昨日教えたばかりだろう。復習はしているのか?」
 もっと数学を愛してくれ、と教師は苦笑混じりに言った。
 この教師は体育会系の厳つい容姿をしているが、顔に似合わず理数系を愛する教師なのである。ランボは自分のクラス担任でもあるこの教師が嫌いではなかったが、怒ると顔が怖くなるので苦手だった。
 十五歳という年齢でありながら歳不相応に弱虫で頼りない性格をしているランボは、幼い頃からボンゴレ十代目やドン・ボヴィーノに甘やかされて育った温室育ちである。そんな温室育ちのランボはボンゴレのリング守護者やボヴィーノのヒットマンという立派な肩書きを持っていても、肩書きだけが空回りしているのが実情だったのだ。挙げ句に、昨日習ったばかりの数学問題すら解けないのだからお世辞にも頭が良い方ではなかった。
「すいません……」
 教師の言葉にランボは居た堪れなくなり、申し訳なさそうに俯く。
 ランボだって頑張って復習しているのだが、どうしても覚えられなかったのだ。
「そんな事で、ボンゴレの守護者として大丈夫なのか?」
 教師は少し心配そうな口調でそう言った。
 教師の口からボンゴレのリング守護者という言葉を出され、ランボはますます居た堪れなくなる。
 そう、この教師はランボがボンゴレのリング守護者だという事を知っている。否、教師だけでなくこの学園でランボがリング守護者だという事を知らない者などいなかった。
 それというのも、ランボが通っている学園はマフィアなど裏社会に属する者達の子息や令嬢が通う学園なのである。
 イタリアの学校制度は、二歳から三歳までの子供が通う保育園(アジーロ・ニード)、三歳から六歳までの幼稚園(アジーロ・マテルナ)、六歳から十一歳までの小学校(スコーラ・エレメンターレ)、十一歳から十四歳までの中学校(スコーラ・メディア)、十四歳から十九歳までの高校(リチェオ)、十九歳から三十歳くらいまでの大学(ユニベルシタ)というものである。
 だが、この学園はマフィアの子息や令嬢達だけが通っているという特殊性から、保育園から大学までエスカレーター式になっている。通っている子供たちも富裕層が多く、ここはいわば特権階級の子供達が揃う学園でもあるのだ。
 学園の卒業生の中にはファミリーのボスになっている者、政財界に入った者、多岐に渡る分野で著名人になっている者などが多く、特に有名なのはボンゴレファミリーが誇る暗殺部隊ヴァリアーのザンザスやスクアーロ、キャバッローネ十代目のディーノなどが挙げられる。
 それらの錚々たる名前は裏社会を牛耳るボンゴレファミリーに繋がる者達で、同じくボンゴレ関係者であるランボも入学時は学園を引っ張る統率力や学業を大いに期待されていた。
 しかし、幼少期から温室育ちのランボがそんな期待に応えられる筈がなかった。
 ランボは高等部から学園に入学したが、入学当初から見事に期待を裏切り、今では劣等生として名前が通っている始末なのだ。
 こうしたランボの学園での立場は、輝かしいバックグラウンドのお陰で学園内では知らない者はいないというほど有名であるが、バックグラウンドとは掛け離れたランボ本人の能力と不甲斐無い性格から、学園内で優遇される事もなく一般生徒として普通に扱われていた。
 幸いにも憎めない性格をしているランボは、「軟弱」や「ウザイ」とからかわれながらも友達にはそれなりに恵まれており、普通の学園生活を送る事が出来ていたのである。
「まあいい。席に戻りなさい」
 教師はリング守護者としてのランボを心配しながらも、ようやくランボを黒板の前から解放してくれた。
 心配してくれる教師にランボは申し訳ない気持ちになりつつも、黒板の数式から逃れられた事を安堵する。
「……数学なんてなくなればいいのに」
 自分の席に戻ったランボは、教師に聞こえぬように小さく呟いた。
 ランボが苦手にしているのは数学だけではないのだが、ランボは取り敢えず数学に八つ当たりしたのだった。





 夕暮れが近付く頃、ランボはボンゴレ屋敷にある綱吉の執務室を訪れていた。
 一日の授業を終えたランボは、学園を後にするとそのままボンゴレ屋敷へ来ていたのだ。ボンゴレを訪れる用件など特に無いのだが、屋敷に顔を出す事はランボにとって日課のようなものなのだ。
 何より、ボンゴレ十代目である綱吉はランボの元保育係という事もあって、ランボが屋敷に顔を出すと喜んでくれた。
 今の綱吉はドン・ボンゴレとして申し分ない風格と威厳を兼ね備えた男に成長したが、ランボに対してだけは保育係だった頃の癖が抜けず、過保護すぎるほど甘やかそうとするのである。
 ランボとしては、十五歳になっても甘やかされ続けることを少し恥ずかしいと思ってしまっている。だがそう思いながらも、温室育ちで元々甘やかされる事が大好きなランボは、大好きな綱吉に甘やかされる事は嫌ではなかった。
 そして今も、ランボは綱吉と一緒にティータイムを楽しんでいる。
 綱吉とのティータイムはランボにとって日課の一つだったが、しかし今日はランボ以外にも来客が訪れていた。
「お久しぶりです。ドン・キャバッローネ」
 そう、ランボの他に綱吉の元を訪れていたのはディーノだった。
 ランボは少し緊張した様子を見せながらも、自分の向かいのソファに腰掛けているディーノに笑いかける。
 ランボは、ディーノとは頻繁に顔を合わせる間柄ではなかったが、それでも幼少期から顔見知りなのだ。面倒見の良いディーノにはお世話になっていた事もあり、ランボは久しぶりに会えた事が嬉しかった。
「ああ、久しぶり。暫く見ないと思ったら、随分大人になったな」
 昔は騒がしかったのに、とディーノはからかうような笑みを浮かべた。
 ディーノが口にした昔とは十年も前の事で、ランボはムッと拗ねた表情になってしまう。
「意地悪言わないでください。オレだって成長してるんですっ」
 ランボは胸を張ってそう言った。
 昔と比べれば今のランボは落ち着いた振る舞いを身につけたのだ。確かに、まだまだ頼りなく弱虫な性格は健在だが、身体の方は大人の体形へと近付いている。そして容姿の方はというと、翡翠色の瞳が特徴的な整った容姿をしており、くるくると変わる表情が可愛らしい印象を与えている。それはランボの甘ったれた性格を具現化したような甘さを含むものだが、ふとした瞬間に息を飲むほどの艶やかさを纏うことがあった。
「それは悪かった。拗ねるなよ」
 悪かったと言いながらも、ディーノの口調は悪びれないものだった。幼少期のランボを知っているディーノにとって、ランボがどれだけ大人びた振る舞いをしたところで昔の印象は抜けないのだろう。
 ランボはそれに少しの不満を覚えるが、周りの大人達がランボに対する子供扱いを止める事はないのだ。しかもランボを特に甘やかしているのが綱吉だという事もあり、状況に歯止めをかける者などいないのである。
 最初こそランボも子供扱いに対する不満を訴えていたが、最近では諦めてしまった。それに元々甘えたがりな性格をしているランボは、大好きな人達に甘やかされる事に悪い気はしていないのだ。
 ランボはディーノとの冗談の応酬を拗ねながらも楽しんでいたが、そんな二人の間に綱吉も笑顔で割って入る。
「ディーノさん、あんまりランボを苛めないでやってください。ランボが泣き出すと、慰めるのが大変なんですから」
 ディーノと同様の冗談を口にした綱吉に、ランボは「ボンゴレまでっ」とますます拗ねた表情になった。
 こうしてからかわれるランボをディーノは声を上げて笑っていたが、ふと、「そういえば」と何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、ランボが通っている学校は俺の母校なんだよな。どうだ、学校の様子は?」
「ディーノさんが通っていた頃の事は知りませんが、あんまり変わりないと思います」
 突然学園の話しを振られ、ランボは返事に戸惑いながらも当たり障り無い言葉を返した。
 実際、ランボの学園生活は取り立てて特別な事などない。又、古い伝統を誇る学園は格式と品格を重んじる為、恐らくディーノが学生時代を過ごした頃とあまり変わっていないと思えるのだ。
 そんなランボの返事は面白味の無いものだが、ディーノは「そうかそうか」と懐かしげに目を細める。学生時代を懐かしむディーノの表情には微かな笑みが刻まれており、その笑みはディーノが有意義な学園生活を送っていた事を窺わせるものだった。
 自分の学生時代を思い出したディーノは、その時代を懐かしむように学生時のエピソードを面白おかしく語りだす。
 綱吉やランボもそれを笑いながら聞いていたが、ランボが他人事のように笑っていられるのはこの時までだった。不意に。

「そういえば、高等部はそろそろ授業参観の時期だったよな」

 ディーノの口から何気なく言葉が紡がれた。
 その瞬間、ランボは「ヤバイッ」と表情を引き攣らせ、綱吉は「えっ?」と表情を輝かせる。
 二人はあからさまに正反対の反応をしたが、そうと気付かないディーノは「確か一週間後くらいじゃなかったか?」と言葉を続け、挙げ句に「そうだろ?」とランボに同意まで求めてきた。
 キャバッローネ十代目であるディーノに同意を求められればランボは否応なしに頷くしかない。しかも情報が間違いでないなら、頷く以外の選択肢などなかった。
「そ、そうですね……」
 だが、そう頷きながらもランボの表情は引き攣り、そこには焦った様子が滲んでいる。
 そんなランボの顔色は青褪めたものになり、恐る恐るといった様子で綱吉に視線を向けた。
 だが綱吉を見た瞬間、ランボは全てが手遅れだった事を悟る。何故なら、
「――――ランボ、そんな大事なことをどうして黙ってたんだよ?!」
 何故なら、綱吉がきっぱりとそう言い切ったからだった。
 しかも声色にはワクワクとした響きがあり、そこにはある種の期待が籠められている。
 その籠められた期待とは、今のランボが最も恐れているものだった。
 ランボは嫌な予感に青褪めるが、綱吉は宣言するように言葉を続けたのだ。
「是非オレも行かせてもらうよ!」
 やっぱり……とランボは大いに嘆いた。
 綱吉ならそう言うのではないかと思っていたのだ。
 しかも、それはランボが一番恐れていた事だった。
 授業参観といえば、学園生活を保護者が見学するイベントである。ランボの学園生活は取り立てて自慢出来るものではなく、むしろ授業時間などは決して見られたくないものである。
 しかも裏社会を牛耳るボンゴレ十代目が来るとなれば学園内の者達から必要以上に注目されることになり、只でさえ肩書きばかりが先行しているランボにとってそれは勘弁して欲しい事なのだ。そして何より、綱吉に恥をかかせる事は目に見えていた。
「あの……、お忙しいと思いますし、無理されなくても……」
 ランボは何とか食い止めようとするが、その気になっている綱吉が聞き入れる筈はない。
「何言ってるんだよ。ランボの参観日なら、多少の無理はしてでも出席させてもらうよ」
「そ、そんな……」
 綱吉の言葉にランボは慌ててしまうが、綱吉は構わずに予定を組み立ててしまう。
「楽しみだな〜。あ、でもドン・ボヴィーノも参観日に出席するのかな?」
 ドン・ボヴィーノの名前まで出され、ランボの嫌な予感は最高潮に達する。
 ボンゴレとボヴィーノはランボを挟んで同盟関係にあり、その関係は蜜月のように良好なのだ。
「まあ、出席するなら一緒に行けばいいよね。オレもランボの保護者みたいなものだし」
「ボスも一緒なんて……っ」
 今までランボは参観日の事をひたすら隠していたのである。何故なら、ドン・ボヴィーノにばれてしまえば綱吉と同様の反応をする事は目に見えていた為、参観日がある事は絶対に伏せておきたかったのである。
 このままでは本当にボンゴレ十代目とドン・ボヴィーノが出席しそうな勢いで、ランボは「冗談じゃないっ」と焦ってしまう。
 だが、その時だった。
「――――止めておけ」
 不意に、聞き慣れた声が執務室に響いた。
 その声に、ランボは声がした方を振り返る。
「リボーンっ」
 そこに立っていたのはリボーンだった。
 書類を手に持って執務室に入ってきたリボーンは、呆れた表情で執務室にいた面々を見ている。
「アホ牛の参観日に出席するなんて、余計な恥をかきに行くだけだ。ボンゴレ十代目の名が廃るぞ」
「何でリボーンにそんな事を言われなくちゃならないんだよ!」
 馬鹿にされたランボは、条件反射のように言い返していた。
 リボーンの言葉はあながち外れではないが、馬鹿にされた事に腹が立つのだ。
 しかしランボがどれだけ突っかかってもリボーンの態度は素っ気無いものである。
 リボーンは突っかかるランボを無視し、綱吉に仕事の書類を手渡した。
「無視するな!」
 自分を無視するリボーンにランボは悔しげに食い下がった。
 無視するリボーンにランボが突っかかるという構図は十年前からのもので、こうした二人の構図は現在も変わらないものだ。
 そして、そんな二人を綱吉などの第三者が「相変わらずだね」と呆れた表情で見守るのも、普段の日常といえるほど繰り返されている事なのである。
「俺は格下は相手にしねぇんだ。それに、参観に行こうとしたツナを止めてやろうとしてやったんだぞ。感謝されこそすれ、突っかかられる覚えなんてねぇな」
「あんたは言い方が嫌味なんだよ!」
 リボーンの言葉に悔しさを煽られたランボは、今にも掴みかかりそうな目でリボーンを睨みつける。
 実際に掴みかかってしまえば返り討ちに遭うのは承知だが、それでもリボーンに馬鹿にされれば突っかかってしまうのだ。
 こうして二人の間に一触即発の雰囲気が漂うが、そんな二人の間に綱吉が苦笑混じりで仲裁に入った。
「まあまあ、リボーンもランボもこんな所で喧嘩なんかしないでよ」
「ツナ、何言ってんだ。こんな格下相手じゃ喧嘩にもならねぇぞ」
 リボーンの馬鹿にするような言葉にランボはムッとするが、ランボが言い返す前に綱吉が口を開く。
「ランボ、リボーンの言葉なんか気にする事ないよ。オレはちゃんとランボの授業参観に行くからね」
 この言葉に、ランボは「そうだったっ」と今の状況を思いだす。
 今のランボはリボーンに突っかかっている場合ではなかったのだ。
「リボーンが何を言っても、オレは行くつもりだから」
 綱吉はランボを慰めるようにそう言ったが、ランボにとってそれは慰めではない。
「ボ、ボンゴレ、お気持ちは嬉しいのですが考え直してくださいっ。ボンゴレは只でさえお忙しいんですから……!」
「そうだぞ。ツナ、アホ牛の授業参観なんて止めておけ。余計な恥をかくだけだ」
「あんたは一言多いんだよ! 余計なこと言うな!」
 ランボは綱吉の授業参観主席を阻止しようとしながらリボーンにも食って掛かる。
 リボーンもランボと同様に授業参観を阻止しようとしてくれているのは分かるが、その言い方はランボにとって面白くないものだ。
 こうした二人の遣り取りはますますヒートアップしていき、いつの間にかランボは綱吉の授業参観阻止を忘れてリボーンにばかり食って掛かっていた。
 そんな二人は喧嘩をしているように見えるが、実際はランボだけがリボーンに突っかかり、リボーンはそれを軽くあしらっているだけだ。
「アホ牛の相手をしているほど俺は暇じゃねぇんだ」
 そして、しばらくしてリボーンはそう言って踵を返すと何事も無かったかのように執務室を出て行く。
 リボーンのこの立ち去り際の台詞さえもランボにとっては腹立たしいもので、「待て! 逃げるな!」と声を荒げて立ち上がる。
「ボンゴレ、失礼します!」
 妙なところで生真面目なランボは綱吉に忘れずに挨拶すると、「ちょっと待てよ!」とリボーンを追い駆けて執務室を出ていった。
 こうして嵐のように立ち去った二人に、残された綱吉とディーノは苦笑混じりに顔を見合わせる。
「あの二人は本当に相変わらずですよね」
「そうだな。少しは仲良くすればいいのに」
「本当ですよ。でも、十年も前からあの調子ですからね」
 リボーンに突っかかっていくランボと、それを無視するリボーンの構図。この構図は長年続くもので、綱吉やディーノもすっかり見慣れたものである。
 綱吉とディーノは、少しは仲良くすればいいと思いつつも無理だよな、と諦めたように息を吐いたのだった。





「リボーン、待てよ!」
 リボーンを追い駆けて執務室を出たランボは、屋敷の広い廊下で声を荒げた。
 しかし前を歩くリボーンは振り返る事もなく、ランボは更に声を張り上げる。
 廊下で大声を出すなど行儀が悪いのだが、幸いにも今は人気が無いのでランボは「リボーン!」と遠慮なく繰り返すのだ。
 だが立ち止まってくれないリボーンに業を煮やしたランボは、リボーンに掴みかかるような勢いで駆け出した。
「リボーン!」
 殴りかからんばかりの勢いでリボーンに向かって走るランボ。
 ランボは両手を振り上げ、そして。
 そして、リボーンに思いっきり――――抱きついた。
 そう、ランボはリボーンに殴りかかるのではなく、背後からぎゅっと抱きついたのだ。
「リボーン、……ごめんね?」
 リボーンに抱きついたランボは、リボーンの背中に顔を埋めて小さく謝る。
 そんなランボの声色には微かな甘えが含まれており、そこには子猫が主人に懐くような色があった。
 それは第三者が見たら卒倒するような光景だろう。
 何故なら、第三者が知っているリボーンとランボの関係は抱擁など決して結びつかないものなのだから。
 しかし、抱きついたランボをリボーンが突き放す事はなかった。
 それどころか、リボーンは驚いた様子も無くランボに向き直ったのだ。
「いいのか? ここは屋敷の廊下だぞ?」
「大丈夫。今は誰も見てないし」
 ランボがそう言えば、リボーンの力強い腕によってそっと抱き寄せられる。
 抱き締められたランボは嬉しそうな笑みを浮かべ、それが当然のようにリボーンに身を任せた。
 こうした二人の抱擁は躊躇いや戸惑いなど無く、自然な動作の中で当たり前のように行なわれたものである。
 しかも普段は近寄り難く硬質的な雰囲気を纏っているリボーンだが、こうしてランボを抱き締めている表情にはある種の穏やかさが滲み、ランボもまた甘えるような表情でリボーンの温もりを感じていた。
 そんな二人から漂う雰囲気は甘ったるいもので、普段の罵りあう姿が嘘のような光景である。
 そう、二人は恋人同士。普段の罵りあう姿の方が……実は嘘なのだ。
 二人が恋人関係である事は当事者である二人以外に知る者はおらず、二人は本当の関係を秘密にして付き合っていた。
 それは一番身近な綱吉すら知らない事で、二人は恋人関係になった事を秘密にしていたのである。
 どうして秘密にしているのかというと、ランボが秘密にしてほしいとお願いしたのだ。
 そもそも二人が恋人関係になったのは一週間前の事である。恋人同士になる前の二人は互いを意識しつつも、表面上は昔と変わらぬ素振りで過ごしていた。しかし一週間前に関係は恋人というものに発展し、二人の関係は劇的に変化したのだ。
 変化した関係をランボは喜んだが、この新たな関係を第三者に知られる事が嫌だった。
 リボーンの方は公表しても構わないと思っているが、ランボの方がそれを拒んだのである。
 ランボが秘密にしておきたい理由は只一つ、それはリボーンとの吊り合いだ。
 幼い頃は何も考えずにリボーンに突っかかっていたが、今では自分とリボーンとの立場の違いを分かっている。そして何より、今の自分では人間的にもヒットマンとしての実力的にもリボーンに相応しく無いという劣等感があった。
 そんな劣等感を密かに抱くランボは、自分と恋人同士という事でリボーンに恥をかかせてしまうと思ったのだ。だから、リボーンに相応しくなれるまで秘密にしておきたかったのである。
 秘密にする理由が劣等感など情けないとは分かっているが、これはランボにとって大事な事で、リボーンが好きだからこそ守りたい事で、リボーンにも秘密にしている事だった。
 こんな情けない理由など、リボーンに話せる筈がないのだ。
「さっきはごめん。……怒ってる?」
 ランボは抱き締められたまま、窺うようにおずおずとリボーンを見上げる。
 ランボの口にした「怒ってる?」とは執務室での事を指していた。執務室でのリボーンの態度は腹立たしいものだったが、授業参観を阻止しようとしていたランボを援護するものだったのだ。
「ごめん、それと有りがとう。あんたの言い方はムカついたけど、オレの味方になってくれて嬉しかった」
 ランボが照れながらもそう言うと、リボーンは「そうか」とランボの瞼に触れるだけの口付けを落とす。
 それは怒っていないと示すもので、ランボは小さな笑みを浮かべてリボーンの肩口に顔を埋めた。
「大好き」
「ああ、俺もだ」
 甘ったるい。
 今の二人から放たれる空気は非常に甘ったるい。
 しかし甘ったるい空気は、恋人同士の二人にとって当然のものなのである。
 二人は恋人同士になってから、以前の事が嘘のように急激に変化した。
 それは劇的過ぎる程の変化であるが、これが二人の恋愛の形だったのだから仕方がない。
 何より、関係の変化を二人は受け入れているから良いのである。
 こうしてランボは、この甘い空気の中でリボーンとの密やかな逢瀬に幸福を感じていたのだった。





 現在、ランボはリボーンとの関係をとても順調に進めている。
 だが、恋愛は順調でも、私生活まで順調とは限らない。
 綱吉に授業参観がある事を知られてから、時間とは無情なもので刻々と参観日が迫って来ていたのだ。
 参観日が発覚してからというもの、ランボは何とか打開策を考え出そうと悩んでいた。
 しかし打開策は浮かばないまま参観日前日となり、このまま参観日当日を迎えてしまうのかと絶望した、その時。
 この世に神がいるなら、神はランボに味方した。
 参観日前日に綱吉とドン・ボヴィーノから連絡が入り、その内容は参観日当日にどうしても抜けられない仕事が入ったというものだったのだ。
 その連絡を受けたランボは口では「残念です」と言いながらも、内心では喜びのあまり踊りだしそうだった。
 こうして参観日への不安が拭えたランボは、ホッと安堵して参観日当日を迎えるのだった。





 参観日当日の学園内は、普段とは少し違って慌しい雰囲気が漂っていた。
 教師や学生達の表情からは緊張が窺え、皆は授業の復習や予習に余念が無い。
 だがその中で、ランボだけは普段と変わらぬ様子で過ごしていたのだ。ランボのクラスは数学の授業が参観に割り当てられており、それはランボにとって「寄りにもよって数学……」と思わせる現実の筈だった。しかし参観に保護者が出席しないと分かった今、ランボにとってはどうでも良くなったのである。
「おい、ランボ。数学の授業が参観だっていうのに余裕だな」
 教科書問題を復習していたクラスメイトが、ランボに不思議そうに声を掛けてきた。
 必死に勉強しているクラスメイトの姿に、ランボは余裕ぶった笑みを浮かべる。
「オレの所は誰も参観に来ないから、いつも通りで大丈夫なんだ」
 ランボは得意気にそう言うと、余裕の笑みを浮かべたまま教室内を見回す。
 教室内ではクラスメイト達が参観に備えて勉強をしているが、ランボにとってそれは他人事である。
 確かに今日はランボにとっても参観日だが、保護者が来ないのだから関係無くなったのだ。
「いいよな、羨ましいぜ」
「まあね。皆は大変だろうけど、オレはいつも通り伸び伸びと授業を受けるから」
 ランボはニヤリと笑ってそう言うと、勉強を続けるクラスメイトに「頑張ってね」と同情したのだった。



 そして時間は過ぎて行き、とうとう授業参観の時間が近付いてきた。
 授業参観は一日を通して行なわれるのではなく、一日の最後の授業で行なわれるのだ。
 授業が近付くにつれて学生達の緊張は高まり、昼過ぎになると少しずつ保護者達が学園内に姿を見せ始める。
 自分の保護者を見つけた学生はソワソワと挙動不審になってしまっており、ランボはそんな学生を見て「馬鹿だな〜」と他人事のようにからかっていた。
 ランボの教室にも保護者である紳士や婦人が現れ始める。この学園はある種の特権階級の子供達が通っているだけあって、教室の後方に並び立つ保護者達の顔触れは、裏社会でも上層部に位置する面々の者達が多かった。
 こうして多くの保護者達が教室の後方に出揃った頃、授業開始のベルが学園中に響き渡る。
 ベルの音とともに担任の数学教師が姿を現わし、保護者に一礼すると普段通りの授業を始めようとした。だがその時。
 不意に、教室の外から騒がしいざわめきが聞こえてきた。
 そのざわめきには黄色い歓声が含まれており、それは驚愕と感嘆が籠められたものである。
 教室まで伝わってくるざわめきに、教室内にいた学生達は不思議そうに顔を見合わせる。ランボも不思議そうに「なんだろうね?」とクラスメイトと不審がっていた。
 しかし教室の扉が開かれた瞬間、室内にいた学生や保護者達は息を飲む。
 それはランボも例外ではなく、教室に入ってきた人物を見ると驚愕に目を見開いた。
 そう、その人物が入ってきただけで、教室内は騒然としたのだ。
「リボーンだ……っ」
「あれは、……アルコバレーノっ」
「ボンゴレのリボーンだ」
 教室に入ってきたのはリボーンだった。
 リボーンが姿を見せると教室内にいた者達はざわめき、口々にリボーンの名前を口にする。
 裏社会に属する者でリボーンの事を知らない者などいる筈が無く、リボーンを知る保護者達は眼差しに畏怖を籠め、学生達は最強ヒットマンと名高いリボーンに感嘆の声を上げたのだ。
 しかし注目の的になっているリボーンは周囲のざわめきなど気にも留めず、教室に入るとそのまま窓際まで足を進めた。
 今の教室は保護者達で溢れかえっているが、リボーンが足を進めれば自然に道が開かれる。リボーンはそこを悠然とした足取りで進むと、窓際に凭れてランボがいる場所に視線を向けたのだった。
 リボーンが窓際に立つ姿は一枚の絵画のようで、リボーンの端麗という形容が相応しい姿形に婦人や女子学生達が熱の篭もった視線を向けている。
 こうしてサプライズ的にリボーンが登場した事で、教室内にいた者達は浮き足立ったのだ。
 だが、その中でランボだけは愕然とした面持ちでリボーンを見ていた。
「……なんでリボーンが……っ」
 予想外の人物が参観に訪れてしまった事に、ランボは愕然としたまま呟いた。
「なんで、どうして……?」
 混乱したランボはリボーンを凝視し、信じ難い現実に夢なら覚めてほしいとひたすら願う。
 今日の参観にはランボの保護者は出席しない筈なのである。それなのに、まさかリボーンが自分の参観日に出席するとは予想もしていなかったのだ。
 リボーンとは良好な恋人関係を築く間柄だが、だからこそ寄りにもよって授業参観などに出席してほしくなかった。
 驚きを隠しきれないランボは愕然とした面持ちで後ろのリボーンを凝視していたが、リボーンと視線が合うと前を向くように促される。
 それに逆らう事が出来ないランボは混乱したまま前を向くしかない。
 教室の後ろにリボーンがいるなど信じ難いことであるが、これは紛れもない現実だ。
 そして無情な事に、教室内にざわめきを残しつつも授業は始まってしまう。
 ランボが黒板に視線を向ければそこには難解な数式の羅列があった。その解読不能な数式を前に、ランボは絶望のどん底に突き落とされたのだった。




 数時間後。
 授業が終了し、リボーンとランボは学園内の廊下を歩いていた。
 ランボは自分の前を歩くリボーンの背中を見る事も出来ず、俯いたままとぼとぼとその後ろを歩く事しか出来ない。
 この学園は古城を模した建築様式で建てられており、廊下や壁などは大理石が敷き詰められている。その所為もあって、静かな廊下に特有の靴音が響き、ランボはその靴音にすら責められている気分になっていた。
 俯いたままのランボはなるべくリボーンの姿を視界に入れないようにしていたが、それでもリボーンからは窒息してしまいそうなほどの怒りが伝わってくるのだ。
「こんな屈辱は初めてだ」
 不機嫌を顕わにした低い声色でリボーンは吐き捨てた。
 今のリボーンは殺気に似た怒りを纏っており、ランボはそれに完全に萎縮されてしまう。
 幾ら恋人とはいえ、やはり怒っているリボーンは怖いのだ。そして何より、今は明らかにランボに非があるのである。
「…………ごめんなさい」
 ランボはリボーンの怒りに怯えながらも申し訳なさそうに謝った。
 リボーンの怒りはランボも充分理解できるものなのだ。そう、全ては先ほどまで行なわれていた授業参観のせいだった。
 あの授業参観は当事者であるランボは当然ながら、リボーンにとっても散々なものだったのである。
 それというのも、授業中のランボは無様以外の何者でもない醜態を曝していたのだ。
 その姿はまさに絵に描いたような劣等生そのもので、授業が進むにつれてリボーンの機嫌は急降下していった。
 急下降といってもリボーンの機嫌は表立って顕わにされない為、教室内にいた者達は誰もリボーンの下降する機嫌に気付いていなかったが、ランボだけは背後から刺すような殺気を感じていたのである。
「アホだと思っていたが、予想以上のアホだったな」
「う……、だからごめんって」
 アホだと言われれば普段なら威勢良く言い返すのだが、今のランボは言い返す事も出来ずに謝るしかない。
 確かに自分でも馬鹿だったと思うのだ。せめて予習や復習だけでもしておけば良かった。
「でもさ、何でリボーンが来たんだよ。リボーンだけは来ないと思ってたのに……」
 ランボが反省しながらも愚痴るようにそう言えば、リボーンは「俺だって好きで来た訳じゃねぇ」と冷たく吐き捨てる。
「ツナの奴が、誰も行かないなんて可哀想だとぬかしやがって、俺に行って来いと命じたんだ」
「ボンゴレ、何て事を……」
 綱吉の命令で授業参観に出席したというリボーンにランボは大いに嘆く。
 綱吉はランボが可哀想だからと言ったらしいが、リボーンが出席する事の方が自分にとっては可哀想な事だ。
「リボーン、その、……ごめんね?」
 ランボはもう一度リボーンに謝った。
 授業参観において、学生の恥は出席した保護者の恥でもあるのだ。
 ランボが恥をかいたという事は、リボーンまで恥をかかせたという事である。
 それを申し訳なく思うランボは、やはりリボーンとの恋人関係は秘密にしておいて正解だと改めて思い直した。
 今回は保護者代理というやむを得ぬ事情があるから良かったが、恋人関係ともなればそうもいかないのである。
 リボーンは裏社会において最強の名を欲しいままにし、大勢の人から畏怖と尊敬を集める人間である。そんなリボーンの恋人がランボだと知れれば名折れになるだろう。
 リボーンの事が大好きなランボは、自分の所為でリボーンに余計な恥をかかせたりしたくないのだ。
 だからこそ、今のリボーンの怒りをランボは粛々と受けるつもりだった。
 でも、かといって恋人が不機嫌なままでいるのは嫌だった。
 折角恋人同士なのだから、二人きりの時は甘えたいのも本音なのである。
「……リボーン」
 ランボは前を歩くリボーンの背中を見つめて名前を呼んでみた。
 リボーンは反応を返してくれないが、おずおずと言葉を続ける。
「リボーン、手を繋いでもいい?」
 普段の二人は、二人きりになると抱き締めあったり、言葉を惜しみなく交わしあったり、何もしなくても手を繋いでいたりと、そこらの新婚夫婦も真っ青な甘い時間を過ごしているのだ。今だって、怒られていてもランボはリボーンに触れていたい。しかし。
「そんな気分じゃねぇ」
「……そうだよね」
 リボーンの返事は素っ気無いものだった。
 だが、リボーンの返事は尤もである。リボーンはランボに怒っているのだから、原因であるランボを甘やかす筈が無い。
 それを納得しているランボは「ごめん」と反省したように俯いた。
 二人の間に微妙な沈黙が落ち、息苦しいそれにランボは意気消沈する。
 こうして二人は黙ったまま廊下を歩いていたが、不意に前を歩いていたリボーンが立ち止まった。
 そしてリボーンは振り返ると、俯いているランボに「……仕方ねぇな」と諦めたような溜息を吐く。
「来い」
 リボーンは呆れた表情のままそう言った。
 たったそれだけの言葉であったが、その瞬間、ランボの表情がパッと輝いたものになる。
 リボーンの言葉は落ち込んだランボを見兼ねてのものだが、その言葉の意味は恋人であるランボを甘やかすものだったのだ。
「い、いいの?!」
「こんな所で泣かれたらウゼェ」
「こんな所で泣かないよ……っ」
 ランボはそう言い返しながらも、リボーンの側に駆け寄った。
 リボーンの隣に並ぶと、嬉しそうにリボーンの手に自分の手を重ねる。
 手を繋ぐという行為は恋人だけに許される特権だ。
 その特権は自分だけに与えられたものだとランボは知っている。
「リボーン、大好きだよ」
 調子に乗ったランボは手を繋いだままリボーンの肩に寄りかかった。
 本来なら、男として同性に甘えることは恥ずべきことなのだが、元々甘ったれた性格のランボにとってそれは重要な問題ではない。ましてや相手が恋人なら尚更なのである。
 しかもくっついてきたランボをリボーンも邪険に振り払う事はなく、そのまま好きにさせている始末だ。
「それにしても、……お前がアホだと分かっていたが、俺の想像以上だったな」
 頭が悪過ぎるぞ、とリボーンは授業参観の事を思い出しながらそう言った。
 呆れたような口調で言ったリボーンに、ランボは少しムッとした表情で向き直る。
「オレはヒットマンになるから、銃の腕は磨くけど、勉強は関係無いから良いんだよ」
「馬鹿言うな。今時のヒットマンは頭も使えるもんだ。それに守護者が馬鹿だと知れたらボンゴレの名折れになる」
「う……」
 ランボは言い返す事が出来ず、悔しげに押し黙った。
 ランボとて分かっているのだ。今の学業レベルでは、ヒットマンとしてもリング守護者としても立派な劣等生だろう。
「取り敢えず家庭教師でもつけるか? お前に勉強を教えるなら、獄寺か山本か……」
 リボーンは面白がっている様子で候補者の名前を挙げていく。
 リボーンの家庭教師という提案は軽い冗談だと分かるものだが、例え冗談でもランボは候補者の名前に表情を引き攣らせた。
「獄寺氏は厳しそうだから嫌だよ。山本氏も勉強を教えるってタイプじゃないし……」
 教えを乞う立場なのに贅沢な注文である。
 しかしランボは獄寺や山本に勉強を教えてもらう自分を想像し、不満気にリボーンに訴えた。
 リボーンの家庭教師発言は冗談だと分かっているが、ここで乗り気な返事をしてしまえば本当に家庭教師を宛がわれてしまう事も考えられるのだ。
 こうして嫌がるランボに、リボーンはニヤリと笑って「それなら」と面白そうに妥協案を続ける。
「それなら、俺が直々に勉強を見てやろうか?」
「えっ、リボーンが……?」
 冗談混じりとはいえリボーンの立候補にランボは大きく目を見開くが、次の瞬間。
「絶対駄目!」
 それをきっぱりと断っていた。
 本当なら恋人に勉強を教わるなんて絶好のシチュエーションだろう。しかもリボーンは超一流ヒットマンであるのと同時に優秀な家庭教師でもあるのだ。そんなリボーンに家庭教師をしてもらえるなんて、恋人である事を差し引いても贅沢なことである。
 だが、ランボは恋人関係だからこそリボーンに家庭教師をしてもらう訳にはいかなかった。
「駄目だよ。リボーンがオレの家庭教師になるなんて不自然だろ?」
 そう、ランボが断る理由は不自然さを覚えたからだ。
 ランボはリボーンとの本当の関係を第三者に隠し、昔と変わらない振る舞いをしているのである。
 第三者の前ではリボーンに突っかかっていく事を習慣にしているのに、そんな自分にリボーンが家庭教師を受け持つなんて不自然だった。
 ランボは断った理由を正論のように口にすると、「この話はおしまいっ」と勝手に切り上げてしまう。
 しかしその時、ランボは気が付いていなかった。
 ランボが不自然さを訴えた時、リボーンの表情が僅かに変化していた事に。
 それに気付けなかったランボは、リボーンと手を繋いで歩ける嬉しさに、浮かれたまま放課後の廊下を歩いていた。
 夕陽に包まれた放課後は物寂しい雰囲気を醸すものだが、今のランボにとってそんな事は関係ない。
 一般的には夕陽の光景は物寂しさとして受け取られるが、そんな光景も恋人同士にかかればロマンチックな情景に早変わりするのだ。
 しかも授業参観後の学生達は保護者とともに早々に帰ってしまう事が多く、人気の無い廊下には二人の姿しかない。
 そうした放課後の時間はまさに恋人達の時間に相応しく、ランボにとって今日の授業参観は最悪であったが、リボーンとこうした時間を過ごせる事はとても嬉しかった。
 放課後の廊下には、放課後特有の物音が響いている。
 それは校庭から響く運動部の掛け声であったり、遠くの教室から響く吹奏楽部の演奏といったものだ。それは放課後のノスタルジーな雰囲気を高めるもので、今なら口付けの一つや二つ交わしても良い雰囲気だろう。
 だが、今日はそういった放課後の音に混じって、木材らしき物を組み立てる物音も響いていた。
 聞き慣れない物音を耳にし、ランボは「そういえば」と小さく呟く。
 木材を組み立てる音は普段の放課後なら響く筈のないもので、その物音にランボはある事を思い出したのだ。
「そういえば、もう直ぐ学園祭だ」
 そう、この物音は学園祭の準備を進める音だったのである。
 学園祭行事は毎年大々的に行なわれており、プロの劇団を呼んで催しを行なったり、派手な演出を行なったりと、学園行事である事を忘れさせる一大イベントなのだ。それには保護者だけでなく著名人まで招待される為、毎年多くの人が学園祭に訪れていた。
「もうそんな時期なのか」
 ランボが廊下の窓から外を見ながら呟けば、その何気ない呟きにリボーンが反応した。
「学園祭……?」
「そうだけど」
「まさか、その学園祭も保護者招待制とかじゃねぇだろうな?」
 些か不機嫌な形相になって訊いてきたリボーンに、ランボは訳が分からずきょとんとした表情で目を瞬く。
 だが、直ぐにリボーンの言葉の意味を察した。
「……ごめん。これも招待制だ」
 なんて面倒臭い学校なんだろう……、と思いながらもランボは肩を落として答えた。
 ランボの答えに、リボーンは疲れた表情で眉間に皺を寄せる。
「お前、分かっているだろうな」
 リボーンに脅すような声色で言われ、ランボはコクコクと勢い良く頷いた。
 リボーンの言葉は、言外に「ボンゴレの奴らに知られるな」という意味を含めたものだったのだ。
 もし保護者招待制の学園祭が行なわれると綱吉に発覚すれば、綱吉が無理を通してでも出席しようとする事は目に見えているのである。
「分かってるよ。オレだって絶対にばらすつもりはない!」
 それを察したランボは、きっぱりとした口調で言い切った。
 綱吉やドン・ボヴィーノ達が学園を訪れるという事態を避けたいランボは、リボーンに脅されなくても絶対に黙っているつもりだ。本当なら今回の授業参観だってずっと黙っているつもりだったのである。
 こうして二人は保護者招待制の学園祭に頭を痛めていたが、ふと、二人のいる場所に他人の気配が近付いてきた。
 ランボは気配を感知した途端に表情を変え、慌てて手を離し、咄嗟にリボーンと距離をとる。
 それは条件反射のように素早い行動で、二人が離れると丁度良く気配の主が姿を見せた。
「おお、此処におられましたかリボーンさんっ」
 声がした方を振り向けば、立っていたのは学園の理事長だった。
 リボーンを見つけた理事長は上機嫌な笑みを浮かべ、小走りにリボーンの元へ駆けてくる。
 理事長の顔には満面の笑みが刻まれており、ランボは理事長の登場に少しだけ表情を顰めた。
 ランボはこの理事長があまり好きではなく、どちらかというと苦手意識があったのだ。
 どうして苦手意識を持ってしまうのか分からない。別に理事長に何かをされたという訳ではなく、むしろランボは理事長に気に入られて個人的に目を掛けられている方である。
 だが、敢えて苦手な原因を挙げるとするなら、個人的に気に入られているという状況がランボは好きではなかった。
 理事長の気に入るという行為は特別待遇に繋がるもので、学園の一学生である自分が理事長に特別待遇されるなんて可笑しな事なのだ。しかも、理事長がこうした特別待遇を行なうのはランボだけではなく、学園に通う学生達の中で特に上流階級層の学生ばかりだったのである。
 そう、この理事長は学生個人の能力ではなく、学生が持つバックグラウンドによって対応を変えるところがあったのだ。
 ランボの学業や能力は最下層だがバックグラウンドだけは華々しい為、理事長に気に入られてしまっていた。
 今だって、本来なら理事長が個人的に保護者に挨拶に来るなどあってはならない事なのだが、リボーンが学園を訪れていると耳に入れて慌てて理事長室から出てきたのだろう。
「ようこそ学園においでくださりました。足を運んでくださった事を嬉しく思います」
 理事長は恭しく頭を下げ、リボーンに丁寧な挨拶をした。
 そんな理事長を前に、リボーンはというと憮然としたまま黙っており、その隣でランボは「話しが長くなりそうだ……」と疲れたような溜息を吐く。
 せっかくリボーンの機嫌も直り、二人きりになれたというのに台無しだ。
 だが、相手は只でさえ苦手な理事長なのだ。ランボとしてはこれ以上の接触は避けたいところである。
 リボーンには申し訳ないが、ランボは此処から早く逃げてしまいたかった。
 幸か不幸か、今の理事長はリボーンにしか興味を向けておらず、オマケであるランボなど歯牙にもかけていない。
 そんな様子の理事長に、逃げたらリボーン怒るかな? 怒るよね……、とランボは思いつつもリボーンと理事長からじりじりと距離をとる。
「オレ、先に帰ってるねっ」
 ランボはタイミングを計ってそう言うと、返事も訊かずにリボーンと理事長の元から駆け出す。
 もちろん逃げる際はリボーンの顔を見なかった。
 逃げるランボに向かってリボーンが「待てっ」と声を荒げたが、ランボは立ち止まらずに走った。
 立ち止まってしまえば、脱出不可能になるのは分かりきっている。
 リボーンには申し訳ないが、あの理事長にはどうしても苦手意識を持ってしまうのだ。





 逃げるように学園を後にしたランボはボンゴレ屋敷に向かっていた。
 今日はさっさと帰って授業参観の事など一刻も早く忘れてしまいたい気分だったが、綱吉の提案でリボーンが出席してしまったのでそういう訳にはいかないのである。
 リボーンが授業参観に訪れたことはランボにとって余計なお世話であったが、綱吉は好意でリボーンに命令してくれたのだ。そういう事もあって、綱吉への挨拶だけは怠ってはいけないだろう。
 しかし、ボンゴレ屋敷へ向かう足取りは重い。
 屋敷には学園に置き去りにしたリボーンも顔を出す事は容易に予想でき、怒っているリボーンと対面するのは避けたいのである。
 せっかくリボーンの機嫌が直ったというのにまたしても怒らせてしまい、今度ばかりは理由が理由なので酷く怒られてしまうかもしれない。
 恋人である自分に対してリボーンは甘いところがあるが、それでも怒られるのは嫌なのだ。
 だが、今度ばかりはさすがに逃げる訳にはいかないだろう。
 ランボは多くの人か行き交う夕暮れの大通りを歩き、そのまま路地裏に入っていく。大通りを真っ直ぐ歩けば屋敷がある山林の麓に出るのだが、今は出来るだけ回り道をしたいのだ。回り道などしても無駄な時間稼ぎだと分かっているが、これが今のランボに出来る精一杯の逃亡なのである。
「行きたくないな……」
 静かな路地裏にランボの力無い呟きが響いた。
 路地裏は大通りと打って変わって人気は無く、ランボはその中をとぼとぼと歩く。
 夕暮れの薄暗い路地裏は一種の薄気味悪さを醸し出し、この時間帯になると路地裏にはほとんど人の気配は感じられない。
 それも当然の事で、そもそも路地裏はお世辞にも治安が良い場所とはいえないのだ。
 裏社会に属するランボですら出来れば路地裏は避けるようにしているのだから、一般の人間が進んで入ってくる事はないのである。
 しかしランボは時間稼ぎの為に路地裏に入り、そのまま更に時間稼ぎをするべく奥へ入っていく。
 今のランボは路地裏での危険より更に危険なリボーンが待っている為、路地裏の治安が悪いなどと贅沢を言っている場合ではないのだ。
 こうして細い路地裏を歩き続けたランボだったが、路地裏の街灯が灯る頃、ふと視界の隅にある物が映った。
 それはぼんやりとした街灯の明かりに映し出され、ぽつんと地面に転がっている。
 それを目にしたランボは何だろう? と何の気なしに近付くが、確認すると「見るんじゃなかった……」とうんざりと表情を顰めた。
 ランボが見つけたのは注射器だったのだ。
 治安の悪いとされる路地裏に注射器が転がっているなど理由は一つしかなく、注射器の用途は考えなくても分かってしまう。
 それは不当な薬物だ。
 裏社会に属しているからこそ、こういった薬物の危険性は分かっていた。そして薬物を引鉄にして起こされるトラブルは性質が悪く、出来れば近付きたくない代物である。
 ランボは注射器を見なかった事にして、さっさとこの場から離れようと歩き出した。だが。

「そこにいるのは誰だ?!」

 背後から突然怒鳴られ、驚いたランボはビクリと肩を揺らす。
「な、なに?!」
 驚いたランボは慌てて振り返るが、そこに立っていた人物を見て肩を撫で下ろした。
 現れたのは、ランボもよく知っている人物だったのだ。
「ドン・キャバッローネじゃないですか……」
 立っていたのは数人の部下を従えたディーノだった。
 ディーノもランボに気付き、少し驚いた表情になっている。
「ランボじゃないか。こんな所で会うなんて奇遇だな」
「はい。まさかこんな所で会うなんて……」
 路地裏は用が無ければ立ち入らない場所である為、こんな所で会うなんて本当に奇遇だった。
「此処で何してるんだ?」
「オレはボンゴレに行く途中だったんですよ。ドン・キャバッローネこそこんな所に来るなんて、何かあったんですか?」
 ランボは不思議そうに訊いた。
 ディーノほどの立場の人間が路地裏に入るなど、何かがあるとしか思えないのだ。
「まあな、ちょっと仕事で来たんだが――――」
 ディーノはそこで言葉を切ると、ランボの足元に転がっている注射器に視線を向ける。
「そいつ絡みだ。最近、この辺に密売人が出没してるらしくてな」
「それでわざわざ此処まで」
 ディーノの言葉にランボは納得したように頷いた。
 ボンゴレファミリーに深い繋がりを持つキャバッローネファミリーは、ボンゴレと同様に薬物を酷く嫌っているファミリーである。そこのボスであるディーノが薬物絡みの事柄を放っておく訳がない。
「大変ですね。お疲れ様です」
「ああ、こればっかりは放っておけないからな」
 ランボの労わりにディーノは笑顔で答えると、「そういえば」とランボを見た。
「今からボンゴレに行くんだったら、一緒に連れてってやるぞ?」
 どうやらディーノも今からボンゴレに向かうらしく、一緒に車で行こうとランボを誘ってくれる。
 それは善意の言葉であるが、ランボは「……え?」と表情を引き攣らせてしまった。
 ここで車なんかに乗ってしまえば、今までわざわざ遠回りした事が無意味になるのだ。
 しかし、相手はドン・キャバッローネであるディーノだ。ディーノに誘われてランボが断れる筈がない。
「……お願いします」
 ランボとしては全力で断りたかったが、渋々と車に乗るしかなかったのだった。





「死ね」
「ひ……っ!」
 綱吉の執務室に入った瞬間、ランボは銃弾に出迎えられた。
 銃弾はすれすれで通り過ぎっていったが、襲ってきた銃弾にランボの顔面が蒼白になっていく。
 ランボが恐る恐る顔を上げてみれば、室内にはリボーンの姿があった。
 リボーンはランボを睨み据え、銃口をランボに向けていたのである。
「リボーン……っ」
 ランボは驚きと恐怖に全身の血の気が引いていく。
 今のリボーンは殺気に似た怒りを纏い、それは授業参観で不機嫌になった時とは比べ物にならなかった。
「俺を出し抜くとは良い度胸だな。死んで詫びろ」
 リボーンは低い声で吐き捨て、銃の照準をランボに合わせる。
「ま、待って!」
 リボーンの殺気に、ランボは慌てて弁解しようとした。
 置き去りにした事は悪いと思っているが、仮にも恋人である自分を殺そうとしなくても良いと思うのだ。
「ごめんっ、オレが悪かったから許して!」
 ランボは土下座しそうな勢いでリボーンに謝った。
 今回ばかりは確かにランボが悪い。
 しかしだからといって、こんな理由で恋人に殺されるなんて嫌過ぎる。
「本当にごめんなさい! だから銃をこっちに向けないでよ!」
 ランボは半泣き状態で謝ると、助けを求めるように室内にいた綱吉の背後に回りこんだ。
 綱吉の背後に隠れるなんて卑怯だと分かっているが、これは幼い頃からの癖のようなものなのである。
 ランボは幼い頃から綱吉に泣きつく事が多かった訳だが、ランボが泣く原因はほとんどがリボーン絡みであった為、今もその時の癖が抜け切らないのだ。
 そして何より、自分がどれだけ謝ってもリボーンが許してくれない時は、綱吉が仲介に入ってくれれば早く解決する事が多かった。幾らリボーンといえど、ボンゴレ十代目である綱吉が仲介に入れば銃を収めるしかないのだ。
 長年の経験からそれを知っているランボは、綱吉の背後に隠れた体勢で「許して!」と訴え続ける。
 そんなランボの必死の訴えに、ランボに甘い綱吉が「まあまあ」とようやく仲介に入ってくれた。しかも綱吉はリボーンとランボの本当の関係を知らない為、このままでは本当にランボが痛い目に遭わされてしまうと心配しての仲介である。
「リボーン、そろそろランボを許してあげてよ。ランボも反省してるみたいだしさ」
「そうそう。物凄く反省してるよ!」
 綱吉の弁護に便乗し、ランボは何度も「ごめんなさい!」と謝り続ける。
 こうしたランボの様子は綱吉の後ろに隠れるという小賢しい真似をしながらも必死なものだ。
 その必死さにリボーンは舌打ちすると、「二度目は無いと思え」とようやく銃をしまってくれた。
 こうしてリボーンの怒りから開放されたランボは安堵の表情で綱吉の背後から出てくる。
 そんなランボにリボーンは苦々しい表情をしたが、「まあいい、収穫はあったからな」と怒りを静めた。
 ふと何気なく口にされた収穫という言葉。
 この言葉に、「……収穫?」とランボは不思議そうに首を傾げる。
 しかし今はリボーンの怒りが静まった事に大きく安堵し、それを深く考える事はなかった。
 許された訳ではないが殺される心配がなくなれば一安心なのだ。
 安堵するランボに、綱吉が「良かったね、ランボ」と優しく声を掛けてくれる。
 こうして綱吉はランボの窮地を救うと、そのまま話の流れを本題へと変えた。
「さて、ちょっと仕事の話があるから、ランボはおやつでも食べて待っててくれる?」
 そう、今日は執務室にリボーンとディーノがいるのだ。
 綱吉とランボの二人だけなら直ぐにティータイムが始まるが、リボーンとディーノがいるという事は仕事という本題があるのである。
 ランボは雷のリング守護者としてボンゴレに名を列ねているが、実際はまだまだ半人前で肩書きだけの立場なのだ。半人前が仕事の話に参加出来る筈もなく、必然的にランボは蚊帳の外だった。
 自分の実力不足をランボは悔しく思うが、それでもせめて仕事の邪魔をしてはならないと素直に頷く。
 こうしてランボが綱吉に用意してもらった紅茶とお菓子を楽しむ中、三人は真剣な様子で仕事の話を始めた。
 ランボとしても仕事内容が気にならない訳ではなかったが、実力的にも進んで介入する事が出来ず、今はテーブルに並べられたお菓子を摘みながら聞き耳を立てている事しか出来ない。
 そうして始まった仕事の話は、どうやら薬物絡みの内容のものだった。
 恐らく先ほどの路地裏でディーノが話していた内容と関係あるものだろう。
「密売人が流れてきたのは最近の話だ。ツナ、他国の情報は回ってきているか?」
 ディーノの問いに、綱吉は難しい表情で首を振る。
「いいえ、他国の組織が活発化している話は聞いていません。国境の警戒も強めているけど、今の所は何も引っ掛かっていないんです」
「そうか。国境で引っ掛かっていないという事は、国内で発生していると見ても良いかもな」
 綱吉とディーノは互いの情報を交換しあうと、「リボーンはどう思う?」とリボーンに問う。
 リボーンの立場は幹部兼ヒットマンというもので、その明晰な頭脳を頼られる事は多いのだ。
「ああ、国内で発生していると見ても良いだろう。それに、少し気になる事がある」
「気になる事?」
「これを見ろ」
 リボーンはそう言うとスーツの懐から小型のメモリーを取り出した。メモリーを綱吉に投げ渡し、中身のデータを確認するように促す。
 綱吉とディーノは言われるままデータを立ち上げたが、中身を確認するにつれて二人の表情が次第に険しいものになっていった。
 そうした二人の様子に疑問を覚えたランボは、頬張っていたお菓子を飲み込んでリボーンの隣に移動する。
「ねぇねぇ、あれは何のデータなの?」
「お前は黙ってろ」
「……酷い」
 普段は穏やかな綱吉やディーノの表情を険しくしてしまうなんて、いったいどんなデータなのかとランボは興味を持ったのだが、それはリボーンによって一蹴されてしまった。
 リボーンはランボの介入を許さなかったのだ。
「何だよケチ。教えてくれてもいいのに」
 ランボはぶつぶつと文句を口にするが、リボーンが相手にしてくれる筈がない。
 リボーンはランボをまったく相手にせず、綱吉やディーノと仕事の話を進めていくのである。
「リボーン、これの裏は取れてる?」
「今は裏付けの最中だ。だが、ほぼ間違いないと見てもいいだろう」
 リボーンの声色には自信に満ちた余裕があり、それは言葉に確信がある事を窺わせる。言い換えれば、それはほぼ間違いないという事だった。
「それにしても、よく此処に気が付いたね」
「収穫があったって言っただろう」
 リボーンは意味深に答えると、口元にニヤリとした笑みを刻む。
 そんなリボーンの返事に、側で聞いていたランボは小さく反応した。
「……また収穫って言った」
 収穫という言葉は二度目の為、今度はランボも少し気になってしまった。
 しかしランボがリボーンに訊ねる前に、綱吉に話しかけられる。
「ところでランボ、最近学園の方はどう? 今日は授業参観に行ってやれなかったけど、学園は楽しい?」
「はい。学園は楽しいですけど……」
 突然学園の話を振られ、ランボは不思議に思いながらも答えた。
 今まで仕事の話をしていたというのに、いきなり学園の話になるなんて奇妙だったのだ。
 だが、その話しには学園の卒業生であるディーノも参加する。
「そういえば、今の理事長って変わったんだよな?」
「そうです。長年勤められた理事長が辞めたので、二年前に新しい理事長になりました」
 そう、ランボが苦手にしている理事長は二年前に交代したばかりの理事長なのである。
 しかし新任であっても、理事長という立場上学園内の権力をほぼ握っている存在だ。
「ボンゴレ、理事長がどうかしたんですか?」
 ランボは理事長を思い浮かべ、僅かに表情を歪めて訊いた。
 あの理事長なら綱吉の元に個人的な挨拶をしていても可笑しくないのだ。自分の学園の理事長が私欲のままに挨拶回りなど、考えただけでもうんざりである。
「いや、特にどうもしないよ。会った事がないから、どんな人なのかと思ってね」
「そうですか。でも、会うのはお勧めできませんよ。止めておいた方がいいです」
 ランボが冗談混じりにそう答えると、綱吉は「そうなの?」と驚きながらも小さく笑う。だが直ぐに笑みを引っ込めると、真っ直ぐにランボを見つめた。
「ランボ、学園内ではくれぐれも気を付けてね」
「え……?」
 ランボは意味が分からず首を傾げた。
 学園の話しを振られた事もいきなりだったが、「気を付けて」と続けられるのは奇妙だったのである。
 しかも綱吉は真剣な面持ちでランボを心配しており、ますますランボは首を傾げた。
 ランボの学園は裏社会の子息達が多く通う事もあって、セキュリティー面などは万全なのである。それはそこらの一般的なセキュリティー会社など足元にも及ばないような最新鋭を誇っているのだ。
 セキュリティー面において抜群の環境である学園でいったい何に気を付けるのだろう、とランボは不思議でならない。
 しかしランボがそれを訊ねる前に、ディーノが何かを思い出したように「そういえば」と口を開いた。

「学園といえば、もう直ぐ学園祭の時期だな」

 ディーノは何気ない様子でそう言った。
 だがその瞬間、それを聞いたリボーンとランボの形相が変わる。
 ランボは、またしてもこの人は! と半泣きでディーノを振り返った。
 ディーノに悪気は無いと分かっているが、授業参観に続き学園祭までディーノにばらされてしまったのだ。
 そして予想通り、学園祭という行事に綱吉は大いに反応する。
「ランボ、どうしてそんな大事な事を黙ってたんだよ?!」
 綱吉は興奮した様子でそう言った。
 その興奮にはワクワクとした期待が籠められている。
 籠められた期待とは、当然ランボが最も恐れていたものだろう。
 ランボは嫌な予感に青褪めるが、綱吉は宣言するように言葉を続けてしまうのだ。
「是非オレも行かせてもらうよ!」
 この宣言に、ランボはやっぱり……と大いに嘆いた。
 授業参観の時と同じパターンになってしまった事にランボは言葉も無い。
 ランボは思わずリボーンに縋るような視線を向けたが、リボーンは諦めろと無言で首を横に振ったのだった……。






                                       同人に続く




今回はリボラン恋人設定です。
いつもより甘いです。
書いてても恥ずかしいくらいでした。甘くて(笑)





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