死ぬ気で奥様暗殺計画!?




 リボーンとランボが新婚旅行から帰ってきて一週間。
 政略結婚から新婚旅行までの紆余曲折の中で二人は互いの想いを自覚し、ようやく本当の夫婦らしくなってきた。
 今も、ランボは仕事へ行くリボーンを見送る為に玄関先まで出てきていた。
 朝の柔らかな陽射しの中、照れ臭そうにランボはリボーンを見つめる。
「今夜は早く帰って来れそう?」
「ああ、遅くはならない筈だ」
 ランボが訊けば、リボーンは淡々とした様子ながらも答えてくれた。
 ランボは、リボーンが答えてくれたというだけで嬉しい気持ちになる。
 仕事へ赴くリボーンを見送ることは結婚した当初から習慣にしている事だが、想いが通じ合った今は交し合う言葉の一つ一つに特別な意味合いが含まれているような気になるのだ。
 その特別な意味合いが、ランボは気恥ずかしくも嬉しくて仕方ない。
「分かった。今夜はフィットチーネ作って待ってるね」
 好きだろ? とランボがリボーンを覗き込むようにして言えば、リボーンは微かに目元を和らげてくれた。
「まあな。それじゃあ、そろそろ行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
 迎えの車に乗り込むリボーンを、ランボは笑顔で送り出す。
 もちろん「いってらっしゃい」という言葉は忘れなかった。
 この言葉はランボが好きな言葉で、そして何より仕事へ赴くリボーンの為の大事な言葉だと思っている。
 結婚した当初は軽い挨拶のような気持ちで口にしていたが、今では決して欠かすことが出来ない大切な言葉だ。
 リボーンが乗った車が静かに動き出し、屋敷の門を出て行く。
 ランボは、車が見えなくなるまで玄関先で見送り続けたのだった。





 うららかな昼下がり。
 ランボは街に夕食の買い物へ来ていた。
 今夜のメニューはフィットチーネをメインにし、他にもスープやサラダを用意するつもりなのだ。
 スープの材料が足りない事に気付いたランボは、一人で街の市場へ買い物に出たのである。
 本当なら、食材の買い物などは屋敷のメイドに任せる事も、直接屋敷まで配達してもらう事も出来るのだが、ランボは買い物を他人に任せる事はしなかった。
 又、買い物だけでなく料理や掃除をはじめとした家事全般を人任せにする事はなかったのである。
 それというのも、ランボがリボーンのところへ嫁ぐ前にドン・ボヴィーノから『新妻たるもの旦那の身の回りを他人に任せてはいけない』と言い聞かされたのだ。
 変なところで生真面目なランボは言い付けを結婚当初から守り、今ではランボ自身もリボーンの身の回りを誰にも任せたくないと思っている。
 市場で買い物を終えたランボは、両手に大きな紙袋を持って街の大通りを歩いていた。
「キャベツも買ったし、トマトも買ったし、ブドウも買ったし、他に足りないものはなかったよな」
 ランボは紙袋を覗き、購入した食材を確認しながら屋敷への帰路を急ぐ。
 早く屋敷に帰って夕食の準備をしなければならず、他にもリボーンのシャツにアイロンだってかけておきたいのだ。
 ランボの立場はどこから見てもセレブの奥様だが、一日に行なう家事の量は一般的な主婦と変わらないのである。
 しかも今は新婚生活真っ只中の新妻という事もあり、家事の一つ一つに全力投球する生活をしていた。
 こうして日々忙しく過ごしているランボは、大きな紙袋を持って人々が行き交う大通りを歩き続け、赤信号の前で立ち止まる。
 大通りは人だけでなく車も多く行き交っており、道路を横切るには信号を使わなければ危ないのだ。
 赤信号で立ち止まったランボは、通りに面しているカフェや雑貨店を何気なく眺めて時間を潰す。
 この大通りには雑貨店や服飾店など建ち並んでおり、ショーウィンドウを飾る品々は見ているだけでも楽しい気持ちになる。
 ランボは信号待ちをしながらショーウィンドウを眺めていたが、ふと、信号前の宝飾店から老夫婦が出てきた。
 笑顔で会話をしている老夫婦はとても仲睦まじく、ランボと同じ赤信号で立ち止まる。
 ランボは、自分と並んで立ち止まった老夫婦に何気なく視線を向けた。
 年老いた婦人は皺だらけの顔に微笑を刻み、夫である老人を見つめている。
「ありがとう。結婚五十周年の記念に、こんな素敵な物を贈ってもらえるなんて嬉しいわ」
「指輪くらいで大袈裟だな。まあ、喜んでくれたのならいい」
 素直に喜ぶ婦人に、夫の方はぶっきら棒な返事をしている。
 しかし言葉はぶっきら棒でも、婦人を見つめる眼差しは愛おしさと優しさが籠められ、ぶっきら棒な言葉は只の照れ隠しだと分かるものだった。
 もちろん婦人もそれを分かっており、婦人は薬指に嵌められた指輪を見つめ、そして花が綻ぶような笑みを浮かべてまた夫を見つめる。
「本当に綺麗。ありがとう」
 夫を見つめる婦人の瞳は幸福に輝き、その輝きはどんな宝石にも勝るものだった。
 そう、この仲睦まじい夫婦の光景は、日溜りのような穏やかさと愛情深い幸福を感じさせるものだったのだ。
 ランボは幸福そうな老夫婦を見つめていると、まるで幸福のお裾分けでも貰ったかのように自然と笑みが浮かんでくる。
 そして少しして信号が変わり、幸福を振り撒く老夫婦は歩いていってしまった。
 ランボも同様に歩き出したが、先ほどの老婦人の姿に「ちょっと羨ましいかも」と内心で思ってしまった。
 現在のランボはあの老夫婦に勝るとも劣らないほど幸福だが、老婦人の薬指で輝く指輪を見た時、自分の結婚式の事を思い出したのだ。
 それを思い出したランボは落ち込んだ気分になってしまう。
 結婚した当時はリボーンへの想いを自覚しておらず、政略という名の下で行なわれた結婚式は悲惨なものだったのだ。
 まず、誓いの言葉は棒読みだった。誓いの口付けや指輪交換はランボが嫌がった所為で省略され、挙げ句に新郎であるリボーンは愛人の所へ行ってしまったのである。
 もう過ぎた事とはいえ、当時を振り返るとランボは後悔せずにはいられなかった。
 今なら、誓いの言葉は心を籠める事が出来るだろう。誓いの口付けだって喜んで交わし、絆となる指輪交換を行なえばきっと幸福に包まれるに違いない。
 だが、それらは全て今更の事なのだ。
 結婚式を終えて夫婦となった現在、それらは全て過去になった。これからリボーンとどれだけ愛し合おうと、結婚式という一大行事が行なわれる事は無いのである。
「……まあ、別にいいんだけどね」
 ランボは諦めたように呟くと、結婚式の事は忘れてしまおうと自分に言い聞かせた。
 結婚式は二度と帰ってこないが、今のランボはとても幸せである。
 結婚指輪は無くても、リボーンの妻はランボで、ランボの夫はリボーンなのだ。指輪という絆は無くても、確かに互いを想い合っている事には変わりない。
 だから、今のままで充分だ。
 ランボはそう自分自身を納得させると、両手の重たい紙袋を持ち直し、屋敷への帰路を急いだのだった。


 こうして帰路を急ぐランボは気付かなかった。
 遠くの物陰から不審な男がランボを見ている事に。
 男は、小型カメラのレンズをランボに向けてシャッターを切る。
 ランボの写真を撮り終えた男は懐から携帯電話を取り出すと、通話ボタンを押して通話を繋げた。
「ターゲットは確認した。直ぐに依頼書を手配しろ」
 男は通話相手に用件を言うと、口元にニヤリとした笑みを刻む。
「急げよ? 決行は一週間後だからな」
 男は何かを企むような楽しげな口調で言うと、そのまま通話を切ってランボに視線を向けた。
「田舎の中小マフィア風情が、身の程を弁えずに出しゃばるからだ」
 男はそう吐き捨てると、遠くなるランボの後ろ姿を憎々しげに睨み据えたのだった。





 その日の夜。
 ランボがテーブルに夕食を並べ終えると、丁度良く屋敷前で車が停車する音がした。
 その音はリボーンの帰宅を知らせるもので、ランボの表情がパッと輝いたものになる。
「リボーンが帰ってきた」
 ランボがダイニングを出て玄関ホールへ向かうと、そこには帰宅したリボーンがいた。
「おかえりなさい」
 リボーンの元に駆け寄ったランボは、照れ臭そうな笑みを浮かべて言った。
 出勤前の「いってらっしゃい」と同様、帰宅の「おかえりなさい」という言葉も何度も口にしているものだが、結婚した当初と今では含まれる感情の度合いが違うのだ。
 この言葉を口にする度に、どんどん夫婦らしくなっているような気がしてランボは何だか照れ臭い。
 ランボはその照れ臭さを誤魔化すような笑みを浮かべると、リボーンからスーツケースとボルサリーノを受け取った。
 スーツケースなどは本来なら執事かメイドに渡す物だが、ランボは自分が直接受けとっていた。それは旦那の身の回りを人任せにしてはいけないという言いつけの賜物である。
「さっき夕食の準備が終わったところなんだ。丁度良かったよ」
「そうか」
「うん。今夜はフィットチーネとスープ、後はワインに合うように少しだけ魚料理も作ったんだ」
 ソースはオレのオリジナルだから、とランボは嬉しそうに夕食のメニューを伝える。
 リボーンはそれを黙って聞きながら私室に向かい、ランボもその後に続いて今日の出来事などを話していた。
 雷のリング守護者であるランボはヒットマンを辞めたつもりはないが、今は主婦として過ごす時間が多いのだ。そんなランボが話す内容は日常で起こる些細な出来事であったが、リボーンは何も言わずに聞き役に徹してくれる事が多かった。
 こうして普段通りランボは日常の出来事を話し、そのまま一緒にリボーンの私室に入る。
 ランボはリボーンが脱いだ上着を皺にならないようにハンガーにかけ、外したネクタイは所定の場所に片付けた。
 そうやってリボーンの身の回りをせっせと世話するランボは、何処から見ても立派な妻である。今やリボーンのクローゼットの中は、リボーンよりもランボの方が詳しいくらいだ。
「明日のシャツだけど紫の白ストライプでいい? ネクタイは濃いめの色で合わせておくね」
「ああ、好きにしろ」
 ランボは衣服を片付けながら、それと一緒に明日の準備も進めておく。
 結婚して関係が落ち着いてからというもの、リボーンが着用するシャツやネクタイは全てランボが組み合わせたものだ。リボーンの仕事着は黒スーツが多い事もあり、ランボが選べるのはシャツやネクタイだけなので張り切っていた。
 ランボは昼間にアイロンをかけておいたシャツを出すと、皺一つ無いそれに「上出来だ」と目を細める。
 元々家事が苦手でないランボは、妻という自覚をしてからは更に磨きが掛かってきているのだ。
 こうして上機嫌に明日の準備を進めていたランボだったが、ふと、室内着に着替え終わったリボーンが振り返る。
「一週間後の夜は空けておけ」
「え、一週間後……?」
 リボーンの言葉に、ランボは小さく目を瞬いた。
 内容が突然過ぎて、ランボは意味が分からなかったのだ。
「……予定なら最初から空いてるけど、一週間後に何かあったっけ?」
 リボーンと結婚した現在、独身の時と違って特別な用事が入らない限りランボの予定は空いている。特に夜の予定なんて入っている訳がなかった。
「一週間後にボンゴレでパーティーが開かれる。それに急遽出席する事になった」
「一週間後って、急な話しだね」
 パーティーと聞いて、ランボは少し驚いた表情になってしまった。
 パーティーの開催などは、遅くても二ヶ月前には告知されるものなのである。しかもボンゴレが主催するような大規模なパーティーなら、二ヶ月前でも遅いくらいだろう。
 ランボの予定は空いているので一週間前でも困らないが、ボンゴレ主催だと思うと規模が計り知れないので心の準備をしておきたい。しかも、リボーンの妻として夫婦同伴出席という形を取らなければならないので尚更だ。
 ランボは突然のパーティーに困惑するが、リボーンの方は辟易した様子で言葉を続ける。
「パーティー自体は前々から予定されてたんだが、俺には別の仕事が入ってたんだ。だが仕事が空いて、替わりにパーティーに出席する事になった」
 リボーンは面倒臭げにそう言った。
 リボーンとしては、堅苦しいパーティーに出席するよりも仕事をしていた方が良かったのだろう。
 そんなリボーンの様子に、「大変だね」とランボは小さく苦笑する。
「分かった、オレも準備しとくよ。また詳しい事が分かったら連絡して」
 ランボは「夫婦同伴だし張り切っちゃうよ」と冗談っぽく笑う。
 結婚した当初に開かれたパーティーでも夫婦同伴で出席した事はあったが、その時は今思い出しても散々なパーティーだったのだ。
 今回のパーティーでは、その時の名誉を挽回したい。それに、以前のパーティーは夫婦同伴といってもランボだけがそれを意識しているだけで、リボーンはそれを歯牙にもかけていなかったのである。
 しかし今はリボーンも認める正式な夫婦となり、今回は紛れも無く夫婦同伴出席になるのだ。それを思うとランボは嬉しさと同時に少し緊張してしまう。
「オレのスーツは前のパーティーと一緒でいい? それとも新調した方がいいのかな」
 普段からスーツを着用するリボーンと違い、ランボは必要最低限しかスーツを持っていないのだ。それが正装となるスーツなら尚更で、パーティーに向けて新調した方が良いかと悩んでしまう。
 だが、もし新調するならそれなりに値の張るスーツを購入しなければならない為、ランボ個人の貯金を崩さなくてはならなくなるだろう。
 ランボは自分の通帳の残高を思い出し、スーツ代の痛手に溜息が漏れてしまいそうだった。だが。
「スーツはお前の好きにしろ。新調するなら仕立て屋を呼べ、カードを渡しておく」
「えっ、リボーンが買ってくれるの?!」
 リボーンに当然のようにそう言われたランボは、驚きに大きく目を見開いた。
 ランボはスーツを購入するなら自分の貯金から支払わなくてはならないと思っていたのだ。
 しかし驚くランボに、リボーンは「問題でもあるのか?」と逆に不審気に眉を顰める。
 そんなリボーンにランボは慌てて首を振った。
「う、ううん。問題無いよ。まったく問題無い」
 ランボは焦った様子で言いながらも、内心では嬉しい気持ちがむくむくと込み上げてきていた。
 こんな時に、自分達は夫婦なのだと実感する。
 妻であるランボの身の回りの物を、リボーンは当然のように自分の稼ぎから支払おうとしてくれる。
 リボーンの稼ぎからすればスーツの一着や二着など些細な出費だと分かっているが、当然の事のようにそれを行なってくれる事が嬉しかった。
「それじゃあ、新しいの買おうかな? どんなのにしよう」
 ランボは上機嫌で新調するスーツの事を考えだす。
 結婚する前までスーツは量販店で購入していたので、仕立て屋まで呼んで本格的にスーツを揃えるのは初めてなのだ。
 こうしてランボが嬉しい悩みに顔を緩ませていると、ふと、リボーンの手がランボの腰に回された。
「リボーン……?」
 ゆっくりと抱き寄せられ、ランボは少し戸惑ってしまう。
 ランボは至近距離に迫るリボーンの面差しに耐え切れず、ソワソワした気持ちになって恥ずかしげに目を伏せた。
 新婚旅行で初夜を迎えてからというもの、リボーンとは何度も身体を重ねているが慣れる事はないのだ。そう、ランボは初々しさという新妻の特権を、計らずとも存分に発揮する生活を送っているのである。
「買うなら細身のタイプにしろ」
 リボーンの唇がランボの耳元に寄せられ、囁くようにそう言った。
 そのくすぐったさにランボは肩を竦め、おずおずとリボーンを見上げる。
「それってリボーンの好み?」
「ああ」
「分かった。それにする」
 そう言ってランボが頷けば、リボーンによって触れるだけの口付けが落とされた。
 軽く啄ばむような口付けは額や頬にも落とされ、ランボはリボーンの背中に両手を回す。
 こうしてランボがリボーンに身を委ねるようにすれば、ランボの身体はリボーンに抱き上げられ、そのまま部屋のベッドに下ろされた。
 ランボが降ろされたベッドのシーツは新品同様の清潔感あるものである。
 今のリボーンとランボは主寝室で一緒に寝る事が多いので、それぞれの私室のベッドを使う事は少ないが、それでもランボは毎日シーツを取り替えているのだ。
 もちろん私室のベッドだけでなく、主寝室のベッドメイキングも全てランボが行なっている。
 ランボとしては、自分でベッドメイキングしたベッドに毎晩押し倒されるなんて恥ずかしいと思ってしまうが、だからこそ尚更自分の手でベッドメイキングしなければならないのだ。
「リボーン、今からするの?」
「押し倒された状態で、今更な事を訊くな」
「確かにそうだけど……」
 見上げればリボーンが覆い被さっており、視線が合えば目元に口付けを落とされる。
 そんな状態で嫌がって見せたところで今更だ。
 だが、ランボは行為に雪崩れ込む気恥ずかしさを誤魔化そうとするように言葉を続ける。
「夕飯は? フィットチーネ作ったんだけど」
「後で食べる」
 そう言ったリボーンはランボの顔中に口付けの雨を降らし、手はランボのシャツをゆっくりと乱していく。
 乱れたシャツからは滑らかな乳白色の素肌が顕わになり、ランボは曝されていく身体に頬を赤らめた。
 リボーンには身体の隅々までとっくに見られているが、同性に押し倒される事が慣れないのは仕方ないだろう。
 リボーンと身体を重ねる事が決して嫌なわけではないが、恥ずかしいと思っている事を隠したいのは男としての意地のようなものである。
「……せっかく作ったのに冷めるよ?」
「冷めてもいい」
 しかし、リボーンはランボの意地さえも軽く封じてしまう。
 リボーンの指先がランボの身体の線を辿るように撫で上げ、胸の突起を捏ねるように弄りだす。
 こうして本格的に始まった愛撫に、ランボは焦ったようにまたも口を開こうとした。だがその前に。
「そろそろ黙れ」
 その前に、リボーンの口付けによってランボの唇は塞がれた。
 リボーンの舌がランボの口内に忍び、深く舌を絡められる。
 言葉を封じる口付けに、ランボは流されるようにして目を閉じたのだった。





 リボーンからボンゴレ主催のパーティーが開催されると聞かされて数日後。
 今、ランボは市場で買い物をする為に街を歩いていた。
 市場へ向かうランボの足取りは軽く、表情には微かな笑みが刻まれている。
 それというのも、パーティー開催まで後三日に迫っていたのだ。
 夫婦同伴出席するランボはパーティーの為にスーツを新調し、リボーン好みの細身のスーツを急いで作ってもらっている。
 スーツの受け取りはパーティー前日だが、リボーンが御用達にしている仕立て屋に頼んでいるので問題ないだろう。
 ランボはパーティーの事を思うと緊張してしまうが、以前とは違う状況なので、その緊張も以前より落ち着いたものだった。
 以前はパーティーの華やかな雰囲気に圧倒されるばかりだったが、今度はパーティー自体を楽しむ事も出来そうだったのだ。
 ランボは緊張とワクワク感が入り混じった気持ちでパーティーに思いを馳せる。
 そうした思いが日に日に強くなるランボは、「パーティーで失敗しない為にも、新妻入門を読み返しておこう」と律儀に勉強に勤しもうと思ったのだった。
 こうしてランボは大通りを抜け、市場を目指して歩き続ける。
 そして市場に差し掛かった時、ふと、背後から見知らぬ男に呼び止められた。
「ちょっといいですか?」
「なんです――――わあっ!」
 なんですか? と応える筈だったランボは、背後を振り向いた途端に叫んでいた。
 自分を呼び止めた男を見た瞬間、ランボは驚愕と恐怖を隠しきれなかったのだ。
 ランボは表情を引き攣らせ、震える指先で男を指差す。そして。
「へ、へ、へへ変質者!! ここに変質者がいます!!」
 大声で叫んでいた。
 変質者と遭遇して半泣き状態になったランボは、必死で周囲を行き交う人達に助けを求める。
 振り向いた瞬間に変質者認定は乱暴かもしれないが、怖がりなランボにとって男は変質者以外の何ものにも見えなかった。
 それもその筈で、男は黒のライダースーツを着用し、頭には顔をすっぽりと覆うフルヘルメットを被っていたのだ。
 そんな姿で街を歩けば、誰もがギョッとするだろう。
 声など掛けられれば、小心者は叫びだすに違いない。
 そして小心者のランボは例に漏れず全力で叫んでしまったのだ。
 だが、ランボが叫ぶと男はヘルメット越しでも分かるほど焦りだす。
「ち、ちょっと、変質者って何だよ! 変な言い掛かりはよせ!」
 ヘルメット男はランボに怒鳴り返すが、周囲に人垣が出来始めた事に気付くと慌てて謝り始めた。
「すまいせん! お騒がせしてすいません! この人とは知り合いなんです! 変質者とかじゃないです!」
 ヘルメット男は注目されるのが苦手なようで、形成され始めた人垣に向かって必至で変質者じゃない事をアピールしている。
 そんなヘルメット男の姿に、ランボも慌てて「こんな人は知りません!」とアピールした。
 人通りの多い街中で、ヘルメット男と牛柄シャツを着た男が「知り合いです!」「知り合いじゃありません!」と大声でアピールしあう光景は奇妙なものである。
 その奇妙さは滑稽だと思えても不審さは感じさせず、幸か不幸か集まっていた人達は「劇の練習かしら?」と受け取って解散していった。
 ランボは散らばっていく人垣を目にし、「ああ、誰も助けてくれない……」と絶望する。
 無駄だと分かっていても、リボーンの名前を大声で呼んで助けを求めたい気持ちになった。
 だが。
「なんでリボーン先輩はこんな人と結婚なんて……」
 不意に、ヘルメット男が苦々しげに吐き捨てた。
 ヘルメット男の口から飛び出したリボーンの名前に、ランボは思わずきょとんとなる。
「え、どうしてリボーンの名前を……。もしかして、リボーンと知り合い?」
 ランボはそう訊けば、ヘルメット男は「もしかしなくてもそうですよ」とぶっきら棒に答えてくれた。
 リボーンの知り合いだと聞かされたランボは、今までの恐怖や不信感が薄れていく。
「リボーンの知り合いなら知り合いだって、最初に言ってくれれば良かったのに……」
「言う前に、あんたが変質者だって勝手に叫んだんでしょう?」
 嫌味っぽく言われ、ランボは「ごめんなさい……」と申し訳なさそうに謝った。
 確かにヘルメット男の言う通りなのだ。だが、こうして素直に謝りながらも、こんな街中でヘルメットを被ってれば不審者だよなとランボは思う。
 しかしヘルメット男からは苛立った雰囲気が漂っている事もあり、ランボは余計な事は言わなかった。
「それで、……その、リボーンの知り合いの方がいったいオレに何の用ですか?」
 ランボは首を傾げてそう訊いたが、首を傾げるというランボの無意識な幼い仕種をヘルメット男は鼻で笑う。
「アホそうだし、鈍そうだし、弱そうだし、あんた三日後のパーティーで殺されるかもしれませんね」
「は?」
 突然過ぎる言葉に、ランボは何の反応も返す事が出来なかった。
 しかも内容が突飛過ぎて、言っている意味が理解出来ない。
 しかし呆然とするランボを放って、ヘルメット男は自分の言いたい事だけを続ける。
「今から忠告してあげますから感謝してください。あんた、三日後のボンゴレパーティーで暗殺計画を企てられてますよ。リング守護者がボンゴレのパーティーで暗殺されるなんて、笑い話にもならないので気を付けて下さい」
 淡々とした口調でヘルメット男がそう言うと、ライダースーツのポケットから一枚の写真を取り出した。
「ほら、あんたが写ってるターゲット写真です。写真を撮られてる事にも気付かないなんて、警戒心が無さ過ぎるんじゃないですか? オレのところにも依頼が来ましたよ」
 オレは断りましたけどね、とヘルメット男はそう話しを締め括った。
 このヘルメット男の話しを、ランボは意味が分からずいろいろ訊き返したく思う。
 しかしそれは無理だった。ランボの事を完全に格下だと思っているヘルメット男が、質問を受け付けようとする事はなかったのだ。
「まあ、リボーン先輩に泣きつくと良いですよ。守ってもらえばどうです?」
 ヘルメット男は馬鹿にするような口調でそう言うと、本当に最初から最後まで言いたい事だけを言って踵を返した。
 こうして立ち去っていくヘルメット男の姿をランボは呆然とした面持ちで見送る。
 だがハッとしたように我に返ると、「ちょっと待って!」と咄嗟に呼び止めていた。
 ヘルメット男の言い方はムカつくし生意気だが、その話の内容はランボの身を案ずるものに変わりはなかったのだ。
「あんたが言ってる事はよく分からなかったけど、わざわざ忠告してくれて有り難う!」
 ランボは遠ざかるヘルメット男に向かってそう言った。
 しかしヘルメット男は苦々しげな雰囲気を撒き散らして振り返る。
「あんまり気安く声を掛けないでください。あんたがリボーン先輩の奥さんじゃなかったら、オレを変質者呼ばわりした時点で殺してますから」
 さらりと殺す発言をしたヘルメット男。
 その言葉に含まれているものは冗談ではなく殺気である。
 それに気付いたランボは表情を引き攣らせるが、「で、結局あのヘルメット男は誰なんだろ?」と首を傾げて見送ったのだった。





 その日の夜。
 ランボは街で出会ったヘルメット男の事をリボーンに話していた。
 夕食の片付けを終えたランボは、リビングのソファで新聞を広げて寛いでいるリボーンに切り出したのである。
 リボーンはランボが淹れたエスプレッソを飲みながら話しを聞いていたが、全て聞き終えると楽しげな表情になった。
「ああ、それはスカルだ」
「スカル?」
 初めて耳にした名前に、ランボはきょとんとして訊き返す。
 ランボはリボーンの隣に腰掛け、「リボーンの知り合い?」と首を傾げた。
「アルコバレーノの一人で、カルカッサファミリーの軍師をしている男だ」
「アルコバレーノ……っ」
 あのヘルメット男がアルコバレーノの一人である事実にランボは驚愕する。
 ランボが知っているアルコバレーノは、リボーンを含めても、他はコロネロとヴァリアーのマーモンくらいしか会った事がないのだ。
 マーモンの事だってヴァリアーとしての彼を遠目に見た事があるくらいで、よく知っているのは自分の旦那であるリボーンと、その腐れ縁として付き合いのあるコロネロくらいである。
「あのヘルメットの人はスカルっていうのか……。初めて見たよ」
「そうか? 十年前にマフィアランドで接触してる筈だ。……ああ、お前は避難していたんだったな」
 リボーンは十年前の事を思い出して言ったが、ランボは何のことだか分からない。
 十年前といえば日本で過ごしていた時で、その時に一度だけマフィアランドを訪れた事があったが、当時の事をランボが覚えている筈がないのだ。
「でもカルカッサファミリーって、あんまりボンゴレと仲良くなかったよね? どうしてわざわざ忠告してくれたんだろ……。それにカルカッサなのに、そんな事をして大丈夫なのかな?」
 そう、カルカッサはボンゴレと敵対するファミリーの一つである。スカルがカルカッサに所属する人間だというなら、ボンゴレのランボを助けるような真似は命取りになるのだ。
 そうした意味からスカルの身を心配するランボ。
 しかしリボーンの方は「心配するだけ無駄だ」と一笑した。
 だが、こうして他人事のように笑うリボーンに、ランボは些かムッとしてしまう。
 スカルに何の理由があってランボに忠告してくれたのかは知らないが、ランボの為に危ない橋を渡ってくれたスカルを、自分の旦那であるリボーンに笑って欲しくなかったのだ。
「そんな言い方するなよ。せっかく忠告してくれた人なのに……」
 そう言ってランボはリボーンを睨むが、リボーンの方は口元に笑みを刻んでランボの肩を抱き寄せた。
「誤魔化すなよ。オレは怒ってるんだ」
 リボーンに抱き寄せられれば絆されてしまいそうになるが、ランボは甘い雰囲気に流されてしまわないように頑張って踏ん張る。しかし。
「怒るな。スカルの判断は間違ってないぞ」
 しかしランボの頑張りを余所に、リボーンは当然のようにそう言った。
 そしてリボーンはランボを抱き寄せたまま懐から携帯電話を取り出し、何処かへと電話をかける。
 そんなリボーンをランボは不審気に見ていたが、少しして呼び出し音から通話へ繋がった。
「俺だ」
「リ、リリリボーン先輩!」
 リボーンが通話相手に向かって不遜に名乗れば、相手は竦みあがった声を上げた。
 どうやら通話相手はスカルのようである。ランボは抱き寄せられた体勢の為、相手の声が丸聞こえだ。
 ランボが黙って電話をするリボーンを見ていると、リボーンはそんなランボの目元に触れるだけの口付けを落とし、淡々とした様子でスカルとの通話を続ける。
「お前、今日の昼にランボと会ったそうだな」
 リボーンが単刀直入に切り出せば、電話越しにもスカルが息を飲んだのが分かる。
「た、確かに会いましたけど、オレは何もしてませんよ?! だって死んでないでしょう? 傷一つついてないし、元気にしてるでしょう?!」
 焦った様子で捲くし立てるスカルに、リボーンは「まあな」と喉奥で笑う。
「ああ、元気だぞ。生意気にも睨んでくる」
「リボーン先輩を睨むんですか?! その人、命知らずですね! リボーン先輩が今まで生かしているのも不思議だし、リボーン先輩が奥さんにしたのも信じられませんよ!」
「……誰に向かって物を言ってんだ?」
「すいませんっ。調子に乗りすぎました!」
 リボーンの声の調子が変われば、スカルは即座に謝罪した。
 しかも謝罪をしながらも、自分は無実だと訴えるように弁解を続ける。
「でも今日は、リボーン先輩の奥さんが狙われているから、わざわざ忠告に行ったんじゃないですか! それに、オレは依頼が来てもちゃんと断りました!」
 だからオレは悪くない筈です、とスカルは必死に言い募った。
 スカルの弁解は強気な口調のものだが、その響きには許しを乞うような色がある。
 そんな二人の会話を聞いていたランボは、「あれ?」と首を傾げた。
 今までランボが持っていたスカルの第一印象は強気な人というものだった。昼間会った時はとても不遜な態度で「殺しますから」とまで言われたのだ。
 しかし今、リボーンと話している時のスカルは完全に怯えており、まるで小動物のようになってしまっていた。
 こうした二人の様子と関係に、ランボは「もしかして……」と内心で表情を引き攣らせる。
 スカルがどうしてランボに忠告しに来たのか分かったような気がしたのだ。
 それは、スカルにとってカルカッサよりもリボーンの方が怖いという、只それだけの理由のような気がする。否、きっとそれだけに違いない。
 賢いスカルはカルカッサよりもリボーンを敵に回すことを恐れたのだ。
「なんか可哀想……」
 ランボは通話内容を聞きながら小さく呟く。
 ランボなどに同情されてもスカルは喜ばないだろうが、ランボは虐げられる人間の気持ちは分かるつもりだ。
 こうしてランボはスカルに同情を寄せるが、無情にもリボーンとスカルの電話は続く。
「俺に捲くし立てるとは、パシリの分際で偉くなったじゃねぇか」
「す、すいませんっ。でも……」
「分かってる。情報提供をした事は褒めてやるぞ」
「え……っ、リボーン先輩?」
 突然リボーンに褒められたスカルは驚いたような声を上げた。
「だが、アホ牛なんかに直接忠告しても無駄な労力だぞ。俺に言え」
「確かにそうですね。とてもアホそうな人でした」
「ああ、アホなんだ。だから、お前がした事は無駄だ」
 否定してくれないリボーンに、側で聞いていたランボはムッとなる。
 しかしランボが口を挟む事は出来ず、リボーンとスカルの会話は続いていった。
「スカル、お前が持っている情報を俺とツナの所にも回しておけ。明日の朝までに全部だ」
「分かりました、今夜は徹夜しますよ。ついでに、他に依頼を受けた者がいないか調べておきます」
「上出来だ。パシリはパシリらしくしてろ」
「パシリって言わないでください。それじゃあ、そろそろ失礼しますね」
 からかうリボーンに、スカルは言い返しながらも丁寧に通話を切ったのだった。
 リボーンは通話が切れた携帯をテーブルに置くと、ランボに向き直る。
「一丁前に狙われてるんだってな」
 自分の奥さんが狙われているというのに、リボーンは軽い笑みを刻んで言った。






                                    同人に続く




会話中でしたが、冒頭部分はここで切りました。
この後、コロネロとまたスカルが出てきます。
今回は初めてスカルを書いたんですが、書いてて楽しかったです。
スカルとランボは最終的に同類相憐れむような奇妙な友情とか生まれて欲しいです。





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