恋愛勝負師必勝論 「今から時間ある? もし良かったら、何処かいかない?」 これはナンパの常套台詞である。 恋愛大好きなイタリアでは、この台詞が街に溢れているといっても過言ではない。 だがランボは今、この台詞を前に表情を引き攣らせた。 ランボが街を歩いていると見知らぬ男から声を掛けられ、そのまま口説かれているのである。 相手が可愛い女の子なら嬉しいが、ランボを口説いてきたのは正真正銘の男だ。 ナンパされる事は珍しい事ではないが、相手が男なら話は別だろう。 「あ、えっと……」 ランボは困惑した表情で目の前の男を見つめる。 男は先ほどからしつこくランボに纏わりつき、ランボが何度断っても諦めてくれないのだ。 しかも、男はランボの嫌いなタイプの性格だった。 男は自分の容姿に自信があるのか、はたまたナンパに対して百戦錬磨の自信があるのか、ランボが何度断っても去ってくれる様子はない。 確かにこの男は、街を歩けば十人中七人は振り向くのではないかと思うほど容姿は整っている。風になびくさらりとしたブロンドに深みのある蒼い瞳、漂う雰囲気は甘ったるく、まるで絵に描いたような二枚目の若い男だったのだ。 しかしそれは女性が相手の場合であり、ランボは何処から見ても立派な男である。 はっきり言って男に口説かれても嬉しくない。 「あの……、オレは男ですよ? 勘違いしてませんか?」 ランボは表情を引き攣らせながらもそう言った。 だが、男にとってそれは些細な問題だったようである。 「男でも女でも、可愛ければ良いと思わない?」 相手が女性限定ならランボもそう思う。だが、そこに男が含まれるなら話しは別だ。 そんな男の言葉に、こいつ両刀だったのか! とランボは表情を引き攣らせる。 相手が両刀なら、ランボの危機は確実なものになった。 最初からナンパに答えるつもりはないが、答えてしまえば終わりは目に見えている。 そして何より、ランボは男との性的行為がどういうものなのか知っていた。 何故なら、ランボの恋人はリボーンという男なのだから。 先日、モナコに仕事へ赴いた際にリボーンと出くわし、紆余曲折を得て長年の想いが報われたのである。 ランボは何年も前からずっとリボーンに片思いしていたが、リボーンもランボの事を本気で想ってくれていたのだ。 想いを確かめ合った二人はモナコで恋人同士となり、そのまま身体を繋げる行為まで一気に関係を進めたのである。 そうした事もあり、リボーンという立派な彼氏を持っているランボは、男にナンパされる危険性を知っていた。 危険を察知したランボは、何とか男から逃げ出そうとする。 しかし周囲を見回しても、街を行き交う人々が助けてくれようとする事はなかった。それどころか、ナンパ男に向かって「頑張れよー」と無責任な声援まで送る者がいたくらいだったのだ。 男は声援に後押しされ、ランボに対して更に迫りだす。 まだ触れてこようとしない事は救いだが、このままではそれも時間の問題だろう。 「ドライブとか好き? 俺、これでも元レーサーなんだよ」 「……そ、そうですか」 元レーサーだと聞いてもランボが興味を持つ事はない。 そもそもレーサーでなくてもドライブは出来るのだ。ドライブとレーサーは関係ないだろう。 しかし男はレーサーのライセンスを特別視しているようで、得意気にサーキットの話などを始めてしまった。 ナンパをされた挙げ句に自慢話までされるなんて、今日は厄日だろうかとランボは内心でうんざりする。 しかも調子に乗った男の話しは終わりが見えそうもなく、今ではナンパがしたいのか自慢話がしたいのか分からないくらいだ。 こうして、男の輝かしいレーサー時代の話を聞かされる破目になったランボ。 どうして自分がこんな目に……とランボは嘆くが、早くこの場から脱出しなければと自分を奮い立たせる。 こんな訳の分からない自慢話に付き合っている暇はなく、ましてや男のナンパに応えるつもりもさらさら無いのだ。 ランボはどうすれば逃げられるだろう……と思案するが、その答えは直ぐに見つけた。 男は自慢話に夢中になって隙だらけである。ならば、それを利用すれば良いのだ。 そう結論付けたランボは、表面上では「それは凄いですね」と男の自慢話に相槌を打ち出した。興味を示す振りをすれば男は安心し、もっと隙を見せだす筈なのだ。 そして案の定、調子に乗った男は完全に隙だらけになった。ランボが自分に興味を持ったと勘違いした男は、ランボが逃げる機会を窺っているなんて露ほども思わなくなったのだ。 ちょろいな……、とランボは内心でニヤリとほくそ笑む。 こうしてランボは男の話に相槌を打ち、そして待ちに待った絶好のタイミングがやってくる。 「あっ! あんな所にモーターショーのお知らせ看板が!」 不意に、ランボがあらぬ方向を指差して声を上げた。 元レーサーだという男は警戒心など持たず、無防備に「えっ、どこ?」とランボが指差す方向を振り向く。 もちろんこれは嘘である。しかし、さすが元レーサーは車が大好きなだけあって食いついてくれた。 ランボは余所見をしてくれた男の隙を付き、脱兎の如く走り出す。 今まで自慢話に夢中だった男は突然の事に反応できず、逃げ出したランボを追い駆ける事さえ出来ない。 自分を追い駆けてこない男にランボはニヤリと笑うと、 「あんたに興味持つ訳ないだろ!」 と捨て台詞を吐いて全力疾走で逃げ切ったのだった。 翌日の朝。 ランボは自宅アパートで上機嫌に鼻歌なんか歌ったりしていた。 今のランボの表情はウキウキと輝いており、クローゼットの中からお気に入りのシャツを何枚も取り出す。 何枚もといってもそれは全て牛柄シャツなのだが、斑点の配置にすら拘りを持つランボにとって一つ一つが種類の違う牛柄なのだ。 ランボは今日の気分に合わせて牛柄シャツを選ぶと、さっそく着替えて鏡の前に立った。 鏡の前で癖のある髪をセットし、意味もなく笑顔の練習なんてしてみせる。 こうしてどの角度の笑顔が一番輝くかを研究するランボは、まるで初めてのデートに胸を高鳴らせる少女のようであった。 しかし、このデートというのは間違いではないのである。 そう、ランボは今から恋人のリボーンとデートなのだ。 しかもイタリア国内のデートは初めてだった。それというのも、モナコで結ばれた二人はモナコでならデートを楽しんだが、イタリアに帰ってきてからは互いの都合が合わずに逢瀬すら叶わなかったのである。 その為、今日のデートは二人にとって久しぶりのもので、ランボは朝から張り切っていた。 上機嫌なランボは身支度を進め、リボーンが迎えに来るまでの時間を過ごす。 リボーンの到着を心待ちにするランボは、この待ち時間さえも楽しむように上機嫌だった。 こうしてランボがリボーンを待っていれば、少ししてから自宅アパートの前で車の停車音が響く。 その音にランボはパッと表情を変えると、慌てて玄関まで駆け寄った。 「リボーンっ」 ランボは玄関のドアを開け、笑顔でリボーンを出迎える。 「いらっしゃい。待ってたよ」 「ああ」 笑顔で出迎えるランボに、リボーンの目元も心なしか柔らかだった。 久しぶりの逢瀬という事もあり、嬉しいという気持ちは二人とも一緒なのだ。 「行こうか」 身支度を整えたランボは、少し照れた様子でリボーンを外に促した。 イタリアに帰って初めてのデートという事もあり、ランボは早くとリボーンを急かす。 デートといっても行き先が決まっていないので街を歩くだけかもしれないが、ランボはリボーンと一緒に出歩ける事が嬉しかった。 こうしてランボはリボーンと一緒にアパートを出ようとしたが、ふと、リボーンに腕を捕まれて引き寄せられる。 突然引き寄せられたランボは不思議そうに振り返るが、振り返った瞬間、ランボの唇に触れるだけの口付けが落とされた。 「わ……っ」 不意を突かれたそれに、ランボは驚きで目を見開く。 リボーンとの口付けは初めてではないが、突然のそれにランボは顔を真っ赤に染めた。 これを嬉しいサプライズというのだろうか。 言葉に出来ない嬉しさが込み上げたランボは満面の笑みを浮かべる。 そんな笑顔にリボーンは目を細め、二人はアパートを後にしたのだった。 「乗れ」 「嫌だ」 朝から嬉しいサプライズを受けたランボは上機嫌でアパートを出たが、浮かれた気分が続いたのはアパートを出るまでだった。 それというのもリボーンは車で訪れており、今日のデートはドライブだったのだ。 恋人とドライブなんて誰が見ても立派なデートであるが、ランボは一瞬にして青褪めた。 しかもリボーンはさっさと運転席に乗り込んでしまい、その姿に気が遠くなるような思いまでする。 ランボはリボーンがハンドルを握る姿に、先日のモナコでの事を思いだしてしまったのだ。 先日のモナコ出張でリボーンとランボは結ばれた訳だが、仕事中にカーチェイス紛いの体験をさせられたのである。 その時にハンドルを握っていたのはリボーンだった所為で、ランボはリボーンの運転に恐怖心を植えつけられていた。 リボーンの運転は決して下手ではなく、むしろテクニックは上級者だ。だが、助手席に乗っていたランボは安全運転主義の初心者だったのである。 モナコでリボーンの巧み過ぎる運転に振り回されたランボは、リボーンの助手席に乗る事は恐怖以外のなにものでもなかった。 こうして、車の前で硬直したように動かなくなったランボに、リボーンは苛立ったように舌打ちする。 「さっさと乗れ。二度も言わせるな」 「い、嫌だ……っ、リボーンの運転は嫌だ……」 ランボは青褪めた表情で拒否した。 リボーンの車はベントレー社が誇る限定車で、一目で高級車と分かるそれはシルバーの光沢と車体のラインがとても美しい車である。貧乏なランボからすれば、乗れるだけで得した気分になれる車だ。 だが、運転席に座るのがリボーンなら話は別である。 高級車でデートなんて世の乙女達が羨む状況であるが、恐怖を刻まれているランボは高級車が走る棺桶に見えるのだ。 ランボは頑なに拒否し、運転席のリボーンを必死に説得する。 「せっかくのデートなんだから歩こうよ! 広場を散歩したり、市場をゆっくり見て回ったりしようよ!」 そうしようそうしよう、とランボはリボーンを何とか運転席から降ろそうとした。 リボーンが一人で車に乗って運転しているのは構わないが、そこに自分を巻き込まないでほしいのだ。 しかしそうしたランボの思いはリボーンにとって面白くないものである。 「俺の運転が嫌とはどういう意味だ。俺の腕は知っているだろう」 「知ってるから嫌なんだよ! あんな思いをするのは一度で充分だ!」 あの時、ランボは死にそうになったのである。 まあ、そのお陰でリボーンと結ばれた訳だが、今はそんなこと関係ない。 「とにかく歩こうよ! 今日は天気も良いし、絶好の散歩日和だって!」 ランボは一生懸命説得した。 この説得が通るか通らないかに自分の命運がかかっているのだ。 だが、ランボが一生懸命になればなるほどリボーンの機嫌は下降していく。そして。 「……アホ牛の分際で良い度胸じゃねぇか」 不意に、リボーンから漂う雰囲気が変化した。 変化したリボーンの様子にランボはビクリと肩を揺らす。 そして、「しまった……っ」とここにきてようやく説得が逆効果だった事を知る。 リボーンの鋭い眼光に見据えられ、ランボは今まで饒舌に続けられていた説得をぴたりと止めた。 ランボに向けられるリボーンの眼差しには甘さの欠片も無く、これ以上の無駄口を一切許していなかったのだ。 こ、殺される……、自分の身の危険を敏感に察したランボは黙り込む。 そんなランボに目を細めたリボーンは、不穏な空気を纏ったまま「乗れ」と視線だけでランボを促した。 問答無用の冷たいそれ。 今までの経験上、ランボがそれに逆らえる筈はない。 これが今からデートを楽しもうとする恋人たちの遣り取りだろうか……とランボは泣きたくなるが、結局助手席に乗るしか選択肢は無いのだ。 逆らえないランボが恐る恐る助手席に乗り込むと、リボーンは車のエンジンをかける。 響くエンジン音がレクイエムにすら聞こえるランボは、緊張と不安に全身を震えさせる事しか出来なかった。 だが。 「あ、あれ……?」 車が動き出し、ランボはきょとんとした様子で目をぱちくりさせた。 動き出した車は急発進ではなかったのだ。 静かなエンジン音とともに滑るように走り出した車は、そのまま車道に入り、他の車の流れにスムーズに混じっていったのである。 それは当たり前の安全運転なのだが、ランボは呆気に取られたように呆然とした。 モナコの記憶が深く刻まれているランボは、リボーンの運転は危険なものだと勝手に思い込んでいたのである。 「……安全運転なんだね」 ランボは驚きを隠し切れない様子でそう言った。 そんな事で驚くランボに、リボーンは些か眉を顰める。 「お前、俺を何だと思っているんだ。こんな車の多い公道で無意味に飛ばすなんて馬鹿だぞ」 リボーンは呆れた様子でそう言うが、「まあ、お前が飛ばせというなら飛ばしてやってもいい」と口元に意地悪な笑みを刻む。 「い、いらない! 飛ばさなくていいから!」 そうしたリボーンの意地悪にランボは慌てて首を横に振るが、内心では安堵で一杯だった。 リボーンとのドライブは、てっきり他の車を抜かし捲るような危険なドライブになると思っていたのである。しかしそれはランボの杞憂だったようで安心だ。 しかし落ち着いて考えてみれば、リボーンという人間は不遜で傲慢で行動も大胆だが、それは決して愚行に繋がる事はないのである。 「リボーン、不安がってごめん」 リボーンの事を信じていなかった訳ではなかったが、刻まれた恐怖はあまりに深過ぎていた。 恐怖に翻弄され、リボーンを信じる事が出来なかった自分が情けない。 反省したランボは素直に謝り、運転席のリボーンにちらりと視線を向ける。 「お、怒ってる……?」 ランボがおずおずと訊けば、リボーンから無言で視線が向けられる。 ランボに向けられるリボーンの眼差しからは感情が読めず、ランボは不安気な表情になってしまう。 だが、そんなランボにリボーンは目を細める。 「怒るのも馬鹿らしい」 素っ気無い口調でリボーンはそう言った。 だが、素っ気無い口調ながらもランボに向けられる眼差しは柔らかなものになっており、ランボは安堵の笑みを浮かべる。 「そ、そうだよっ。折角のデートで怒ってるなんて馬鹿らしいよ!」 許された事に調子に乗ったランボは元気にそう言うと、今はリボーンとのデートを楽しもうと笑顔を浮かべたのだった。 同人に続く この話はリボ様が勝負事をする話です。 それにしても、再録続編をせっせと書いてた訳ですが、どれも恋人設定です。 恋人設定は甘いのが多いので、書いてて「ぬおお!」ってなるね。 |
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