序章



 最初に惹かれたのは、心を射抜く黒い眼。
 二つめに惹かれたのは、他を圧倒する絶対的な力。
 三つめに惹かれたのは、ふとした瞬間にみせる思いがけないほどの優しさ。
 そして気が付けば全てに惹かれていた。
 気が付けば、全部欲しいと思っていた。
 そう、全部欲しいのだ。






陽が沈むまでに




第一章



「失礼します」
 ランボが挨拶とともに扉を開ければ、ドン・ボヴィーノが笑顔で出迎えてくれた。
 今、自分が所属するファミリーであるボヴィーノファミリーの屋敷へ出向いていたのだ。
「おお、ランボ。私に会いに来てくれたんだね」
 ランボがドン・ボヴィーノの執務室に姿を見せれば、ドン・ボヴィーノは穏やかな笑みを浮かべて「側へおいで」とランボを手招きしてくれる。
 そんなドン・ボヴィーノの眼差しは優しく慈しみが溢れたもので、ドン・ボヴィーノが大好きなランボは嬉しそうに微笑む。
 ランボとドン・ボヴィーノは血縁関係でなく、ボスと部下という主従関係である。しかし、幼い頃からボヴィーノファミリーに所属するランボは本当の息子のように愛され、またランボもドン・ボヴィーノを父親のように慕っていたのだ。
 ランボが側に駆け寄ると、ドン・ボヴィーノは大きな手でランボの頭を撫でてくれた。
 ドン・ボヴィーノの穏やかな目にランボの姿が映っている。
 この目は自分の成長を見守り続けてくれた目で、十五歳となったランボの姿形も変わらずに見守ってくれているものだ。
 ランボの姿形は成長するとともに大人びたものになり、整った容貌に幼少時の面影はほとんどない。長い睫に縁取られた翡翠色の瞳は垂れた目尻と相俟って、ふとした時に色香すら纏う事があるほどだ。しかし外見がどれだけ成長しようとも、ランボの根本的な性格は変わっていなかった。
 どんなに大人びた振る舞いを覚えても、泣き虫で甘ったれた性格は何も変わっていないのだ。
 それは残念な事といえば残念な事なのだが、ドン・ボヴィーノはそれすらも愛おしいのだとランボに伝えてくれる。
 それが嬉しいランボは、ドン・ボヴィーノが大好きだ。
 老齢のドン・ボヴィーノの手は皺くちゃなものだが、その温かさはランボが幼い時から変わらない。この手がランボを守り、ずっと慈しんできてくれていた。
 ランボは優しいドン・ボヴィーノの表情に小さな笑みを浮かべたが、ふと、あれ? 小さな違和感を覚える。
「ボス、お疲れなんですか?」
 そう、何だか普段よりもドン・ボヴィーノの動作が緩慢なように思えたのだ。
 別に取り立てて気にする事ではない些細な違和感だが、ドン・ボヴィーノは普段から老齢でありながら凛とした立ち居振る舞いをするだけに、小さな違和感を覚えてしまったのである。
 こうしてランボは心配するが、ドン・ホヴィーノの方は「そう見えるかい?」と自覚が無いようだった。
「最近デスクワークが続いているから、その所為かもしれないね」
 あまり気にした様子も見せず、ドン・ボウィーノはそう言った。
 しかしそんなドン・ボヴィーノにランボは眉を顰める。疲れているなら、少しくらい休んでほしいのだ。
「それなら、たまには散歩でも良いので息抜きをしてください。ボスにもしもの事があったらと思うと、心配で仕方がないです」
「分かった分かった。また時間が空いた時に散歩にでも行こう。その時はランボも付いておいで」
「はい。是非ご一緒させてください」
 ようやく納得してくれたドン・ボヴィーノに、ランボは安堵の笑みを浮かべる。
 ファミリーのボスに万が一の事があれば、それはファミリーにとって一大事なのだ。しかしそれ以上に、ランボは大好きなドン・ボヴィーノにいつまでも元気でいてほしかった。
 ドン・ボヴィーノは老齢でありながらも現役の精悍さを纏っているが、時折触れる皺だらけの手に年相応な老いを感じてしまうのだ。
 だが、老いが齎す運命はまだ遠いものだと思っている。そんなものはランボにとって不確かで現実味の無いもので、寿命という言葉を意識すらした事はない。
 ランボは自分の頭を撫でてくれるドン・ボヴィーノの手を取ると、老いながらも力強い手に目を細めたのだった。





 次の日。
 ランボはボンゴレ屋敷を訪れていた。
 幼少期にボンゴレ十代目である綱吉に世話になっていた事もあり、ランボは頻繁にボンゴレ屋敷を訪れているのだ。
 ボンゴレとボヴィーノは同盟関係にあるとはいえ、他ファミリーの間を行き来するのは本来なら褒められた事ではないのだが、それは綱吉の優しさと、ランボのリング守護者という立場がそれを許していた。
 そしてランボ自身も綱吉が治めるボンゴレファミリーが大好きで、ボヴィーノを大切に思うのと同様の思いをボンゴレに向けているのだ。
「こんにちは、ランボです」
「ランボ、よく来たね」
 ランボがボンゴレ屋敷の執務室に顔を出すと、綱吉が笑顔で出迎えてくれる。
 そんな綱吉にランボも笑顔を返すと、執務室内にいたもう一人の男に視線を向けた。
 その男とはリボーンだ。
 執務室のソファにいるリボーンは愛銃の手入れをしており、ランボはリボーンの姿に目を細めた。
 ランボがボンゴレ屋敷に通う理由は大好きな綱吉に会う為というのもあるが、それ以上に此処にはリボーンがいるからだ。
 リボーンはランボが執務室を訪れても視線すら向けてくれず、ましてや自分から言葉を掛けてくれる事はない。
 だが、そうした素っ気無いリボーンに慣れているランボが気にする事はない。
 ランボは綱吉と他愛ない世間話を交わすと、さり気無くリボーンの隣に腰を下ろした。
 リボーンの長く整った指が愛銃を手に取り、慣れた手付きで手入れを進めている。銃に視線を向けるリボーンの眼差しからは何の感情も窺えないが、ランボはそれらの動作を魅入るように見つめていた。
 端麗という形容が相応しいリボーンの容貌は、硬質的な雰囲気と相俟って近寄りがたさを感じさせる。しかしそれと同時に、リボーンの射抜くような黒い瞳と黒いスーツを身に纏う姿はとても魅力的だったのだ。
 そして今、ランボはリボーンの眼差しが向けられている銃すらも羨ましいと思ってしまっていた。
 そう、ランボはリボーンに特別な想いを抱いているのだ。
 十年前はリボーンに対してライバル心のような感情を向けていたが、いつの間にかそれは恋愛感情へと移り変わっていった。リボーンはランボを相手にする事はなかったが、それでもランボはリボーンに惹かれていったのだ。
「久しぶりだね」
 銃の手入れをするリボーンの顔を覗き込み、ランボは明るい口調でそう言った。
 銃に向けられるリボーンの眼差しを少しでも自分の方へ向けたかったのだ。
「つい最近も此処に来てただろ」
「そうだけど、久しぶりって言っても良いだろ?」
 ランボは、リボーンに呆れた様子で返されてしまって少しムッとした表情になる。
 しかし表情では不満を見せながらも、内心はリボーンから言葉が返ってきた事に小さく喜んでいた。
 他愛ない会話であるが、リボーンとの事ならどんな些細な事でも嬉しいのだ。
 そして何よりこうした他愛ない遣り取りが、リボーンの中でランボの立場がそれほど悪くないものだと示してくれた。
 ランボは、リボーンという人間が優しい事を知っている。
 リボーンはヒットマンとして非情な心を持ち合わせいる事も知っているが、それと同時に一度懐に入れた者に対しては思いがけないほどの優しさを見せる事を知っている。
 リボーンはランボに対して冷たい素振りを見せ、それは十年前から変わらぬものだが、それでもこうして側にいる事を許してくれているのが証拠だといえるだろう。
 それを知っているランボは、どんなに素っ気無い態度を取られても気にせずにいられるのだ。
 こんなランボの恋愛感情に、聡明なリボーンはきっと気付いているだろう。
 リボーンからそういった素振りが見られることはなく、ランボの方はリボーンの心が何処にあるかなどまったく分からないが、リボーンの方はランボの想いに気付いている筈だ。
「リボーン、今度射撃の練習に付き合ってよ」
 ランボは世間話のような様子を装い、少しだけ強請るような声色で言った。
 リボーンの返答は予想できるが、こういった何気ない会話すらも嬉しいのだ。
「何で俺がアホ牛なんかの射撃訓練に付き合わなきゃなんねぇんだ。勝手にやってろ」
 やっぱり予想通りの返答である。
 リボーンの反応は素っ気無いが、それすらも慣れているランボが今更気にする事はない。
「ケチ臭いこと言うなよ。オレが知っている中で、リボーンが一番上手いんだからいいだろ?」
「俺が一番上手いのは認めるが、それは俺が手解きする理由にならねぇな」
「せっかく褒めてやったのに、教えてくれないなんて意地悪だ」
 ランボはムッとした口調で返した。しかし、その口調とは裏腹に表情には小さな笑みを刻む。
 そんなランボの笑みに、リボーンも僅かに目元を和らげてくれた。
 こうしてリボーンが垣間見せてくれる表情は、リボーンが懐に入れた者に対する優しさと甘さだ。
 この優しさと甘さはランボだけでなく、綱吉はもちろん、一度認めた者達全てに向けられるものである。
 それはとても稀少なもので、今のランボはその稀少の中に入れているだけでも満足だった。
 ランボはそんな些細な事にも喜び、嬉しそうにリボーンの隣で世間話を楽しみだす。
 世間話は一方的なものだが、隣に座っていられるだけで嬉しかった。
 そうした穏やかな時間が過ぎる中で、ふと、携帯電話の着信音が鳴り響く。
 それは綱吉の携帯電話のようで、「ちょっとごめんね」と綱吉はランボの世間話を遮ると着信に出た。
 ランボは綱吉の通話が終わるのを大人しく待っていたが、不意に、「それは本当なの?!」と綱吉が通話口に向かって声を荒げる。
 突然の事に驚いたランボは綱吉を振り返ったが、綱吉は驚愕の表情で着信相手の話を聞いていた。
 そして通話口に向かって矢継ぎ早に命令すると携帯電話の着信を切る。
「な、何かあったんですか?」
 明らかに普段と様子が違う綱吉の様子に、ランボは躊躇いながらもそう訊いた。
 ボンゴレ十代目になってから滅多に焦る事がなくなったというのに、今の綱吉からは明らかな緊急性と困惑が窺えるのだ。
 心配するランボに、綱吉は困惑の表情を向ける。そして、「ランボ、落ち着いて聞いて欲しい」と重々しく言葉を続けたのだ。


「――――ドン・ボヴィーノが病院に運ばれた」


「え……?」
 ランボは耳を疑った。
 あまりに突然の内容に思考が追いつかない。
 しかし、綱吉の口からは認めたくない事実が続けられる。
「さっきボヴィーノファミリーから緊急の連絡が入ったんだ。ドン・ボヴィーノが突然倒れて意識不明らしい」
「そんな……」
 続けられた言葉にランボは愕然とした。
 認めたくないのに綱吉の言葉が脳内を駆け巡り、全身の血の気が引いていく。
「十代目っ、ボスは?! ボスは無事なんですか?!」
 顔面を蒼白にしたランボは取り乱したように綱吉に詰め寄っていた。
 驚愕が混乱を及ぼし、今のランボは相手がボンゴレ十代目であることを忘れて感情をぶつけていたのだ。
 普段ならボンゴレ十代目に感情をぶつけるなど無礼であると判断できるのに、頭が真っ白になった今はそれすらも判断できない。
 そんなランボは今にも綱吉に掴みかかりそうな勢いであるが、ふと、背後からリボーンに肩を抑えられた。
「リボーン……」
「落ち着け」
 リボーンは淡々とした口調で言うと、ランボを下がらせて綱吉に向き直る。
「容体は?」
「分からない。原因は脳卒中らしいんだけど、突然倒れたみたいだ」
 こうして目の前で交わされる会話を、ランボは心許なく聞いていた。
 リボーンから落ち着くように窘められたが、未だにドン・ボヴィーノが倒れたという現実を受け止めきれない。
 ランボにとってドン・ボヴィーノは父親のような存在であり、そんな大切な人が緊急で病院に運ばれたなど信じたくないのだ。
 平静でいられないランボは困惑と焦りの形相で二人の話を聞いていたが、それに切りが付くと「行くぞ」とリボーンがランボを執務室の外に促した。
「行くって何処に……」
 ランボは訊ねたが、これには綱吉が答えてくれる。
「ドン・ボヴィーノが運ばれた病院だよ。リボーンにも今からオレの代理で行ってもらうから、ランボも一緒に行っておいで」
 緊急事態とはいえ立場上直ぐに外出する事が出来ない綱吉は、リボーンを自分の代理に立てて見舞いに行くように命じたのだ。
 それを察したランボは綱吉に深く頭を下げると、リボーンとともに足早に執務室を出たのだった。



 リボーンに車を出してもらったランボは、一緒にドン・ボヴィーノが運ばれた病院に向かっていた。
 リボーンが運転する車内で、ランボは俯いたまま震えている事しか出来ない。
「どうしよう……」
 ランボの口からか細い声が漏れる。
「ボスに何かあったらどうしよう……っ」
 その声は小さく震えており、表情には悲壮の色が浮かんでいた。
 倒れたと聞いたばかりの時は混乱が大きく占めていたが、混乱は次第に恐怖へと変わっていったのだ。
 ドン・ボヴィーノに万が一の事があったらと思うと、ランボは居ても立ってもいられない。
 急いても無駄だと分かっているが時間が経てばたつほど想像は悪い方へ転がり、どうする事も出来ない不甲斐無さに涙が浮かんでくる。
 泣いても事態は解決しないのに、ランボの瞳からは涙が次から次へと溢れ出したのだ。
 こうした静かな車内にランボの嗚咽が響く。
 車内に息苦しいほど重い空気が支配する中、ランボの嗚咽に急かされるようにリボーンはアクセルを強く踏み込んだのだった。





 ドン・ボヴィーノが運ばれた病院は街中にある総合病院だった。
 最新設備が整えられた病院にドン・ボヴィーノは運ばれ、今は緊急手術を受けている最中なのだ。
 病院に着くと入口にはボヴィーノファミリーの関係者が待っており、リボーンとランボは手術室の前に案内される。
 案内役の男を急かすように早足で手術室に向かったランボは、手術室の扉を目にすると思わず駆け出していた。
「ボスは?! ボスはまだこの中にいるの?!」
 ランボは手術室の前で見張りをしていたファミリーの仲間に詰め寄った。
 今のランボは焦りと恐怖に表情を歪め、涙に濡れる瞳が痛々しい。
 そんなランボの表情に仲間の男は痛ましげに目を細めるが、平静を装ったまま言葉を紡ぐ。男は自分が平静に言葉を紡ぐ事で、混乱するランボを少しでも落ち着けようとしたのだ。
「ボスはまだ手術中だ。一時間前に突然倒れて、そのまま手術室に運ばれて出てこない。原因は脳卒中との事だが、ボスは倒れてからずっと意識を失ったままだ」
「脳卒中……」
 ランボは呆然とした面持ちで呟いた。
 脳卒中と聞いても、その病名はランボの中で非現実的に響いたのだ。
 こうして病院にいるというのに、手術室の前まで来たというのに、信じたくないという思いが強かった。
 そう、大切な人が危険な状態にあるなど易々と受け入れられるものではないのだ。
 しかも病名は脳卒中。
 脳卒中とは脳の血管が出血を起こしたり詰まったりする脳の病気である。それは一般的な医学知識しかないランボでも知っている病名で、死亡率も決して低いとはいえないものだった。
 それを思うと、ランボの中で恐怖が一気に膨らみだす。
「うぅ……っ、ボス……! ボス!」
 ランボは手術室の前で泣きじゃくった。
 ファミリーの仲間がランボを何とか慰めようとするが、ランボはそれを素直に聞く事ができない。
 だって、昨日までのドン・ボヴィーノは穏やかな笑みをランボに向けてくれたのだ。
 慈しみの眼差しをし、他愛ない会話をし、一緒に散歩に行こうと約束したのだ。
 それなのに、今は手術室で生死の境を彷徨っているなど信じたくない。
「ランボ、落ち着くんだ。俺達が慌てても仕方ないだろ」
「そうだけどっ、でも、ボスにもしもの事があったら嫌だよ! ボスが死んじゃうなんて嫌だ!」
「まだ死ぬなんて決まった訳じゃない。だから落ち着いてくれ」
「無理だよ! そんなの無理!」
 ランボは仲間の慰めすら受け入れず、混乱したように泣きじゃくる。
 まったく聞き入れようとしないランボに困りきった仲間達は、今まで傍観していたリボーンに視線を向けた。
 ボヴィーノの者達から向けられる視線の意味にリボーンは僅かに眉を顰めるが、無視も出来ずにランボへと足を向ける。
「おい、帰るぞ」
 恐怖と悲しみで混乱したランボに、リボーンは淡々とした口調で言った。
 しかし、今のランボはリボーンの言葉でさえ聞き入れる余裕はない。
 ましてや帰宅を促すそれに、反発しか覚えなかった。
「何でオレが帰らなきゃなんないんだよ! ボスが手術室から出てくるまでは此処にいる!」
 そう、ドン・ボヴィーノの安否を確かめるまでは此処から離れたくなかった。誰よりも一番側にいたかったのだ。
 だが、そんなランボにリボーンは呆れにも似た溜息を吐いた。
「泣き喚くだけの奴がいても邪魔になるだけだ。お前の待機場所は自分のアパートにしろ」
 リボーンはそれだけを言うと、ランボの腕を掴んで強引に連れて行こうとする。
「ちょっと離せよ! 離せってば!」
「お前は邪魔になるだけだ。今は他の奴に任せておけ」
「邪魔じゃないよ! どうしてオレが邪魔なんだよ?!」
 ランボはリボーンの手を振り払おうと必死に抵抗するが、力強いそれはどんなに足掻いても解くことは出来ない。それどころか、ますます力が籠められてしまう。
「今はボスの側にいさせてよ!」
 ランボは泣き叫ぶように言った。
 それはどうしようもない恐怖を訴えるような叫びだった。
 だがそれと同時に、それは子供の駄々にも似た響きを持っていた。
 ランボが泣き喚けば喚くほどリボーンの表情は顰められていったのだ。
「いい加減にしろ。お前もファミリーの人間なら、ファミリーの事を考えろ」
 リボーンは淡々とした様子でそう言った。
 その言葉に、ランボは顔を上げる。
 そして自分を心配するファミリーの仲間達を前に、リボーンの言葉の意味を察した。
 ファミリーの仲間達はランボに帰るように促すが、ランボの気持ちはちゃんと分かってくれているのだ。ランボが苛まれる恐怖も焦りも理解してくれている。何故なら、それはファミリーの仲間達も同様の思いを抱いているからである。
 しかしこのような状況だからこそ、感情のままに取り乱したランボを残しておく訳にはいかなかったのだ。
 ボヴィーノファミリーは穏健派とはいえマフィアである。裏社会においてマフィアのボスが倒れるという事は、ファミリーにとって危機的状況に繋がる一大事だった。
 ボスがいないという事はファミリーの統率力が低くなるという事であり、その隙を狙う他ファミリーの侵略を塞がなければならない。又、病院は恰好の襲撃先にされやすく、ドン・ボヴィーノの警護も万全なものにする必要があるのだ。
 その為、ただ単純にドン・ボヴィーノの心配をしている訳にはいかず、ランボのように感情のまま取り乱す者は邪魔でしかないのである。
 これは無情であるが正論だった。
 それを察したランボは力なく項垂れる。
 ランボもファミリーの人間として、ボヴィーノを守る為に自分の立場を弁えなくてはならない。
「……分かった」
 納得したランボは小さく頷いた。
 ドン・ボヴィーノの側を離れる事に不安を覚えるが、今の自分が此処に残っても邪魔なだけなのだ。
 ランボが頷くと、ファミリーの仲間達は「宜しくお願いします」とリボーンに頭を下げた。
 リボーンはそれに片手を上げて返すと、ランボを伴って病院を出る。
 引き摺られるようにして歩き出したランボは何度も手術室を振り返ったが、リボーンに促されるままドン・ボヴィーノの側から離れたのだった。





 病院を出たランボは、リボーンに自宅アパートまで送ってもらった。
 病院を出てからのランボは幾分か落ち着きを取り戻してきたが、それでも車から降りてアパートへ向かう足取りは心許ない。
 それを目にしたリボーンは仕方ないという気持ちで自分も車から降りる。
 リボーンとしてはこのままランボを放って帰ってしまう事も考えたが、ドン・ボヴィーノが倒れて弱々しい様子を見せるランボに僅かな同情を抱いたのだ。
 こうして二人はランボのアパートに入った。
 郊外にあるランボのアパートはダイニングキッチンとリビングだけの狭いものだが、一人暮らしをするには充分な広さを持っている。
 病院から帰った今は夕日が沈む刻が迫り、窓から外を望めば空は夕陽の色に染まっていた。
 夕刻の薄暗い室内に入った二人は、無言のまま時間を過ごす。
 その中でランボは項垂れたままソファに座り、リボーンが側にいても構うことなく泣いていた。
 幾分の落ち着きを取り戻したとはいえ、恐怖に苛まれた心が晴れる筈が無いのだ。
 目を閉じれば元気だった時のドン・ボヴィーノの姿が瞼に浮かび、そして次には最悪の予想をして心が乱れる。
 無事でいて欲しいと祈りながら、その心は恐怖で重く沈むのだ。
 今のランボは何も出来ない不甲斐無さと、得もいえぬ恐怖に嘆いている事しか出来なかった。
「リボーン、どうしよう……。ボスに何かあったらどうしよう……っ」
 ランボは側にいるリボーンに嘆きを訴える。
 自分の中で恐怖が渦となり、膨れ上がったそれは外を目指す。一人で耐え切れない恐怖を、誰かに知っていて欲しいのだ。
 ランボは涙で濡れた瞳をそのままに、一緒にいてくれるリボーンを見つめる。
 そんなランボの弱々しくも哀れな眼差しを向けられ、リボーンは小さく息を吐くとキッチンに入っていった。
 そして少ししてリボーンはホットミルクを持ってランボがいるリビングに戻ってくる。
「これでも飲んで少し落ち着け」
 好きだろ? とリボーンからホットミルクの入ったマグカップを差し出された。
 意外なリボーンの行為にランボは驚き、呆然とした面持ちで湯気の立つマグカップを見つめる。
 普段のリボーンからは考えられない行為に、ランボは恐る恐るマグカップに手を伸ばす。
 両手でマグカップを包めばカップの温かさが手の平にじんわりと伝わり、それがランボの気持ちをゆっくりと和らげていく。
 この非常事態の中で和らいでいく気持ちに少し困惑すれば、リボーンから「さっさと飲め」と促されてランボは躊躇いながらもカップに口をつけた。
 一口飲めば温かなミルクが口内に広がり、喉を通って全身に染み渡っていく。
「うっ、うぅ……ぅ」
 その瞬間、ランボの瞳から新たな涙が溢れ出した。
 適度なアルコールを混ぜられたミルクはランボの全身を温かいもので満たし、張り詰めていた恐怖と緊張の糸が切れたのだ。
 ランボの翡翠色の瞳から次から次へと新たな涙が溢れだす。
 甘い味付けをされたホットミルクは安堵を齎し、染み渡る心地良さに促されるようにランボの中で張り詰めていたものが和らいだのだ。
「リボーン、ありがとう……」
 ランボはリボーンを見つめ、微かに笑ってみせた。
 瞳は濡れたものだが、今の涙は悲しさや絶望だけのものではない。
 完全に恐怖が薄れた訳ではないが、今はリボーンの優しさが嬉しかった。
 そう、ランボに齎されたこの安堵感はリボーンが導いたものである。
 普段は素っ気無いリボーンであるが、一度懐に入れた者に対しては思いがけない程の優しさを向けてくれる事がある。
 それを知っているランボは、リボーンのこの優しさもその一つだと思った。
 リボーンに他意はなく、長年付き合いのあるランボが目の前で深く気が沈んでいるから、只それを放っておけなかっただけなのだ。
 だがそれを知っていても、いつになく優しいリボーンに嬉しい気持ちが込み上げた。
 好きな人から甘やかされ、優しくされれば誰だって嬉しくなるものだろう。
 普段のリボーンが覗かせる優しさは僅かなもので、その本質は隠れて見えない事が多いのだ。でも今、それを見せてくれた。
「ありがとう」
 ランボが素直に礼を言うと、リボーンは微かに目元を和らげる。
 それは小さな表情の変化だが、そこには確かにランボの気持ちが落ち着いた事への安堵があった。
「ああ。それじゃあ俺はそろそろ戻るぞ」
「えっ、もう帰るの?」
 しかし、ランボの緊張が解けたのを見届けたリボーンは、そのまま素っ気無く帰って行こうとする。
 それを目にしたランボは焦ってしまった。
 せっかくリボーンの優しさに心地良くなれたというのに、帰ってしまうというリボーンが惜しくなったのだ。
「待って……っ」
 そして気が付けば、ランボは咄嗟に立ち上がって帰ろうとするリボーンのスーツを掴んでいた。
 スーツの端を掴み、縋るようにリボーンを見つめる。
 引き止められたリボーンはランボを振り返るが、その顔は何の用だ? と僅かな不審を見せていた。
 リボーンに向けられた不審にランボも息を飲む。
 咄嗟に引き止めてしまったものの、ランボ自身もどうして行動を起こしてしまったのか分からなかった。
 ただ、考えるよりも先に身体が動いてしまったのだ。
 引き止めたことでリボーンに不審を向けられ、ランボは言葉に惑う。
 何を言って良いのか分からない。
 どうして引き止めてしまったのか、体裁の良い理由が思いつかない。
 ランボがリボーンを引き止めたのは、自分から離れていって欲しくなかった。傍にいて欲しかった。それだけなのだ。
 しかしそれを言葉にする事に躊躇ったランボは、困惑したようにリボーンを見つめる事しか出来ない。
 こうして室内には奇妙な沈黙が落ち、二人は無言のまま見つめあうという時間が続いた。
 だがその中で、不意にランボの視界の端に先ほどのマグカップが映った。
 それはリボーンがランボの為にホットミルクを作ってくれたもので、それを見たランボは自分に向けられたリボーンの優しさを思いだした。
 今のリボーンは弱っているランボを前に、いつにない優しさを向けてくれている。
 アパートまで送り届け、そのまま今まで一緒にいてくれた。
 そんなリボーンに、ランボは気付く。
 今なら、――――リボーンの同情を買える。
 だってリボーンはランボを哀れんでいる。
 ドン・ボヴィーノが倒れた事で恐怖に苛まれているランボをリボーンは同情している。
 先ほどのリボーンの優しさは、その同情から齎されたものだ。
 ランボはリボーンの優しさが欲しい。
 先ほどの、恐怖と緊張の糸が切れたような安堵感にもっと包まれていたい。
「リボーン……」
 ランボはリボーンを見つめたままその名前を口にした。そして。
「……傍にいて」
 ランボは震える声色で欲しいものを口にした。
 ランボがその言葉を紡ぐと、リボーンの表情が僅かに変化する。
 リボーンの困惑を滲ませた表情にランボは怯みそうになるが、心を叱咤して視線を逸らさなかった。
 瞳を涙で濡らし、必死な面持ちでリボーンを見つめる。
 涙で濡れた瞳は、きっと哀れみを誘うには充分なものだろう。
 何より、ランボはリボーンに恋愛感情を寄せている。
 そしてその恋愛感情にリボーンは気付いている。
 ランボの方はリボーンの心が何処にあるかなど知らないが、リボーンの方はランボの想いに気付いているのだ。
 ならば、リボーンは気付いているだろう。
 今、ランボがリボーンに紡いだ言葉の真意を、縋るような眼差しが何を乞うているかを、その誘いの意味を。リボーンは察した筈だ。
「リボーン……」
 ランボはリボーンの名前を小さく呟いた。
 呟きとともに、ゆっくりとリボーンとの距離を縮めていく。
 表情では哀れを誘いながらも、内心では「もう少し、もう少し」と苦しいほど胸が高鳴っていた。
「リボーン、今は傍にいてよ……」
 紡いだ言葉は、今にも消えてしまいそうなほど弱々しいものだった。
 ランボの涙で濡れた瞳は切なげに揺れ、それは同情や哀情を引き出すには充分な要素となる。
「……リボーン」
 ランボはもう一度その名前を呼ぶと、リボーンの肩口に顔を埋めた。
 リボーンに触れていると思うと、心が喜びで震えだす。
 でも今はそれを隠し続けなければならない。
 喜びを隠し、哀情を誘わなければならない。
「今は一人でいたくないよ」
 怖いよ、不安だよ、助けてよ、と哀れを誘う表情でランボはリボーンに訴えった。
 そして、徐々にリボーンの口元へ自分の唇を寄せていく。
「お願いだから、傍にいて」
 縋るような願いを籠めた唇で、リボーンの唇に触れる。
 夕陽が射し込む中、二人の影が重なった。
 唇を重ねた時、ランボは拒まれる可能性に一瞬だけ恐怖する。
 しかしそれは杞憂となり、ランボが仕掛けた口付けが拒まれる事はなかった。
 それに勢いを煽られたランボは、口付けを更に深めていく。
 リボーンの口内に舌を忍ばせ、躊躇いながらも欲するように口付けを深めていったのだ。
 こうした口付けを続けるうちに、やがてリボーンの舌がランボに絡んで愛撫のような口付けへと変わりだす。
 同情だけで此処まで持ち込めたなら、後は流れに任せるだけだった。
 ランボは口付けを交し合いながら、リボーンのネクタイを解き、スーツの上着を脱がしていく。
 唇を重ねれば、次は身体を重ねたくなる。
 相手に好意を寄せているから、もっともっとと欲しくなる。
 そう、だからランボは哀れみを誘いながら、口付けの先を誘うのだ。
「リボーン、今は一人でいたくないんだ。だから、傍にいてよ」
 これは一時の惑わしのような言葉だった。
 儚さを帯びたそれは、向けられる同情を助長させる為のもの。
 ランボは同情に付け入り、リボーンが欲しいと強請ったのだ。
 ランボの指先がリボーンのシャツの前を寛げれば、リボーンの手がようやくランボの衣服を乱しだす。
 ランボはリボーンの広く硬い胸板に触れながら、自らも服を脱いで乳白色の素肌を露わにしていく。
 そして、そのままゆっくりと側にあるソファにリボーンを引き込んだ。
 ランボは自分に覆い被さるように引き込んだリボーンを見上げ、緊張と不安に息を飲む。
 ランボにとってこのような行為は初めてで、ましてや同性との行為は知識しか持っていないのだ。
 しかし今は夢中だった。今は形振り構っていられず、手にした機会を逃したくなかった。
 リボーンの唇がランボの首筋を辿り、そのまま胸の突起へと降りていく。
 ランボは自分を抱こうとしてくれているリボーンに喜びを覚え、この流れが自分の望んだとおりになっていく事が嬉しかった。
 最初、この行為へ流れを持っていく事は賭けのようなものだった。
 もしリボーンが一般的な貞操観念を持っていたなら、この賭けは成立しない。ランボも最初からこのような流れは作っていない。
 数多の愛人を持つリボーンだから、同情でランボを抱くことは有り得るかもしれないと思ったのだ。
 そして、その予想は的中した。
 本来なら、同情を行為に繋げるなど愚かなことなのかもしれない。
 でも、ランボはずっと欲しかった。
 それを手にする機会があるなら、同情でも何でも構わない。
「ん……っ」
 ランボの唇から甘い吐息が漏れだす。
 胸の突起にリボーンの唇が寄せられ、舌先で転がされたのだ。
 徐々に深くなる愛撫に、ランボの背筋に甘く痺れるような感覚が走る。
 脇腹や腹部を撫でていたリボーンの手が下肢の中心を目指しだし、それとともに全身の熱が下肢へと集まりだすようだった。
 そしてズボンの前を寛げられ、その隙間からリボーンの手が侵入する。
 未だ下着を身につけたままとはいえ、下肢の中心に近付くそれにランボは息を飲んだ。
「っ……ぅ」
 下着越しとはいえ性器を覆うように手の平で包まれ、揉むように愛撫される。
 性器へ与えられる愛撫は熱を高め、ランボはリボーンから与えられる快感に身を硬くした。
 いくら相手が好きな人とはいえ、ランボにとって同性との性行為は初めてなのである。緊張や不安を覚える事は当然だったのだ。
 だが、ランボは無意識に身を硬くしている自分に気付くと、慌てて全身の力を抜いた。
 今、ランボは同情によって抱いてもらっているのだ。
 自分の所為で行為が中断されるなど持っての他で、こんな事でリボーンにつまらない奴だと思われたくなかった。
 叶うなら「また抱きたい」と、そう思われたい。
「リボーン、待って……」
 ランボは自分の下肢に触れているリボーンの手に手を重ねると、愛撫する行為を中断してもらう。
「オレだってリボーンを気持ち良くしたいよ」
 ランボはそう言って自分を組み敷くリボーンの下から抜けると、リボーンをソファに座らせ、その足元に膝を着いた。
 ランボはリボーンのベルトを外し、ズボンの前を寛げてそこから肉棒を取り出す。
 初めて見るリボーンの肉棒は赤黒く、その質量もランボのものとは比べ物にならないものだった。自分でここまで誘っておきながら、子供の腕程もあるそれにランボは怯んでしまいそうになる。
 しかし此処まできて逃げだす訳にはいかないのだ。
 ランボは怯みそうになる心を叱咤し、緊張と不安を封じるように大きく息を飲む。
 そして肉棒を両手で包み、先端に唇を寄せた。
 舌先で肉棒の先端を舐め、両手で支えながら側面を舐めては口付ける。
 ランボは初めての口淫を始めは恐る恐る行なっていたが、しばらく続けるうちに愛撫は大胆さをみせるようになっていった。
 感覚を掴み始めた事で、肉棒を口で愛撫するという抵抗感が薄れていったのだ。
「ん……ぅ」
 ランボは口を大きく開けてリボーンの肉棒を口に含む。
 口内に含めば硬さと質量が更に増し、喉奥まで咥えれば息苦しさに咽せてしまいそうになる。
 だがランボは生理的な涙を浮かべながらも、必死で口淫を続けた。
 咥えた肉棒に舌を這わせ、時折強く吸い上げる。
 咥えきれない根元は手で扱くように愛撫し、何とかリボーンの快感を高めようと頑張った。
「う……く」
 ランボの口からは呻きに似た声が漏れる。
 ランボにとって初めての口淫は苦しいだけのものだが、止めるという選択肢だけは浮かばなかった。
 だって、この肉棒を自分の中に挿れてしまえば行為は事実となる。
 そう、リボーンがランボを抱いたという揺ぎ無い事実。
 リボーンからすれば性行為など遊戯に等しいものかもしれないが、身体を繋げる行為である事には変わり無いのだ。
 ランボは口淫を続けながら、自分の指先を唾液で濡らして自身の双丘へと伸ばす。
 自分で双丘に手を伸ばすなど羞恥以外の何ものでもないが、今のランボは少しでもリボーンの快感を高め、早く繋がってしまいたいと急く気持ちがあったのだ。
 ランボは躊躇いつつも、濡らした指で双丘の奥まった場所にある後孔に触れてみた。
「んっ」
 触れた瞬間、ランボの肩がぴくりと揺れる。
 触れたのは自分の指だというのに、後孔に触れる事に拒絶感を覚えてしまったのだ。
 しかし怯む訳にはいかず、急かされる気持ちに後押しされてもう一度指を伸ばす。
 今度は身体の拒絶反応を無理やり抑え、ランボは指を強引に後孔に挿入させた。
「う……っ、く……」
 指は一本だけだというのに、迫るような違和感と圧迫感に襲われる。
 だがランボは口淫を続けたまま、指は強引に後孔を解し続けた。
 これはランボにとって苦痛なだけの行為である。
 口淫の息苦しさと、後孔からの息が詰まるような圧迫感に、ランボはどうしようもない苦痛を覚えている。
 でも苦痛に耐え、急かされるように後孔を解し続けた。
 初心者のランボが後孔を上手く解せる筈がないのだが、今は早くしなければと急かされるような焦りに支配されていたのだ。
 少ししてランボは後孔から指を引き抜くと、肉棒から口を離して顔を上げる。
 後孔は完全に解された訳ではなかったが、これ以上時間をかける事をランボは恐れたのだ。
 その恐れとは、リボーンを待たせてはいけないという焦りの気持ちである。
 ランボはリボーンに恋愛感情を寄せるが、リボーンもランボにそれを向けてくれている訳ではないのである。
 だから、ランボは早く繋がってしまいたかった。
 早く繋がり、事実を揺ぎ無いものにしておきたかった。
「リボーンが……欲しいよ」
 ランボは囁きに似た声色で言うと、一糸纏わぬ姿になり、リボーンの膝の上に向かい合うようにして跨った。
 そしてリボーンからの拒絶が無い事に背を押されたランボは、肉棒の先端を自分の後孔にあて、そのままゆっくりと腰を沈めていく。
「う……っ、あ……!」
 リボーンの肉棒は指とは比べ物にならないほどの圧迫感と異物感だった。
 腰を沈めれば沈めるほど、全身に裂かれるような痛みが走る。
 挿入を開始した後孔からは熱く焼けるような痛みを覚え、まるで串刺しにでもされているかのような激痛だった。
 やはり後孔は完全に解れておらず、まだ肉棒を受け入れられる状態ではなかったのだ。
 ランボは挿入を進めていた腰を止め、このまま抜いてしまおうかと迷う。
 しかしその迷いは一瞬だけのものだった。
 これくらいの痛みで、ようやく訪れた機会を逃したくなかったのだ。
 ランボは痛みと緊張で硬くなる身体を叱咤し、何とか全身から力を抜こうとする。
 こうして少しでも身体から力が抜ければ、ランボは直ぐに腰を沈める行為を再開した。
「んんっ、あ……くっ」
 ランボは苦悶の表情を浮かべ、必死に痛みを耐え続ける。
 リボーンが相手とはいえ、この行為は少しも気持ち良いものではなかった。
 最初から独り善がりという事は承知しているが、痛くて苦しいだけの行為だったのだ。
 でも、もう後戻りは出来ない。否、するつもりはない。
 欲したランボが、それを得る為に自分から行為を起こしたのだ。
 例え最初は同情でも、最終的に得ることが出来れば良いのである。
 そうした強い思いにランボは勢い付くと、肉棒の根元まで一気に腰を沈めた。瞬間、今までとは比べられない激痛が全身を駆け抜ける。
「くっ、い……!」
 痛い、と続くはずだった叫びをランボは寸前で飲み込んだ。
 ランボはあまりの激痛に叫びそうになったが、咄嗟に唇を噛み締め、激痛の叫びすらも今は耐えた。
 何故なら、ランボは「痛い」という言葉すら口にするのを恐れたのである。
 ランボから発する痛いという言葉が、リボーンの気持ちを萎えさせてしまうかもしれないと思ったのだ。今のランボにとって痛みよりも耐え難いのはそれだった。
 ランボは自分の後孔に肉棒を強引に収めると、唇を強く噛んだまま腰を動かしだす。
 本当なら腰を動かすなど不可能に近く、あまりの激痛に今にも気を失ってしまいそうな状態である。
 でもランボは痛みに耐え、叫びそうになる唇を噛み締め、リボーンの快感を高める為だけに腰を動かした。
 あまりの激痛に気を失ってしまいそうになるが、腰を前後に揺らし、抜き差しを繰り返す。
「ひ、あ……ぅっ」
 途中ぬるりとした感触を結合部に感じ、ランボは後孔が切れて血が出た事を知るが、リボーンの欲を開放するまではと耐え続けた。
 リボーンに気持ち良いと思ってもらえれば、また次も抱いてもらえるかもしれないのだ。その機会に繋げる事ができるなら、自分の痛みなどどうでもいい。
 ランボは腰を動かしながら、眼前のリボーンに恐る恐る視線を向けた。
 今、リボーンはどんな顔をしているだろうか。
 男に跨って腰を振る自分を、醜態だと呆れた眼差しで見ているのだろうか。
 それとも、可哀想に……と同情を向けているのだろうか。
 しかし、夕暮れで薄暗かった室内は、時間の経過で完全な夜の闇に包まれていた。
 夜闇に遮られ、リボーンの顔があまりよく見えない。
 リボーンの姿がよく見えない事は残念だが、今は心の何処かで安堵していた。
 リボーンの表情は判別できないが、今はどちらでも良かったからだ。
 何故なら、これは一方的な行為であり、同情が齎したものだとランボも自覚しているからだ。
 しかし今のランボは、この同情や哀情という感情に一縷の望みを抱いている。
 同情や哀情だって、一つの感情だ。
 この感情から齎される行為は、ランボにとって優しいものだ。その優しさは、テーブルに置いたままのマグカップが証明している。
 リボーンからそれを得られるという事は、それだけリボーンの中で自分の占める位置が確かだという事なのだから。
 だから、ランボはこれが同情でも構わなかった。
 この行為が同情の延長線上にあるものだと知っていて受けている。
 そう、同情でも良いからと自分から欲したのである。
 今は同情から発生した身体だけを繋げる行為だが、この行為の先にリボーンを得られる可能性があるならそれで構わなかったのだ。






 翌日の朝。
 朝陽の光が窓から射し込み、その眩しさにランボはゆっくりと眠りから目覚めた。
 目を開ければ見慣れた寝室の天井が視界に入り、起き抜けのランボは大きく伸びをしようとする。
「い、痛い……っ」
 だが身体を伸ばそうとした瞬間、ランボの全身に激痛が走った。
 あまりの痛みにランボは蹲るが、その痛みに昨夜の行為を思いだす。
 思い出したランボはハッとして周囲を見回し、「リボーン、いるの?」とリボーンを探そうとした。
 だが側にリボーンの気配は感じられず、リボーンが帰ってしまっている事に気付く。
 それはランボにとって寂しく残念な事であるが、当然の事だと思い直した。
 昨夜はランボから行為を仕掛け、とうとうリボーンと身体の繋がりを持つことが出来たのだ。
 行為の内容は酷く一方的なもので、醜態に近いものを曝したのを覚えている。
 リボーンは呆れてしまっただろうか……と心配になるが、たとえ同情が齎した行為であっても、ランボにとっては大きな意味を持つものだったのだ。
 しかし、呆れられたかもしれないというランボの心配は、杞憂であると直ぐに思い直す事が出来た。
 だって今、ランボは寝室のベッドにいる。
 昨夜の行為は最後までリビングのソファで行なわれた筈で、あの時のランボが一人で移動するなんて不可能だ。
 しかも今のランボの身体は清潔に清められ、リボーンを受け入れた後孔は手当てをされている。
 ランボはリボーンが寝かせてくれたシーツに包まり、口元に微かな笑みを刻みながらも少し困った顔をした。
「止めてほしいよ、こういう事するの……」
 リボーンがしてくれた行為の始末は、中途半端に優しいものだ。
 もし行為が終わったまま放置されたなら、ランボはリボーンを諦めたかもしれない。
 抱いている恋愛感情がマイナス感情に変化したかもしれない。
 しかし、あんな醜態を曝したというのに、リボーンから向けられたそれはマイナスに繋がるものではなかった。
 リボーンの優しさは尚も続いたのだ。
 だがだからといって、リボーンはランボに特別な感情を抱いている訳ではないだろう。
 もしリボーンもランボに対して同様の想いを抱いていれば、昨夜の行為はもっと違った形のものになっていた筈である。
 それはランボにとって残念な事であるが、それでもランボがそれほど気落ちする事はなかった。
 ランボは、リボーンが見せてくれた中途半端な優しさに縋ろうと思う。
 縋る術ばかりが頭に巡る。
 身体を繋げたのだから、その繋がりを最大限に利用したいという思いばかりが込み上げてくるのだ。
 ランボの身体は昨夜の無理な行為の所為で熱を持ち、お世辞にも良好といえる状態ではない。
 しかし内心では、ようやく持てた繋がりに満足感で満たされていた。
 こうしてランボは満足感に浸っていたが、ふと、ベッドサイドに置かれていた携帯電話の着信音が鳴り響く。
 ランボは誰だろう? と首を傾げるが、携帯画面に描かれた着信相手の名前に慌てて着信ボタンを押した。
「もしもし、ランボですっ」
『ああ、ランボ。やっと出たな、昨日から何度も電話してたんだぞ?』
「……ごめん、昨日は出られなかったんだ」
 着信相手は病院で待機していたファミリーの仲間だった。
 仲間から言われた言葉に着信履歴を見てみれば、確かに何度も着信を残している。
 ランボは着信に出られなかった理由を言えぬまま謝るが、今はそれよりもドン・ボヴィーノの事が気になった。
「ところでボスは?! ボスの手術はどうなったの?!」
『心配するな。手術は成功した』
「良かった……っ」
 成功という言葉を聞いた瞬間、ランボの全身が脱力する。
 苛まれていた恐怖が晴れていき、安堵感で一杯になった。
 しかし、仲間の男は『安心するのはまだ早いぞ』と厳しい口調で言葉を続ける。
『手術は成功して一命は取り留めたが、まだ油断が出来ない状態だ。手術が終わってからも、ボスの意識は戻っていない』
「そんな……」
 手術は成功したというのに、まだ安心出来ない事にランボは酷く落胆した。
『ボスは集中治療室に入っている。また会いに行ってこい』
「うん。今から病院に行くよ」
 ランボはそう言うと、「それじゃあ」と携帯電話の着信を切る。
「ボス、まだ目が覚めないんだ……」
 集中治療室で手術後の経過を過ごしているドン・ボヴィーノを思い、ランボの瞳に憂いが宿る。
 手術を無事に終えたとしても油断は許されず、元気だった頃の姿に戻るには長い時間を要するのだ。
 せめて意識が戻れば良いのだが、今はそれすらも願うばかりの状態だ。
 ランボは痛みを残す身体に顔を顰めながらも、ゆっくりとベッドから離れる。
 出掛ける準備をし、ドン・ボヴィーノを見舞う為に病院に行くのだ。
 そして病院の帰りにリボーンに会いに行こうと決める。
 少し顔を合わせ辛いとも思ってしまうが、掴み始めた絶好の機会を逃したくなかったのだった。





 ドン・ホヴィーノのお見舞いを終えたランボは、そのままボンゴレ屋敷へ向かっていた。
 ドン・ボヴィーノの容体は電話で聞いていた通りのもので、目覚めぬ身体は集中治療室で治療を受けていた。
 ランボはドン・ボヴィーノの枕元で何度も名前を呼んだが反応が返される事はなく、青白くやつれた顔をずっと側で見守っていたのだ。
 しかし何時までも立ち尽くしている訳にはいかず、ランボは他の仲間に後は任せて病院を後にした。
 ランボも病院でドン・ボヴィーノを警護する役目を申し出たが、ヒットマンとして未熟なランボでは了解を得られなかったのである。
 病院を後にしてボンゴレ屋敷に向かったランボは、綱吉への挨拶を済ませてリボーンの私室に向かう。
 リボーンは仕事の関係で自宅よりも屋敷で過ごす事が多く、屋敷に自分の私室を用意させてあるのだ。
 リボーンの私室の前まで来たランボは緊張した面持ちで扉を見つめる。
 扉の向こうにリボーンがいるのだと思うと緊張してしまう。
 だが、緊張しながらも今のランボは扉を開ける事に迷いはなかった。
 一抹の不安はあるが、それでもリボーンと会う事に躊躇いはない。
 何故なら、身体を繋げたという揺ぎ無い事実があり、後始末をしてくれたという痕跡まで残してくれたのだ。
 今のランボにとってそれだけで充分で、それだけに後押しされている。
 ランボは、リボーンの気を引けるなら同情でも何でも構わなかった。
 ドン・ボヴィーノを心配する気持ちに嘘はない。只、それをリボーンの前で大袈裟なくらいに振る舞えば良いだけなのである。
 同情から始まるそれでも、身体を重ね続ければ、いつか同情が愛情に変わる日がくるかもしれないのだから。
 だから、もっと自分を哀れんでもらえば良いだけなのだ。






第二章



 ドン・ボヴィーノが倒れてから数日が経過した。
 その間、ランボは毎日のように病院に通っていたが、ドン・ボヴィーノが目を覚ます事はなかった。
 手術は成功して一命を取り留めたが、脳卒中とは脳の病気なのである。身体の一命を取り留めても、脳の一命を取り留めなければ意味がない。
 ドン・ボヴィーノはきっと目を覚ましてくれると信じているが、植物状態になってしまうという可能性も捨てきれないのだ。
「ボス、お願いだから目を覚ましてください……」
 ランボはドン・ボヴィーノの枕元に立ち、目覚めぬ姿を見つめながらぽつりと呟く。
 現在、容体が安定したドン・ボヴィーノは集中治療室から出て個室へと移された。個室といっても一般病棟ではなく、病院の最上階にある来賓室である。中小規模とはいえボヴィーノはマフィア組織という事もあり、護衛の関係もあって一般病棟で入院する訳にはいかないのだ。
「ボス、ボス……」
 何度ドン・ボヴィーノの名前を呼んだだろうか。
 ドン・ボヴィーノが倒れてから数え切れない程その名を呼んだが、ドン・ボヴィーノは目覚める気配すら見せない。
 ドン・ボヴィーノが目覚めないという事はランボにとって辛い事だったが、それ以上にファミリーにとっても大変な事だった。
 ボヴィーノファミリーはボスという中核を空席にしてから数日が経過したが、ファミリーの求心力は日に日に落ちていっているようなのだ。上層部の幹部達がファミリーを守っているが、あまりに突然だった事に混乱も引き摺っている。
 マフィアとして未熟なランボの元には中枢の情報など早々回ってこないが、それでもこのままではファミリーが弱体化する事は目に見えていた。
 そして今、ボヴィーノファミリーが最も恐れているのが他ファミリーの侵攻である。
 求心力を落としたファミリーは隙だらけとなり、そこを付け狙われる可能性は大いに考えられるのだ。否、可能性が大いにあるという可能性の問題ではなく、既に他ファミリーは不穏な計画を企てていると見ても良いだろう。
 実際にファミリーの上層部にいる者達が軽い襲撃を受けたという情報が入ってきている。小規模な襲撃だったという事と、今はファミリー内で波風を立てるわけにはいかないという判断から情報統制されているが、確かな筋の情報として出回っているものだ。
 ボスという立場が空席になるという事は、それが例え一時であったとしても組織にとって大打撃となるのである。
 ランボはドン・ボヴィーノを見つめ、祈るようにその名を繰り返し続けた。
 こうして病室内にランボの呟きだけが響いていたが、ふとノックの音が混ざる。
 突然の来訪者を告げるノックにランボは目を瞬かせたが、「どうぞ」と促せば病室の扉が静かに開かれた。
「容体はどうだ?」
「リボーン……」
 病室に入ってきたのはリボーンだった。
 まさか病院で会うとは思っていなかった相手に、ランボは少し驚いた表情をしてしまう。
 しかしそうしたランボの驚きをリボーンが気にする事は無く、ランボの側まで歩いてきた。
「ツナの代理で見舞いに来た。ドン・ボヴィーノの容体は?」
「見ての通り、まだ意識は戻ってないよ」
「そうか」
 リボーンはそう言うと、ランボの隣でドン・ボヴィーノに視線を落とす。
 そんなリボーンの姿を横目に、ランボはドン・ボヴィーノを見つめる憂いの表情を色濃くした。
 その憂いはリボーンを強く意識したものだ。
 ドン・ボヴィーノを心配する心に嘘はないが、ランボはリボーンの同情を利用する事を決めている。
 初めてリボーンと身体を重ねた時から現状に至るまで、リボーンとランボは曖昧な関係が続いていた。
 曖昧な関係に名前はなく、恋人でも愛人でもないそれは身体を繋げるだけの関係なのだ。
 今のランボは抱いてもらう時に「側にいてほしい」と寂しさと不安を強調し、同情を誘って流されるまま身体を繋げている。
 しかし、そんな曖昧な関係に甘んじながらも、いずれ身体を繋げるだけでない関係になっていきたい。
 リボーンの事が好きだから、唇を重ねれば次は身体を繋げたくなり、最後は心が欲しくなる。
 同情から発生するものであっても、否、それさえも利用して手に入れたいのだ。
「……早く目が覚めて欲しいよ」
 ランボは翡翠色の瞳に薄っすらと涙を浮かべ、嘆くように言葉を続ける。
「ボスが倒れてから、他のファミリーがボヴィーノを狙ってるんだ。まだ大きな企てがあるっていう情報は回ってきてないけど、それも時間の問題らしくて」
 ファミリーを守らないと、とランボは真摯な面持ちで言った。
 こうしてランボは切々とした様子を見せ続けた。
 今、こうした姿を見せる事で、リボーンは自分の事をどう思ってくれているだろうか。
 可哀想だと思ってくれているだろうか。放っておけないと思ってくれているだろうか。
 ランボはその事ばかりを考えていた。
 同情も一つの感情である。それを向けてくれているなら、ランボが望むとおりになっているという事である。
「……こんな事を言ってごめん。そろそろ帰ろうよ」
 リボーンの同情を可能な限り引きだす算段をするランボは、自分からこの場に区切りをつけた。
「オレも今からボンゴレに会いに行こうと思ってたし、リボーンもボンゴレに戻るんだろ?」
 ランボはドン・ボヴィーノの枕元から立ち上がると、そのままリボーンを促す。
 リボーンは始終黙ったままであったが、ランボがそれを気にする事はなかった。
 リボーンがランボに向ける眼差しには同情の色がある。
 それなら、それはランボの思い描いた通りのことなのだから。





 病院を出た二人は、そのまま街の大通りを歩いていた。
 行き先が同じボンゴレ屋敷という事もあり、二人が別々に帰る理由がないのだ。
 リボーンが二人きりでいる事をどう思っているかランボは分からないが、ランボの方は嬉しいと思っている。
 こうして二人で歩いているとまるでデートのようで、本当の恋人同士になったような思いがするのだ。
「リボーン、最近仕事の方はどうなんだよ」
「アホ牛には一生かかっても無理な仕事ばかりだ」
「……あんまり意地悪言うな」
 ランボが何気ない話題を振れば、リボーンは普段と変わらぬ素っ気無い様子を見せながらも答えてくれる。
 ランボはリボーンの返答に拗ねながらも小さく笑った。
 二人は身体を重ねる時や、ランボが同情を誘う時以外は、いたって普通の会話を交わす。
 身体を重ねているという密な関係でありながらも、以前と変わりないそれをランボは嬉しく思う。
 それはリボーンがランボに向けてくれる好意なのだ。その好意に恋愛感情が含まれていないとしても、そういった会話を許せるくらいの好意はあるという事である。
 気を引けるなら同情でも良いとランボは思っている。恋愛感情とは違っても、好意を向けられている状態はランボにとって願ってもない状態だったのだ。
 こうして二人は多くの人が行き交う大通りを進み、大通りを抜けると人気の少ない郊外に出た。
 郊外には石壁造りで背の高い家々が隙間無く建ち並び、その通路も石壁に囲まれた静かな場所である。騒がしい街から離れた此処は、情緒溢れる風景が広がる場所だった。
 その中を二人は歩いていたが、ふとリボーンが立ち止まる。
「どうしたの?」
 突然立ち止まってしまったリボーンにランボは首を傾げるが、――――その瞬間。
 不意に、ランボの身体はリボーンの腕に引き寄せられていた。
 それと同時に、複数の銃声が鳴り響く。
「え……っ」
 あまりに突然の事に、ランボは何の反応も返す事は出来なかった。
 ただ分かる事は、今までランボが立っていた場所に銃弾が発砲されたという事である。
 リボーンが咄嗟にランボを引き寄せなければ、ランボは間違いなく死んでいただろう。
 ランボはあまりに突然の事に硬直してしまったが、リボーンの方はランボを引き寄せたまま、懐から銃を取り出して瞬きのような早撃ちで暗殺者達を狙撃していく。
 ランボを狙った暗殺者は五人。
 リボーンは暗殺者達に反撃すら許さず、僅かな時間で銃撃戦を終了させた。
 しかし、僅かな時間で危機を乗り越えられたのは、此処にリボーンがいたからである。
 もしランボ一人だったなら、死んでいても可笑しくない状況だった。
 ランボは愕然とした面持ちで、自分を狙った暗殺者達の亡骸を見つめる。
 この暗殺者達は間違いなくランボを狙っていたのだ。その事実に、ランボの背筋に冷たい汗が伝う。
「リボーン、これって……」
 ランボは震える声色で言葉を紡ぐが、言葉は最後まで続かなかった。
 ランボが襲撃されたという事実は、ボヴィーノファミリーが狙われている事実が明確化されたという事である。
 未熟とはいえリング守護者という肩書きを持つランボは、敵マフィアからすれば充分標的対象となるのだ。
「ああ、ボヴィーノファミリーが狙われてるって事だろうな」
 リボーンに告げられ、ランボは付き付けられた事実に愕然となる。
 予想されていた事だが、こうして襲撃を受けた事でそれは否定出来ない事実となったのだ。
「……どうしよう」
 危機的状況に曝されたファミリーに、ランボは愕然としたまま呟く。
 ランボは身体を小さく震わせ、不安気な眼差しでリボーンを見つめた。
「オレのファミリー、これからどうなるんだろう……」
 そしてランボの口から紡がれた言葉はファミリーを案じる言葉だ。
 その言葉に嘘はなく、ランボは心からファミリーを大切に思っている。
 ファミリーが狙われている現状を嘆き、病の床に伏したドン・ボヴィーノを心配している。
 でもそれと同時に、今、この機会は自分にとって絶好だと捉えた。
 だって、今の自分はとても可哀想だ。
 敬愛するドン・ボヴィーノの意識は戻らず、大切なファミリーは危機に直面している。無力な自分は何も出来ず、悲観にくれる状況である。
「怖いよ……」
 もし此処にリボーンと一緒にいなければ、ランボは殺されていただろう。
 それならば、今の自分は怖がっても良い状況だ。
「どうしよう、リボーン。怖いんだ……っ」
 この恐怖に嘘はない。
 ただ、それを大袈裟なくらいに表現するだけだ。
 本来なら恐怖を訴える姿は滑稽な姿と映るだろう。でも、幼少時から甘やかされて育ったランボにとって恥ではない。
 ランボは涙を浮かべて切々とした表情で訴える。
 そんなランボを見るリボーンの眼差しは静かなものだった。
 リボーンの黒く鋭い眼差しがランボを見ている。ランボはこの眼差しが欲しい。常に自分に向けられていれば良いと思っている。
 例えそれが同情によって向けられたものであったとしても、ランボはそれが欲しい。リボーンになら「仕方ない……」と思われても良いのだ。
 そして今、リボーンがそれらの感情をランボに向けているのは確かだった。
 だから、ランボはその感情を利用する。
「リボーン、オレを好きになって……っ。不安を忘れさせてよ!」
 ランボは縋るように想いを告げた。
 リボーンは今までもランボの想いを知っていた。知っていて抱いていた。
 そしてランボはリボーンの優しさを知っている。普段は素っ気無いくせに、他人を冷たく切り捨てる事が出来る癖に、一度懐に入れた者に対しては最後の一線で捨て切れない優しさを持っている。その優しさを知っていて、ランボは付け込んでいるのだ。
 その優しさがあったから、リボーンはランボを慰める為に唇を重ねてくれた。身体を重ねてくれた。曖昧な関係ながらも側に置いてくれた。
 しかしランボはそれらを手にしたら、次は曖昧な関係から抜け出したくなった。
「お願い、オレを……好きになって」
 身に降りかかる不幸が同情を引く材料になっていく。
 同情を利用する事に躊躇いはなく、それが一縷の望みだとすら思える。
 躊躇わずに同情を引くランボは、可哀想な自分を好きになって欲しいと訴えた。今の自分を慰められるのはリボーンだけだから、とそれを訴えた。
「リボーン……」
 リボーンの名を口にするランボの声色は震えていた。
 翡翠色の瞳は涙に濡れ、表情は悲しみに歪んでいる。
 ランボは縋るような面持ちで、リボーンへと手を伸ばした。
 この伸ばした手にリボーンが手を重ねてくれたなら、それはランボの願いが叶ったという事である。
 リボーンに手を伸ばしたランボの手は縋るような力無いものだった。
 しかし、それすらも演出だった。
 可哀想な自分を大袈裟に演出し、リボーンの同情を誘うのだ。
 リボーンはきっとランボを見捨てないだろう。
 第三者から見れば愚かであり、リボーンもそれに気付いているだろうが、最後の一線という優しさを持つリボーンはきっと突き放す事は出来ない筈だ。
 ランボが伸ばした手に、リボーンは苦い表情とともに息を吐く。
 ランボはリボーンの苦々しい表情に一瞬だけ肩を震わせたが、伸ばした手を下ろす事はない。
 だって、リボーンの苦い表情はランボが思った通り「仕方ない」という諦めなのだ。
 そして。
「来い」
 そして、リボーンから返事となる言葉が紡がれた。
 同時にランボの手にリボーンの手が重ねられ、ゆっくりと身体を抱き寄せられる。
 リボーンの腕の中に包まれた瞬間、ランボは泣いてしまいそうだった。
 やっと手に入れた、と嬉しくて泣いてしまいそうだった。
 今のランボの表情は不安定な現状に恐怖を訴えるものだったが、――――心は歓喜に震えていた。






                                           同人に続く




今回は同情でお付き合いしてもらうランボの話です。





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