恋愛運命論





「何であんたがこんな所にいるんだよっ」
 夜特有の喧騒が背後に響く中、ランボは不機嫌な声色でそう言った。
 そんなランボの前には、黒いスーツを身に纏いボルサリーノを目深に被った男が一人。
 その男の名前はリボーンである。
 リボーンは口元に薄い笑みを刻むと、ボルサリーノの下から馬鹿にするような視線をランボに向けた。
「俺は休暇に決まってんだろ。お前は――――」
 リボーンはそこで言葉を切り、ランボの姿に目を細める。
「お前は、とうとうマフィア廃業か?」
 こうしてリボーンから続けられた言葉は、からかいを多分に含んだ言葉だった。
 ランボはその言葉にムッとした表情になり、リボーンをキッと睨んで「馬鹿にするなっ」と強気な言葉を返す。
 だが、どんなに強気を装っても、今のランボに説得力は皆無だった。
 そう、今のランボは普段の牛柄シャツではなく、仕立ての良いディーラー服を身に纏っていたのだ。
 しかしディーラー服だけならば仕事関係だと思えなくもない。実際、黒を基調にしたディーラー服は、ランボの乳白色の素肌と翡翠色の瞳に映え、見栄えだけならとても良かったのだ。
 そう、ランボは子供っぽい性格ばかりが目立って忘れられがちだが、その容姿は女性だけでなく一部の男性すらも惹かれてしまう整ったものだった。
 乳白色の素肌、翡翠色の瞳、その瞳を縁取る長い睫、唇はふっくらとして赤みが差し、大人びた造形をみせているのだ。そこから漂う雰囲気は年齢を重ねる毎に色気が増され、容姿の甘さだけでなく雰囲気の甘さに誰もが振り向くだろう。
 しかし、それは容姿だけを見ればという話である。
 ランボの性格は、その整った容姿や漂う色気を一発で粉砕させてしまうほど特色あるものだった。
 一言でいうならば、ヘタレなのである。
 ランボは幼い頃から泣き虫で臆病で甘えたがりな性格をしており、ヘタレに相応しく頭の回転も鈍かった。しかもそれと同時に負けず嫌いな所を持ち合わせていた為、リボーンに対してライバル意識を持つランボは、十年前からリボーンの命を狙って騒がしく纏わり付いているのである。
 そういった所ばかりが目立ってしまうランボは、せっかくの整った容姿を色褪せたものにしてしまう傾向にあったのだ。
 そんなランボであったが、マフィア歴だけは十年以上になり、その腕前はようやく世間でも認められるようになってきた。
 しかし、こうしたランボも、今の姿だけはリボーンに見られたくなかったと改めて思う。
 今のランボの姿は、確かに仕事の関係でディーラー服という着慣れぬものを着ていたが、その両手には何故か大きなゴミ袋を持っていたのだ。
 仕立ての良いディーラー服とゴミ袋は誰が見てもアンバランスなもので、ディーラー姿だけを見られるのは構わなかったが、ゴミ袋を持った姿だけは見られたくなかった。
「オレだって、好きでゴミ袋なんか持ってる訳じゃないんだからな!」
 ランボは誤魔化すようにそう言うと、両手のゴミ袋を背後に隠して「違うもん!」と焦ったように言い訳する。
 だが、そんなランボをリボーンは一笑すると、ゆっくりとした足取りでランボの目の前まで足を進めた。
「な、なんだよ……っ」
 突然近づいてきたリボーンに、ランボは怯えたようにピクリと肩を揺らす。
 ランボは幼い頃からリボーンを襲撃し、その度に恐怖を刻まれてきた為、リボーンの行動や言動に怯えてしまう傾向があるのだ。
 こうして内心の怯えを隠しながらも、ムッとした表情でリボーンを睨むランボ。
 そんなランボにリボーンは口端を吊り上げると、ランボの耳元にすっと唇を寄せた。
 そして。
「マフィア廃業したら俺に言え。愛人にしてやってもいいぞ?」
 甘く囁くようなリボーンの言葉。
 この言葉に、ランボは一瞬で頬を真っ赤に染めた。
「ふ、ふ、ふざけるな……!」
 ランボの手からゴミ袋が滑り落ち、囁かれた耳元を両手で押さえる。そして目元を染めたままキッとリボーンを睨み付けた。
「オレは、そんな冗談に付き合ってる暇は無いんだからな!」
 ランボは気丈にそう言い放つが、目元を赤く染めたままでは迫力は無い。
 しかも涙腺が弱いランボは、驚きのあまりじんわりと涙を浮かべている為、情けなさに拍車がかかるばかりだ。
 リボーンは、こうしたランボの様子に満足そうに目を細めると、「じゃあな」とあっさりと身を引いた。
 そしてリボーンはランボに背を向け、そのまま立ち去っていく。
 まるで何事も無かったように立ち去るリボーン。
 ランボはそんなリボーンの後ろ姿を、顔を真っ赤にしたまま見送ったのだった。
「……いったい何なんだよ」
 リボーンの姿が見えなくなると、ランボは安堵とともに力無い声色で呟く。
 リボーンに囁かれた耳元が、まるで熱をもっているような感覚がする。そして何より、たったあれだけの囁きで鼓動が早鐘のように高鳴っている。
 ランボはその場にずるずると座り込むと、高鳴る鼓動を抑えるように胸のシャツを握り締めた。
 いったい何年前からだったろうか……。
 リボーンがランボに甘い言葉を囁くようになったのは。
 ランボは幼い頃からリボーンを襲撃し続け、リボーンはそんなランボに対して容赦無く反撃していた。それは幼い頃から変わらぬ構図で、今も二人の関係は襲撃と反撃の上に成り立っている。
 しかし、数年前からリボーンはランボに対して先ほどのような甘い言葉を囁くようになった。
 普段はランボに対して意地悪で粗雑な扱いをする癖に、時々気紛れのように甘い言葉を囁いたり、優しく接したりするのだ。
 ランボは、どうしてリボーンが自分に対してそんな態度を取るようになったのか分からない。
 リボーンが今までランボに囁いた甘い言葉の中には、先ほどのような「愛人になれ」という言葉の他に「好きだ」という言葉があったが、そんな言葉を鵜呑みに出来る筈がなかったのだ。
 そもそもリボーンとランボの付き合いは十年以上にも渡っており、それだけの年月があればランボだってリボーンという男がどういう人間なのか分かってくる。
 そこから導き出される答えは、リボーンの言葉が冗談であるという答えだけだ。
 ランボが自分の幼い頃を振り返ってみれば、思い出されるのはリボーンに相手にされずに苛められ続けた日々である。その日々を思い出せば、リボーンの言葉が遊びであると速攻で思えてしまう。
「ああいうこと言うの、やめて欲しいんだけどな……」
 ランボは高鳴る胸を押さえてぽつりと呟いた。
 リボーンの冗談一つに胸が高鳴るなんて悔しすぎる。
 自分ばかりが振り回され、動揺し、困惑し、惑ってしまう。それはとても悔しい事だった。その悔しさ故に、ランボは何度も自分にリボーンが嫌いだと言い聞かせた。
 だが。
 だが、そんな思いを裏切って、ランボの身体はあまりに素直だった。
 リボーンの言葉一つで動揺し、胸を高鳴らせ、体温が一瞬で上昇してしまう。
 そう、ランボはリボーンが好きだった。
 いつの頃からか、ランボはリボーンに対して恋愛感情を抱くようになってしまったのだ。
 しかしそんな感情を抱いたのと同時に、ランボは悔しさも覚えていた。
 自分はリボーンに本気の想いを抱いているのに、リボーンは気紛れでランボに甘い言葉を囁くのだから。
 だから、ランボは決めていた。
 絶対にリボーンの言葉に答えない事。
 絶対にリボーンの言葉を本気にしない事。
 絶対にリボーンの言葉を信じない事。
 リボーンの言葉は遊びのようなものなのに、それを信じてしまう事はあまりに悲惨過ぎるのだから。
 こうしてランボは内心で決意を固めると、放ったままのゴミ袋に視線を向け、「ゴミ捨てしなきゃ……」と立ち上がるのだった。





 ランボは今、フランス東部地中海沿岸に位置する国、モナコ公国を訪れていた。
 モナコといえば欧州の王侯貴族や富裕階級が集まる高級リゾート地として知られており、紺碧の地中海を臨むビーチ、一夜にして巨万の富が動く高級カジノ、そして一年に一度行なわれるモナコF1グランプリなどが有名である。しかもモナコグランプリでは市街の一般道路がサーキットに姿を変え、その大胆な発想や行動力、娯楽追及の為に巨額の紙幣が惜しみなく動く様は、この国の高級リゾート地としての地位を確固たるものにするのだ。
 だが、今のランボは残念ながら高級リゾート地を満喫する為にモナコに来ている訳ではなかった。
 そもそもランボの給料では、モナコでリゾートを楽しむなど夢のまた夢なのだ。
 それでは何故ランボがモナコを訪れているかというと、それは当然ながら仕事である。
 ランボはボヴィーノファミリーの仕事の為、モナコに入国し、今回の仕事場であるカジノにディーラーとして潜入したのだ。
 ランボが潜入したカジノは、モナコにある高級カジノの中でも格調高いものであり、著名な建築家によって設計されたそれは宮殿のような造りをしていた。そして、その建物内にも贅が尽くされ、大理石のエントランスホール、壁面の彫刻やフレスコ画、ステンドグラス、クリスタルのシャンデリアなど、まるで中世の煌びやかな時代を思わせるのだ。
 こういった場所はカジノでありながらも王侯貴族や富裕階級の社交場になっており、夜な夜な着飾った紳士淑女が賑わいを見せていた。
 しかし、今の時刻は午前であり、夜は煌びやかな光が燈されるカジノも、今は人気が無く静まり返っている。
 そんな静けさが漂うカジノの中で、ランボは一人で掃除機を持っていた。
 しかも掃除機からはガーガーというけたたましい機械音が響き、ランボはそれでカジノ中を掃除していたりする。
 元々綺麗好きなランボは掃除を苦にしたりしないが、それでも今は掃除をしながら自己嫌悪に打ちのめされていたのだ。
「オレ、なんで掃除してんだろ……」
 ランボは掃除機をかけながら、溜息混じりに小さく呟く。
 これが仕事だと思えば我慢出来たが、実はこの掃除などは本来の仕事から大きく外れていたのだ。
 そもそもランボはこのカジノにディーラーとして潜入しており、決して掃除夫として潜入した訳ではない。
 今回ランボに言い渡された仕事は、このカジノで行われているという不正を暴き、その証拠品を見つけ出す事なのだ。
 モナコという国は国営でカジノを運営しているが、国営以外のものは富豪などが経営する民営のものである。娯楽に対して寛容なこの国は、高級リゾート地の名を汚さない格調高ささえ守られれば、カジノ運営に対して懐の深さを見せていた。
 その為、世界各国の企業家や富豪がカジノ運営に乗り出しており、ランボの所属するボヴィーノファミリーは、カジノ運営に乗り出した企業家の出資者になっていたのだ。カジノ運営は企業家が行い、その収益の何割かがボヴィーノのものになっているのである。
 だが数日前、その企業家が算出した収益が奇妙な動きを見せていたのだ。それに気付いたドン・ボヴィーノはランボを呼び出し、カジノに秘密裏に潜入して不正の証拠を捜すように命じたのだ。
 そもそもカジノ業界では、不正やイカサマというものは命取りになるのである。例えそれが根も葉もない噂であったとしても、それだけで倒産に追い込まれる事も珍しくなかった。
 ドン・ボヴィーノは、万が一でもカジノが不正やイカサマを行っているならば信用問題にも掛かってくるため、直ちにそれなりの処置が必要になってくるのだ。
 命令を受けたランボは、不正やイカサマを暴くには現場に潜入しなければならない為、カジノのディーラーとして潜入したのである。
 こうして一週間前からカジノに潜入していたランボであったが、しかし。
 しかし、ディーラーとして潜入したランボは初日からさっそく失敗していた。
 一週間前、ランボがディーラーとして初めてカジノの現場に立った時、それは起こってしまったのだ。
 ディーラーの役目とは、ブラックジャックやバカラをはじめとしたカードゲーム、ルーレットなどを取り仕切り、手際よくゲームを進めていく役割である。又、ゲーム中に混乱が起こらないように支配権を握る役目でもあり、一流ディーラーと呼ばれる程の腕があればゲームの勝敗を操る事も可能であった。
 だが、ランボのディーラーとしての腕前は最悪だった。
 ランボはディーラーの役割やゲームルールは知っていたが、それ以前に不器用過ぎたのである。
 カードゲームのテーブルを担当すれば、そこではカードを手から滑らせ、カードを派手に撒き散らすという失態を見せた。それだけでなくルーレットを担当させれば、ボールを力一杯投げ込んで見事にルーレットから弾かれ、その飛んできたボールに直撃してしまっていたのだ。
 そんな不器用さをみせるランボが高級カジノでディーラーが勤められる筈がなく、二日目から掃除夫のような仕事しか回してもらえなくなったのである。
 しかも、昨夜はゴミを捨てに行く所をリボーンに目撃されてしまったのだ。
 偶然とはいえ、リボーンにだけは見られたくなかった。服装はディーラー服だったのに両手にはゴミ袋を持っていたのである。その姿は、誰が見てもディーラーの仕事をさせてもらえないディーラーの姿だっただろう。
「別にいいんだけどさ。掃除得意だから……」
 ランボは自分を慰めるようにそう呟くと、気を取り直して掃除を続ける。
 こうしてランボはしばらく掃除を続けていたが、不意に、一人の男が姿を見せた。
「ランボ、お疲れ様」
 その男は笑顔でランボに声を掛けると、「早くから大変だね。ありがとう」と優しい言葉を続ける。
 そんな男の優しさに、ランボもパッと表情を輝かせた。
「おはようございます! ルキノさん!」
 男の名前はルキノといった。
 ルキノは少しウェーブのかかった金髪が特徴的で、整った顔立ちをした碧眼の美男である。甘さを感じさせる整った容姿には、普段から上品な笑みが刻まれ、その性格も穏やかで優しく気品すら感じさせた。
 そんなルキノの甘い容姿や物腰柔らかな振る舞いは、一見すると貴族の跡取り息子のように見えてしまうが、その本当の姿は一流ディーラーだ。
 モナコには数多くのディーラーが存在するが、ルキノはその中でも指折りの人物なのである。
 カジノが一流ディーラーを揃える事は格調を高める為にも必要な事であり、カジノ業界において一流と呼ばれるディーラーは貴重とされていた。
 ランボは初日にディーラー職を失敗した後、支配人の言い付けでルキノの下につき、彼にディーラーとしての訓練を受けていたのだ。
 その訓練時間に当てられるのが、主に開店前の店なのである。
「すいません、ルキノさん。直ぐに掃除を終わらせますっ」
 ランボはそう言ってルキノに頭を下げ、慌てて掃除道具を片付けだす。
 ルキノはランボを訓練する為に早く出勤してくれている為、いくら掃除中でも待たせる訳にはいかなかった。
 だが、そんなランボにルキノは優しい笑みを浮かべる。
「まだ時間はあるんだし、そんなに慌てなくても良いよ。それに、掃除なら僕も手伝うから」
「でも……っ」
 ランボは申し訳なさそうな視線をルキノに向けるが、ルキノは気にした様子もなくニコリと笑う。
「二人でした方が早いし、掃除は嫌いじゃないんだよ。それにランボには早くディーラーの役目を覚えてもらいたいんだ。支配人が、そろそろランボをディーラーに復帰させたいって言ってたからね」
 ルキノは何気ない様子でそう言ったが、ランボはこれに「え!?」と驚いたように目を見開く。
「オレ、復帰してもいいの!?」
 ランボが驚いたようにそう言えば、ルキノは「早ければ今夜から復帰だよ」と優しい笑みを浮かべる。
 このルキノの言葉に、ランボは嬉しさと緊張に気持ちが昂ぶるのを感じた。
 マフィアの人間であるランボは、ディーラーという役目を特別視している訳ではなかったが、それでも初日はとても悔しい思いをしたのだ。
 そんな悔しさもあり、ディーラーとして復帰する事は初日の失敗にリベンジする事のようで嬉しかった。しかも、現場に立つ事でランボ自身も仕事がしやすくなるのである。
「オレ、頑張ります!」
 こうしてランボが笑顔で意気込めば、ルキノは「うん。頑張ってね」と心から激励してくれた。
 ルキノという男はとても優しく、その優しさにランボは好感を持っている。ランボがどんな失敗をしてもルキノは怒ったりせず、丁寧に優しく教えてくれるのだ。
 しかもルキノは一流ディーラーという地位を確固たるものにしながらも、今もランボの掃除などを手伝ったり、カジノで勤めだしたばかりのランボを気遣ったり、私生活の面も何かと気に掛けてくれたりする面倒見の良さを見せていた。
 ランボはそんなルキノの優しさや気遣いを嬉しく思い、感謝していたのだ。
 しかし、その感謝と同時に困惑もしていた。
 モナコに訪れたばかりの頃は環境に慣れる事を第一に考え、ルキノの気遣いを嬉しく思っていたが、環境にも慣れ始めて仕事を始めようとした時、気が付けばルキノの気配が近すぎるものになっていたのだ。
 そう、ランボはルキノの干渉を受け過ぎていたのである。
 その為に、事務所に忍び込んで書類を漁ったり、カジノの内情を秘密裏に調べたりする事が困難であると気付いてしまった。
 ランボは掃除をしながら、自分の手伝いをしてくれているルキノにちらりと視線を向ける。
 ルキノの優しさは嬉しい、感謝だってしている。
 だが、仕事が…………出来ない。
 ランボはこの悪循環に打ちのめされ、内心で「どうしよう……」と大きな溜息を吐いたのだった。





 その日の夜、ランボはルキノの言葉通りディーラーとしてプレイテーブルに立っていた。
 開店前に支配人が直々にランボの練習成果を確認し、発展途上の腕前に少々渋りながらもディーラーとしてテーブルに立つ事を許可したのである。
 こうしてランボは昼過ぎの開店と同時にディーラーとしての仕事をしていたが、ふと気が付けば日没を向かえ、夜空の月が煌々と輝く時刻になっていた。
 だが、夜になったからといってカジノの帳が下ろされる事はない。むしろ夜こそが華なのである。
 夜になれば、この宮殿造りのカジノは地上の星を思わせるようなライトアップがされ、モナコの美しい夜景を彩る光になっているのだ。
 カジノの中も、クリスタルのシャンデリアから眩い光が放たれ、そのキラキラとした輝きに満たされる。調度品や彫刻が飾られたカジノ内は、その光の中で輝きを増して別世界のような空間を作り出していた。
 そしてその光に最も映えるのは、着飾った紳士や淑女の姿といっても良いだろう。夜こそがカジノの本番であり、此処は貴族や富豪の社交場なのだ。
 ランボはそんな光景に圧倒されてしまいそうになるが、今は気圧されている場合ではないと自身に言い聞かせる。
 そう、今はディーラーとしての役目を果たし、本来の仕事を円滑に進めるために頑張らなくてはならないのだ。
 ランボは今、カジノにあるゲーム種類の中でブラックジャックのテーブルを担当していた。
 ブラックジャックとは、ルーレットやバカラに並んでカジノでも主流のゲームの一つであり、カジノを彩る花形のカードゲームである。
 そのゲーム内容は、手持ちカードの数字の合計が『21』を超えない範囲で『21』に近い方が勝ちという単純明快なゲームである。ブラックジャックは、客である個々のプレーヤーとディーラーとの一対一の対戦形式で勝敗が決められるものだ。
 ランボは今日の開店からブラックジャックのディーラーを勤め、半日以上経ってようやくカード捌きやゲーム進行に自信が持てるようになってきていた。
「ありがとうございました。またのプレイを楽しみにしています」
 ランボはそう言って丁寧に礼をすると、先ほどまでのプレーヤー達を見送る。
 今日だけでランボのブラックジャック勝率は五割というもので、勝ち過ぎても負け過ぎてもいけないディーラーとしては申し分ない成績だろう。
 ゲーム進行の途中でランボを心配したルキノや支配人が覗きにきたが、二人は「頑張ってるな」と安心したようにランボにゲームを任せてくれたのだ。
 そんな二人の言葉に、ランボは自分のディーラーとしての上達にすっかり上機嫌になっていた。
 こうしてランボが上機嫌で次のプレーヤーを待っていると、しばらくして「空いてるかな?」と新たなプレーヤーの男が現れた。
「いらっしゃいませ。宜しくお願いします」
 ランボがニコリと笑って迎えると、プレーヤーは席に着席して「始めてくれ」とゲーム開始を命ずる。テーブルのプレーヤーはこの男一人だけだが、ブラックジャックというゲームはプレーヤー対ディーラーの図式で行う為、客が一人であってもゲームを開始するのだ。
 ランボはさっそくカードをシャッフルし始めたが、ふと視線を感じた。それを不審に思ったランボが顔をあげれば、プレーヤーの男が無言でランボを見ていたのである。
「どうされました?」
 この男からの視線に、ランボは内心で居心地の悪さを感じながらも笑顔で応対した。
 プレーヤーがディーラーを品定めする事は珍しい事ではないが、この男の視線には奇妙なものを感じたのだ。
 男の年齢はランボより年上だと思えるが、眼光は鋭く、体格はひょろりと高い身長ながらも鍛えられている。男は少し長めの茶髪を後ろに流し、仕立ての良いスーツを着こなした姿は誰が見ても貴族の風貌だった。
 だが、男からは隙の無い雰囲気が漂い、彼がただの紳士でない事をランボに予感させる。
「君は見ない顔だが、新人のディーラーかな?」
「は、はい……」
 突然男から話しかけられ、ランボは少し戸惑いながらも小さく頷く。
 そんなランボに、男は口元に薄い笑みを刻み、ランボを哀れむように目を細めた。
「そうか、それは可哀想な事をしてしまった」
「え……?」
 男から突然紡がれた『可哀想な事をした』という言葉。
 ランボはこの言葉の意味が分からず、それを疑問に思いながらもゲームを進行する。
 だがその疑問は、ゲームを何度か重ねるうちに解明された。
「…………バステッド」
 ランボの口から、『バステッド』という言葉が力無く紡がれた。
 その言葉は、カードの数字が22点以上に達してしまったという事であり、負けを宣言する言葉である。
 ランボはこの男とブラックジャックを始めてから「バステッド」という言葉しか発する事を許されていなかった。
 そう、男と何十回とゲームを重ね、ランボは全てに連敗していたのである。
 ランボは連敗という現実に、「嘘だろ……」と愕然とした。
 そもそもブラックジャックというゲームは、連敗するという事が有り得ないゲームなのである。それはこのゲームが単純明快なルールの元に成り立っている事と、『ツキ』という運が勝敗に大きく関わっているからである。
 ブラックジャックは、ポーカーなどの知能戦ゲームではなく、カードを引くか引かないかで勝敗が別れる運勢ゲームといっても良いのだ。
 そんな運勢ゲームにおいて連勝や連敗が続くという事は稀であり、そう簡単に起こり得る事ではない。
 ランボはゴクリと息を飲み、目の前の男を凝視する。
 運勢ゲームを操るには相応な技術が必要である。ブラックジャックはポーカー程の知能戦にならないまでも、高等な技術や技を駆使すればゲームを操る事は可能だ。
 もしこの男がそれらの技術を持っているなら、プロのプレーヤーといっても良いだろう。
 そしてその時、周囲の人だかりからざわめきが聞こえてくる。
 男とランボがゲーム開始してからしばらく経つが、男が連勝する様子にいつの間にか人垣がテーブルを囲っていたのだ。
 そのざわめく人垣の声が、ランボの耳に入ってくる。

「やっぱりジョゼフは凄いわ。ブラックジャックで連勝よ」
「可哀想に、あのディーラーはジョゼフを知らなかったんじゃないのか?」

 囁かれるざわめきの声に、ランボはジョゼフと呼ばれる男を見つめた。
 やはりこのジョゼフという男は只の男ではなかったのである。
 ランボはモナコに入って僅かな為に知らなかったが、このモナコカジノ業界において有名な男だったのだ。
 ラウンドが終了し、ランボは賭け金の配当を行う。
 ブラックジャックは一つのラウンドが終了する度に賭け金の配当を行う為、そこがゲームの区切りとなるのだ。
 ランボは賭け金を計算し、「どうぞ」とジョゼフに配当金を手渡す。
 ランボはその配当金を手渡しながら、内心で祈っていた。
 ――――どっか行ってよ! と。
 そう、今のランボは内心で半泣き状態だった。
 ジョゼフに渡った配当金を見やれば、その金額はランボの月給の何倍もある。
 ジョゼフに渡る配当金はカジノの金である為、ランボの財布が打撃を受ける訳ではないが、それでも連敗を続ける事に居た堪れなさを感じていた。
 いくらディーラーという立場とはいえ、負け続ける事は悔しくあったし、周囲の人垣がジョゼフの快進撃を称賛すれば、ランボはまるで責められているような気持ちになってしまったのだ。
 ランボは祈る。
 ジョゼフが配当金を受け取った後、そのまま席を立って別のテーブルへ行く事を。
 だが、そんなランボの祈りが叶う事はなかった。
 ジョゼフは席から離れる事はなく、それどころか賭け金であるチップを所定の位置に置いたのだ。
 それはプレイ開始を示す行為である。
 ランボは所定位置に置かれた賭け金を見ると、そんなに賭けなくてもいいのに……と恨みがましい気持ちになってしまう。
 だが、ランボがどんなに嫌がったとしてもゲームは進行させなければならないのだ。
 ランボは内心で逃げ出したい気持ちになりながら、「それでは始めます」とゲーム開始を告げる。
 こうしてランボが、また負けるのか……と情けない気持ちのままゲームを進行しようとした、その時だった。


「俺も混ぜてもらうぞ」


 不意に、一人の男の声が響いた。
 その男の声はランボにとって聞き覚えのあるもので、ランボはハッとしたように視線を向ける。
「……リボーン」
 ランボは、男の名前を口内で小さく呟く。
 そう、突然現れた男はリボーンだった。
 ランボは思わぬ人物の登場に驚愕を隠し切れなかったが、リボーンはそんなランボに構わずにゆっくりとランボが担当するテーブルに近づいてくる。
 リボーンの動きにテーブルを囲んでいた人垣は揺れ、まるでリボーンの行く手に道を作るかのように左右に分かれた。
 そして、その道はランボ達のいるブラックジャックテーブルへと続いており、リボーンはそこを傲慢なほどゆっくりとした足取りで進む。
 こうしたリボーンの姿は、まるで舞台に花形が現れたような華を持っており、周囲の者達を圧倒するような特別な雰囲気を持っていた。それは今までの雰囲気を一掃し、一瞬で自分が支配する空間に変えてしまう存在感である。
 リボーンは今、愛人の一人だと思われる真紅のドレスに身を包んだ女性を連れているが、その女性の美しさすらも霞み、ただリボーンに華を添える存在となっているのだ。
 そんなリボーンの容姿は端麗という形容が相応しく、切れ長の黒い瞳、鼻筋の通った形の良い鼻、シニカルな笑みを刻む薄い唇。それらのパーツはまるで一流の職人によって造られた人形のように整っており、触れれば切れるような硬質な怜悧さを感じさせる容貌だった。
 このリボーンの登場により、テーブルを囲んでいた人垣達が一層のざわめきを見せる。特に女性にいたっては頬を染め、蕩けるような眼差しをリボーンに向けていた。
 だが、リボーンはそれらの視線を意に介さず、ランボが担当するブラックジャックテーブルに着席する。
 そして、ジョゼフが出した賭け金と同等の額を所定位置に置いた。
「始めろ」
 賭け金を所定位置に置くという事はゲームに参加するというプレーヤーの意思表示である。
 ディーラーであるランボにはそれを断る権限はないが、どうしてリボーンがゲームに参加する気になっているのか分からなかった。
 ランボはリボーンの意外な行動に「どういうつもりだよ!?」と詰め寄りたかったが、カジノ内で知り合いと顔を合わせても、ディーラーと客という関係上では不用意に声を掛けてはいけないのだ。
 ランボは「始めます」とディーラーらしく返事をしながらも、リボーンに苦々しい視線を向ける。
 リボーンが何の気紛れでゲームに参加するのか知らないが、ランボとしては勘弁してほしかったのだ。
 そもそもブラックジャックというゲームは、客であるプレーヤー対ディーラーの図式で行われるのである。只でさえジョゼフに連敗しているというのに、ここに来てリボーンにまで負けてしまうなんて屈辱だった。
 しかし、ランボがどんなに嫌がったとしても拒否権は無いのである。
 今だって、リボーンはランボの苦々しい思いに気付きながらも、「さっさとカードを配れ」と素知らぬ様子を見せているのだから。
 ランボは、新手の苛めだ……と目にじんわりと涙を溜め、連敗の晒し者になる覚悟をしてカードを配りだす。
 こうしてプレーヤーがリボーンとジョゼフ、ディーラーがランボというブラックジャックは開始された。
 ランボの手から、プレーヤーとディーラーである自身に二枚ずつカードが渡る。
 ディーラーだけは自身のカードを一枚だけオープンにしなければならない為、ランボは自分のカードを二人のプレーヤーの前に開けた。
 ディーラーのカードがオープンにされたこの時から、プレーヤー達の戦略が始まるのである。
 リボーンとジョゼフはカードを引き、プレーヤーにだけに許された選択肢を駆使して巧みに手札を増やしていく。
 そして二人のプレーヤーが、揃えた手札に満足したところで「スタンド」と声を上げ、プレーヤーの手番がストップした。
 『スタンド』という言葉は、これ以上はカードを引かないという意味なのだ。
 こうしてプレーヤーの手番が終了すれば、次はディーラーの手番である。
 ランボは伏せてあった二枚目のカードをオープンにすると、予め開けてあったカードを足す。すると数字は13だった。ブラックジャックは合計数字を21に近づけなければならない為、ランボはもう一枚カードを引くと「スタンド」と手番の終了を告げた。
 ランボが手番を終了した事でプレーヤーとディーラーはカードを晒し、勝敗の決着を着ける。
「嘘……っ」
 ランボは晒されたカードを見た瞬間、驚きに思わず声をあげていた。
 晒されたカードの合計数字は、意外な結果を示していたのだ。
 まずランボの合計は19だった。これは21に近づけるという意味では好成績といえる結果である。
 そしてリボーンの合計は20。リボーンの合計数字はランボを上回っており勝負はリボーンの勝ちである。
 だが、ランボが驚いたのはリボーンや自分が叩き出した好成績のカードではない。
 ランボが驚いたのは、ジョゼフのカードの合計数字である。
「……勝っちゃった……」
 ランボは驚きのあまり呆然とした口調で呟く。
 そう、ランボはジョゼフに勝っていたのである。
 ジョゼフの合計数字は17という数字だったのだ。
 ランボは、今まで連敗してきたジョゼフに勝てた喜びに、リボーンには負けてしまった事を忘れてパッと表情を輝かせた。
 しかし、それとは反対に表情を歪ませたのはジョゼフである。
 ジョゼフは自分のカードとランボのカードを見比べて意外そうな顔をすると、「馬鹿な……」と苦々しく呟く。
 だが、ジョゼフは「どうやら油断していたようだ」と直ぐに気を取り直すと、所定位置に賭け金を置いて再度プレイ参加を意思表示する。
 ジョゼブがプレイを示せば、隣のリボーンも口元に薄い笑みを刻んで「もう一度勝たせてもらうぞ」と賭け金を提示した。
 こうしてゲームはまたも開始されたが、それからのゲームは奇妙な動きをしたのだ。
 最初は誰も気付かなかったが、ラウンドの回数を重ねる毎に奇妙さが浮き彫りになり始めたのである。
 リボーンが参加してから、全てのラウンドの勝敗が一定の形を持ったまま不動のものになったのだ。
 その形とは、リボーン対ランボではリボーンが勝利し、ジョゼフ対ランボではランボが勝利するというものである。
 そう、ランボはリボーンには負け続けたが、ジョゼフには勝ち続けていた。
 この形はとても奇妙なもので、ランボはディーラーをしながらある事に気が付いた。
 それは、ランボというディーラーを仲介にして、リボーンとジョゼフが対戦しているように思えたのだ。
 しかもそれに気付いたのはランボだけでなく、見物をしていた周囲の者達も気付き始め、今ではリボーンとジョゼフのカードに注目が集まっている。
 これはブラックジャックというゲームにおいて有り得ない事だった。
 ブラックジャックはプレーヤーがディーラーと対戦するゲームであり、ディーラーを通して同じカードを使っていたとしても、プレーヤー同士の対戦など成立しないのだから。
 だが、その有り得ない事は現実に起こり、ランボの目の前でリボーンは勝利し続け、ジョゼフは連敗を重ねている。
 そして今では周囲の観客達も、リボーンが勝つ度に歓声をあげており、それはランボを通してリボーンとジョゼフが対戦していると気付いた為だった。
 ランボは、ゲームを進行しながら困惑したような視線をリボーンに向ける。
 今のランボは、内心で「どうして?」という疑問で一杯だった。
 ランボはジョゼフに勝利した事を最初こそ単純に喜んでいたが、リボーンが操作している事に気付いてからは素直に喜べる心境ではなくなった。
 どうしてリボーンがランボを勝たせてくれるのか分からないのだ。
 リボーンが対戦相手であるランボに勝とうとする事は理解できるが、わざわざ余計な手間を掛けてランボをジョゼフに勝たせてくれなくても良いのである。
 それなのにランボをジョゼフに勝たせる為に、リボーンはこのテーブルで行われているブラックジャックの支配権を握っていた。
 それはまるで、見えない包容力でランボを守ろうとするかのような行為で、それに気付いたランボは言葉に出来ない感情が溢れ出すのを感じてしまう。
 ランボはリボーンに困惑の視線を向けたまま、「リボーン……」と口内で小さく呟いた。
 だが、そんなランボの困惑にリボーンは気付いていながらも無視するのだ。
 しかしこうしたゲーム展開が続く中、不意に、ジョゼフはバンッと強くテーブルを叩くと「いったい何なんだ!」と激昂したように声を荒げた。
 今までジョゼフは連敗する毎に表情を歪めていったが、計算された大敗に我慢の限界が訪れたのだ。
 このジョゼフの突然の怒りに、ランボは「お客様……」と慌てて宥めようとする。
 ランボは、ジョゼフに対して最初は紳士のような印象を持っていたが、今は滾るような怒りをぶつけられて少し怖いと思ってしまった。
 だが、ジョゼフの激昂は治まらず、ランボは鋭く睨みつけられる。
「君はどういうつもりだね! ディーラーとしての自覚があるのか!?」
 ランボは突然怒鳴られてしまい、怯えながらも「……ぅっ」と肩を竦めてぶつけられる怒りに耐える。
 ジョゼフの怒りはランボにとって言い掛かりのようなものだった。
 ランボはディーラーとして、今までルールをしっかり守ってゲーム進行を行ってきたのだ。それなのに、自分の身に覚えの無い事で「自覚があるのか!?」とまで怒鳴られてしまっては堪らない。
 ランボはジュゼフの怒りに悔しい気持ちになったが、客が相手という事で言い返す事は出来ずに黙って耐えるしかなかった。
 しかし。
「そのアホを怒鳴るのは勝手だが、お門違いじゃねぇのか?」
 不意に、リボーンの淡々とした声がジョゼフの怒りを遮った。
 リボーンは口元に薄い笑みを刻み、ランボとジョゼフに嘲るような視線を向ける。
「そのアホディーラーは、カードを配るくらいしかできねぇ能無しだ。それより――――」
 リボーンはそこで言葉を切ると、激昂するジョゼフを一笑する。そして。
「それより、お前は怒鳴れる立場じゃねぇだろ」
 リボーンの口から続けられた言葉。
 この言葉は密やかな含みを持つもので、リボーンがそう言った瞬間、ジョゼフは「貴様……っ」と俄かに顔色を変えた。
 ジョゼフは悔しげにリボーンを睨むと、無理やり怒りを抑えてランボに視線を向ける。
「ディーラーを別の者に交代したまえ。君程度のディーラーでは役不足だ」
 そう命じたジョゼフに、ランボは「え……?」と泣きそうな表情になった。
 この一週間ディーラーとしての勉強をし、ランボなりに頑張ってきたのだ。それなのに途中で交代なんて屈辱である。
「ディーラーを代えるなんて……っ」
 ランボは思わず言い返そうとするが、ジョゼフは決定事項のように「早くしなさいっ」と強く言い放つ。
 客を相手に怒鳴り返す事も出来ないランボは悔しげに唇を噛み締めるが、それを見ていたリボーンは楽しげに目を細めた。
「交代しろって言ってんだ。交代してやったらどうだ?」
 リボーンは軽い口調でそう言うと、ランボに「お前は下がってろ」と素っ気無い様子を見せる。
 リボーンにまでディーラー交代を押されたランボは、「あんたまで……っ」とリボーンを恨めしげに睨むが相手にされる事はなかった。
 それどころかリボーンは、ディーラー位置に立つランボを「さっさと来い」と自分の背後に引き寄せる。
 ランボはリボーンの背後に強引に引っ込められ、リボーンの背中に「何なんだよ……っ」と不満をぶつける事しか出来なかった。
 こうしてこのテーブルは、奇妙なゲーム内容やジョゼフの激昂、ディーラー交代などの騒がしさを見せたが、不意に、空席になったディーラー位置に一人の男が立った。
「彼に代わって、僕がディーラーを勤めさせていただきます」
 そう言ってディーラー位置に姿を見せたのはルキノだった。
 ルキノはプレーヤーに丁寧に一礼すると、自分が交代する事に「宜しいですか?」と伺いを立てる。
 ランボは、そんなルキノの姿に「ルキノさん……」と申し訳なさそうな顔をした。
 ランボのせいでルキノの手を煩わせるのだ。申し訳ないという思いを拭えない。
 しかし、ルキノは特に気にした様子も見せず、それどころか優しい表情で「大丈夫だよ。よく頑張ったね」と慰めてくれる。
 ランボは、そのルキノの優しさに感激して「ルキノさんっ」と思わずリボーンの背後から飛び出そうとしたが、それはリボーンの「ウゼェぞ」という一言によって黙らされてしまった。
 だが、そんなランボにかわるようにルキノを歓迎する者がいた。
 それはジョゼフである。
 ルキノの登場を、ジョゼフは満面の笑みを浮かべて迎えたのだ。
「おおっ、ルキノ! 君のような一流ディーラーなら安心だ。是非宜しく頼む!」
 ジョゼフはそう言うと、リボーンに勝ち誇った笑みを向けて「彼がディーラーでいいかね?」と訊いてくる。
 リボーンはそれに「勝手にしろ」と軽く言うと、ゲームを開始させる為に賭け金を所定位置に置いた。
 こうしてディーラーをルキノに交代し、ブラックジャックは再開された。
 ルキノが、自身とプレーヤーに二枚のカードを配り、プレーヤーの手番が始まる。
 プレーヤーのリボーンとジョゼフはカードを引いて戦略を始め、ランボはそれをハラハラとした気持ちで見守っていた。
 ランボは別にリボーンを応援している訳ではなかったが、それでもリボーンが気になってしまうのだ。
 だが不意に、リボーンは手札のカードを見ながら「なるほどな、強運と腕だけじゃねぇってことか……」と一人呟く。
 そう呟いたリボーンは楽しげな表情をしており、ランボは不思議そうに「どうしたの?」と訊くが、当然ながら相手にされなかった。
 しばらくして戦略を終えたリボーンとジョゼフが「スタンド」と手番終了を告げる。
 プレーヤーの手番が終了すれば、次はディーラーの手番だ。
 ルキノはカードを引いて満足のいく手札を揃えると、「スタンド」と手番を終了させた。
 そうしてプレーヤーとディーラーのカードが出揃えば、後は勝敗の決着である。
 周囲の見物人たちも、あまりに高度なゲームと勝敗の行方に緊張感を高め、カードの数字を見守っていた。
 そしてカードの合計数字が晒される、その瞬間。
 不意に、張り詰めた緊張感を裂くように携帯電話の着信音が鳴り響く。
 その着信音にリボーンは「失礼」と一言断りを入れると、スーツの懐から携帯電話を取り出して着信に出た。
 高まっていた緊張感を打ち砕くように着信に出てしまったリボーンに、周囲の者達にどよめきが起こり、ジョゼフは苦々しくリボーンを睨む。
 そんなジョゼフの不穏な雰囲気に、ランボは慌てたように「何してんだよっ」とリボーンを諌めるが、リボーンは「仕事だ」と一蹴すると構わずに電話の応対をしていた。
 しばらくしてリボーンは着信を切り、不意に何事も無かったように立ち上がる。
 そして。
「悪いが遊びはここまでだ。急用が入った」
 そして、それだけを言ってブラックジャックの席から立ってしまったのだ。
 連勝を重ねていたというのに、なんの未練も無く席を離れるリボーン。
 そんなリボーンを、ルキノは慌てたように呼び止める。
「お、お待ち下さいっ。ゲームの途中で席を外せば負けを意味します!」
 ルキノは強い口調でそう言ったが、リボーンは「別に俺の負けでも構わねぇぞ」と一笑した。
 こうしてリボーンは、呆然とする見物人をはじめ、ルキノ、ジョゼフ、ランボを残してカジノから出て行ってしまったのだった。
 残された者達は言葉も無くリボーンを見送ったが、ふと一人の見物人がリボーンの手札だったカードに手を伸ばす。
 リボーンのカードをオープンにすれば、ルキノとジョゼフも合わせるようにカードをオープンにする。
 だが、全てのカードが晒された時、見物人達の間にワッと歓声があがった。
 見物人達は三人の手札カードを見た瞬間、まるで我が目を疑うように「信じられんっ」「あの男は何者だ!?」「夢を見ているようだっ」と口々に騒ぎ出したのだ。
 そんな歓声をあげる見物人達の中で、ジョゼフは「そんな馬鹿な……っ」と愕然と呟く。
 そう、それ程までに三人の手札カードは信じ難い合計数字を示していたのだ。
 それは『21』という数字。
 ブラックジャックというゲームは『21』という数字を目指すゲームであり、合計数字を21にする事は勝利を意味する。
 しかし、今回のゲームでは21という数字が出ながらも、勝利を手にした者はいなかった。
 何故かというと、『21』という数字を出したのは、リボーン、ジョゼフ、ルキノという全てのゲーム参加者だったからである。
 例え『21』という数字が出たとしても、複数人が出せば引き分けになるのだ。
 ランボはリボーンの手札を凝視し、ただ唖然としてしまう。
 ブラックジャックで複数人が同じ数字を揃える事は、統計学的にかなり少ない確立の事である。
 だが、リボーンはそれを目の前で示して見せたのだ。
 ランボは、リボーンがどんな手を使ってそれを可能にしたのか分からないが、それでも一つだけ分かる事がある。
 それは。
「リボーン、凄過ぎ……っ」
 これだけだ。
 取り敢えず、リボーンが凄いという事だけは分かった。
 リボーンの事は幼い頃から知っていたが、今まで知っていた以上の凄さを見せつけられた気分である。
 ランボはそんなリボーンにただ感心し、「リボーンに弱点とかってないの……?」と呆然と呟いたのだった。


 ――――だから、ランボは驚きのあまり気付いていなかった。
 リボーンが立ち去った方向を、ルキノが射るような眼差しで睨み据えていた事に。






                                      同人に続く




今回はラブ重視です。一緒に書いた『涙のアリア』がシリアスだったんで、こっちは明るめの話にしてみました。
まあ今回、何が一番書きたかったかというと、やっぱりあれですよ。
リボ様のカジノシーン。ブラックジャックとかルーレットするリボ様が書きたかったんです。
ルーレットシーンでは折角ですから、ランボを賭けて勝負してもらいました。ついでにカーチェイスシーンも書いてしまった訳ですよ。ほら、モナコですから。モナコグランプリとかありますから。
とにかく、いろんなシーンが書けて楽しかったです。





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