オトナになるには早過ぎる!



 天空に浮かぶ月が煌々と輝く夜。
 イタリア市街の路地裏に一軒のバーがあった。
 石造りの街並みに溶け込むようにして建てられたバーは、石壁に茶色の蔦が撒き、入口の木戸は開閉の度にキィと軋みの音を立てる。それらは古い歴史の匂いを感じさせるもので、雰囲気あるその店は馴染み客しか寄せ付けぬ近寄り難さを感じさせた。
 又、店内にはゆったりとしたジャズやクラシック音楽が流れ、酒を楽しむ客を心地良い気分に誘う。それらは、まさに上質の空間ともいえるだろう。
 だが、今夜の店内には上質の空間に似つかわしくない騒々しさがあった。
 その騒々しさの発信源は、カウンターに突っ伏すようにして座っているランボである。
 ランボは片手にウォッカの入ったグラスを持ち、突っ伏した体勢ながらも、その表情はへらりと陽気なもので頬には赤みが差している。
 これは誰が見ても、明らかに度を越したアルコールに酔っていると分かるものだろう。
 夜の雰囲気に満ちたこのバーには、只でさえランボが普段から愛用している牛柄シャツと足元のサンダルがミスマッチだというのに、アルコールに酔った事でますます浮いてしまっていた。
「ランボ、ちょっと飲み過ぎじゃない?」
 心配気にそう言ったのは、ランボの隣に座っていた沢田綱吉である。
 綱吉は数年前に日本からイタリアに渡り、今ではイタリア裏社会を牛耳るボンゴレファミリーの十代目だった。昔は『ダメツナ』と呼ばれていた綱吉だが、今ではボンゴレ十代目の肩書きに遜色無いほどの成長を見せ、裏社会において知らぬ者はいない人物である。
 だが、昔から綱吉と懇意にしている者にとっては、綱吉がどんなに成長しても穏やかで優しい心持ちは変わっていないと知っている。
 そして今もそれを証明するように、綱吉はアルコールに酔ってしまったランボを見捨てる事はなく、年の離れた弟のような存在を甲斐甲斐しく面倒見ていた。
「これ以上は楽しいお酒じゃないよ」
 綱吉は苦笑混じりにそう言うと、「ほら、もう止めておこうね」とランボの手からグラスを取り上げようとする。
 だが、ランボは駄々っ子のように「イヤですっ」とグラスを遠ざけてしまった。
 普段のランボなら大人しく綱吉に従うのだが、今のランボは酔っている為に幼い子供のように聞き分けなくなっているのだ。
「オレはだいじょーぶれすよ」
 大丈夫と口にするわりには、ランボの呂律は回っていない。
「大丈夫じゃないよ。これ以上飲んだら、ちゃんと帰れなくなるだろ?」
「ちゃんと帰れますよ〜。オレは、もう子供じゃないれすっ」
 ランボは断言するようにそう言うと、綱吉に「子供扱いはやめてください」と抗議する。
 綱吉はそんなランボに「はいはい」と苦笑すると、「ちょっと待っててね」とランボを置いて席を離れた。
 席を離れた綱吉は、ランボから少し離れた場所で携帯を取り出す。
 そしてプッシュボタンを押し、ある人物へと電話をした。
 その人物とは、
「あ、もしもしリボーン? 忙しいところをゴメンね」
 そう、その人物とはリボーンである。
 綱吉からの突然の着信に、リボーンは『何の用だ』と抑揚の無い声で返事を返してきた。
「リボーンにちょっと頼みたい事があるんだけどいい?」
『どんな頼みだ。まさか下らねぇことじゃねぇだろうな』
「下らなくないよ。むしろリボーンにとっては役得だって」
 綱吉は「感謝してよ」と小さく笑うと、さっそく頼みごとなる用件を話し出した。
 その頼みごととは、「バーで酔い潰れたランボを迎えに来て」というものである。
 綱吉がそれを話した瞬間、携帯越しでも分かるほどリボーンは不機嫌になった。
『……どう意味だ』
「そのままの意味だよ。ランボがちょっと飲み過ぎちゃって」
 綱吉はウォッカを飲み続けるランボを遠目に見ながら、携帯の向こうにいるリボーンの表情を想像する。
 きっと、今頃リボーンは苦虫を噛み潰したような形相をしている事だろう。
 だが、綱吉は知っているのだ。
 十年前から変わらないリボーンの想いを。
 その深い想いが、ランボに向けられている事を。
 リボーンという人間はそんな想いを表立たせる事はなく、その為に周囲の者は誰も気付いていないが、それでも綱吉だけは気付いている。
「もちろん迎えに来てくれるよね。まあ、断られる事はないと思うけど」
 綱吉はそこで言葉を切ると、リボーンの退路を塞ぐ言葉を続ける。
 その言葉とは、
「だって、オレはリボーンの秘密を十年前から握ってるんだからさ」
 そう、それは半分脅しであり、リボーンの心にある本音を突く言葉だった。





「何でリボーンが来るんだよっ」
 ランボが不満気にそう言えば、リボーンが苛立ったように「煩せぇぞ。文句はツナに言え」と吐き捨てた。
 不機嫌なリボーンにランボは思わずムッとするが、何も言い返せずに黙り込む。
 今は何を言っても無駄な抵抗で終わっていくと、ランボも分かっているのだ。
 今のランボはリボーンに背負われている為、きっと何を言っても説得力は無い。
 そう、ランボはなんとリボーンに背負われているのである。
 綱吉の命令でランボを迎えに来たリボーンは、泥酔したランボに呆れ返り、そして大いに馬鹿にしながらも背負ってバーを出た。
 ランボとて好んでリボーンに背負われている訳ではなく、最初は「歩いて帰れるっ」と抵抗したのだが、いざ歩いてみれば足元が覚束無く危なっかしいものだったのだ。
 そんなランボを綱吉が心配し、リボーンに背負って帰るように言ったのである。
 リボーンは綱吉の命令に不承な態度を見せていたが、怒りを滲ませながらも「さっさとしろ」とランボを背負ったのだ。
 ランボは、リボーンに背負われながら夜道を行く。
 ランボを背負うリボーンの背中は、少年期特有の線の細さを見せながらも十一歳とは思えぬほど鍛えられたものだった。きっと後数年もすれば、逞しいという形容が相応しいほどの成長を見せるだろう。
 身長だけを見れば今はランボの方が僅かに高いが、体格の精悍さはリボーンの方が勝っている。ランボの身体は縦にひょろりと長いだけだが、リボーンの身体には鋼のような筋肉がついているとスーツ越しでも分かるのだ。
 悔しいな……、とランボは思った。
 自分の方が四歳も年上なのに、リボーンの方が全てにおいて勝っている。それがとても悔しい。
 しかも、自業自得とはいえリボーンに背負われて帰るなんて、何だかとっても情けない。
「……リボーン、オレは一人でも帰れたんだからな……っ」
 ランボはリボーンに背負われたまま、意地を張ったようにそう言った。
 その言葉は誰が聞いても負け惜しみの言葉で、当然リボーンがそれを相手にする事はない。
 しかし、相手にされないという事が、ランボの悔しいという気持ちに拍車をかけていく。
「無視すんな……! リボーンなんて意地悪だし、生意気だし、もう最悪!」
 ランボは酔いの勢いも手伝って、幼い頃から刻まれ続けたリボーンへの恐怖心を忘れて思うが侭に喚き散らす。
 これでは本当にただの酔っ払いだった。
 リボーンは、こんな迷惑なだけの状態のランボをそれでも放置しない自分の心の広さに感心しながらも、「喚くんじゃねぇ。酒臭せぇぞ」と低い声色で言い放った。
 その声色には怒気が含まれており、ランボはビクッと怯えたように身を震わせる。
 だが、アルコールに酔った事で気持ちが大きくなっているランボは立ち直りが早かった。
「お酒飲んだら、酒臭いのは当たり前だろ!? リボーンはまだ子供だから、お酒の味が分からないだよ!」
「その子供に背負われてんのを忘れてんじゃねぇぞ」
「オレは頼んでないって言ってるだろ!?」
 あまりに可愛くないランボの言葉。
 いくら酔っているとはいえ、言葉の一つ一つがリボーンの逆鱗に触れていく。
「いい加減に黙らねぇとぶち殺すぞ」
「お、怒っても怖くないんだからな! リボーンなんて、オレより年下の癖に!」
 リボーンの表情は険しいものになっているが、それでもランボは気丈に言い返した。
 リボーンに対してこんな暴言を吐くなど怖くてしょうがないが、今夜のランボは酒のせいで必要以上に強気だったのだ。
 ランボはリボーンに背負われたまま、酔っ払いが絡むように「年下の癖に生意気!」や「年下の癖に偉そう!」と暴言を繰り返す。
 そんなランボの言葉に、リボーンは不意に立ち止まった。
 そして。
 どさりっ、という重い物体の落ちた音とともに、「うわぁっ」となんとも間抜けな声が夜道に響く。
「リボーン、何なんだよ!? 突然落とさないでよ!!」
 そう、物体の落ちた音とはランボだった。
 ランボはリボーンの背中から突然落とされたのだ。
 ランボは落下の際に打ちつけた腰を擦りながら、「何するんだよっ」とリボーンを睨みつける。
 だが、ランボの睨みをリボーンは嘲笑した。
「俺は子供だからな、大人の女に保護してもらいに行ってくる」
 リボーンはそう吐き捨てると、「大人なアホ牛は一人で帰れ」とランボに背を向けた。
 そしてリボーンはそのままランボを放置して歩いて行ってしまう。
 ランボに背を向けたリボーンは、酔っ払いの相手をしている暇は無いとばかりに、ランボをちらりとも見る事はなかった。
 こうしたリボーンの態度はまるでランボを突き放すかのようで、ランボは「ちょっと待ってよ!」と慌ててリボーンを追い駆けようとする。
 しかし、アルコールに酔った状態のランボは足元が不安定で、よろよろと歩いて転んでしまった。
「うぅ……、痛い……っ」
 ランボは転んで打ち付けた膝を擦り、リボーンの後ろ姿を睨む。
 リボーンは結局最後までランボを振り返る事はなく、夜の闇に溶け込むようにして見えなくなった。
「……何が保護だよ。リボーンのバカ」
 リボーンが立ち去った方向を睨みながら、ランボは小さく呟いた。
 ランボを振り返らないリボーンは、十年前から続く『格下は相手にしない』という意思を貫くような姿勢である。
 しかもリボーンはとても気まぐれで、此処まで背負って帰ってくれたのも綱吉の命令だからなのだ。だから決してランボを眼中に入れてくれていた訳ではない。
 ランボは、それが悔しかった。情けなかった。屈辱だった。
 どれだけ努力してリボーンに追い着こうとしても、リボーンはずっと遠くを歩いている。
 だから、ランボは考えたのだ。
 どうすればリボーンに追い着く事ができるだろうかと。
 それはきっと、大人になる事だと思った。
 大人になれば近づけるかな? と思うのだ。
 今よりもっと大人になって強くなれば、少しは対等に扱ってくれるかもしれない。
 十年前からの一方的な追いかけっこに終止符が打たれ、リボーンに対等の存在として認識されるかもしれない。
 そう、だからランボは早く大人になりたかった。
 自分より年下の癖に、自分よりも先を行く男に追い着く為に。
 早く格好良い大人になりたかった。







 翌日の朝。
 アパートの外から、小鳥のさえずりとともに子供達の明るく元気な笑い声が響いてくる。
 それは普段と変わらぬ平穏な朝を象徴する音で、今日という一日が始まった事を告げていた。
「……ん……っ」
 朝の陽光が窓から射し、眠っていたランボは朝陽の眩しさに「うぅ……」と呻きながらゆっくりと瞼を開ける。
 昨夜のアルコールが少し残っているようで軽く頭痛がするが、それは耐えられないほど酷いものではない。
 ランボは重い瞼を擦りながら上肢を起こすと、昨夜の事を思い出して自己嫌悪に陥りそうになった。
 昨夜は綱吉に誘われてバーへ行き、そこですっかり酔い潰れてしまったのだ。しかも、綱吉は何故かリボーンを呼び出して「ランボを送るように」と命じたのである。
 リボーンがどういうつもりで命令に従ったのかは知らないが、それでもランボにとっては屈辱だった。
 そう、ランボはリボーンに対して対抗心のようなものを持っているのである。
 それは幼い頃から一方的にライバル意識を持ち、リボーンを一方的に追い駆け続けてきたせいもあるが、あんな年下の男に何時までも追い着く事が出来ない悔しさがあった。
 リボーンという存在はアルコバレーノという特別なものだと分かっているが、それでも悔しいのだ。ランボにだって、年上としての意地やプライドがある。
 ランボは昨夜の事を思うと、綱吉の前で酔い潰れてしまった恥ずかしさと、途中で放り出されたとはいえリボーンに送ってもらった悔しさが甦ってきた。
 だが、今はその悔しさに落ち込んでいる場合ではないとランボは思い直す。
「十代目の所に行かなくちゃ……」
 リボーンは兎も角、綱吉には昨夜の謝罪に行かなくてはならないだろう。
 いくら綱吉に誘われて飲みに行ったとはいえ、自分が酒に酔って迷惑をかけた事には変わりないのだから。
 こうしてランボはボンゴレ屋敷を訪ねる事を決めると、さっそくベッドから起きて身支度をしようとした。
 だが。
 ………………あれ?
 ランボは首を傾げた。
 ベッドを出ようとした瞬間、何か小さな物体に触れたのだ。
 ランボは自分が寝ていたベッドの中に物体の気配を感じ取ると、ゴクリと小さく息を飲んだ。
 その物体はとても小さなもので、ランボは不審を隠し切れない。
「嫌な予感がするのはどうしてだろう……」
 最初はぬいぐるみか何かだろうかと思ったが、幸か不幸かランボにはぬいぐるみを抱いて眠る趣味はなかった。
 しかも、その物体からはぬいぐるみのような可愛らしい感じではなく、得体の知れない嫌な予感まで感じてしまう。
 ランボは覚悟を決めると、おそるおそる掛け布団を捲ってみる。
 そして、ベッドの中の物体を見た、その瞬間。
「なんで!?」
 ランボは思わず叫んでしまった。
 ランボが目にした物体は、予想を大きく上回るものだったのである。
 そんな予想を上回る物体とは、――――五歳のランボだったのだ。
「ど、ど、どうして此処に十年前のオレがいるんだよ!?」
 ランボは驚きのあまり飛び起き、シーツに包まってすやすやと眠り続ける五歳ランボを凝視する。
 アフロといっても過言ではないふわふわの黒髪に、見覚えのある牛柄の着ぐるみ服。それは間違いなく幼少時の自分だった。
 ランボは幼い自分との対面に愕然としながらも、内心では大いに慌てていた。
 十年バズーカを使用して五歳ランボが十年後の世界に飛んでくる事は珍しい事ではないが、その際は入れ替わりにランボが十年前に飛ばされるのだ。それ故、同じ世界に過去と現在の自分が存在する事はない。
 それなのに今、十五歳のランボは此処にいて、十年前の五歳ランボまで此処にいる。
 これは有り得ない事態だった。
 どうして眠っている五歳ランボが十年後に来ているかは、寝相の悪かったせいで寝惚けて十年バズーカを誤射したのだと簡単に予想がつくが、それならば現在十五歳の自分は十年前に飛ばされていなくてはならないのだ。
「こんな事って……」
 ランボは目の前の現実が信じ難く、呆然とした口調で呟いた。
 しかも、ランボがハッとして時計を確かめれば、五歳ランボを確認してから五分以上が経過している。
 十年バズーカの効力は五分間であり、五分以上経っても現状が変わっていない事も異常事態だった。
 考えたくは無いが、もしかしてこれはバズーカの故障ではないだろうか。
 ランボはそこまで考えると、あまりの事態に二日酔いも吹っ飛び、そのまま現実逃避してしまいたい心境に陥ってしまう。
 だが、そんなランボの心境を知ってか知らずか、今までのん気に眠っていた五歳ランボが「んん……っ」と寝惚けた様子で瞼を擦りだした。
 どうやらお目覚めのようである。
 五歳ランボは眠そうにしながらも目を開けると、ぼんやりとした視線をランボに向ける。
 そして。
「……あ、変なヤツがいる」
 これが五歳ランボの第一声だった。
 五歳ランボの物言いに、ランボは過去の自分ながら思わず表情が引き攣ってしまう。
 しかし五歳ランボはそんなランボに構わず、半分寝惚けた状態できょろきょろと周囲を見回した。どうやら此処が普段と違う場所である事に気付いたようである。
「あっ! オレっちここ知ってる! 十年バズーカを撃つとここにくるもんね!」
 五歳ランボはそう言うと、「ランボさんは賢いから何でも知ってるんだよ?」と誇らしげに胸を張った。
 五歳ランボが十年バズーカを使用する時、入れ替わるランボは自分の部屋にいる事が多かった為、五歳ランボもこの部屋には馴染みがあったのだろう。
 そんな五歳ランボであったが、ふと側で突っ立ったままのランボに首を傾げる。
「おまえ誰? 変なヤツなの?」
 そう言って不審気な目を向けてくる五歳ランボに、ランボは頭を抱えそうになった。
 現在十五歳のランボはともかく五歳ランボにとっては確かに初対面であるが、いきなり「変なヤツなの?」はないだろう。過去の自分ながら、頭痛がする思いである。
 だが、ランボは出来るだけ気持ちを落ち着けると、「お兄さんは変なヤツじゃないよ?」と優しい笑みを作ってみせた。
 相手はまだ五歳の子供なのである。その子供を相手に本気になるなど大人気ないと思ったのだ。
 それより今は、この五歳ランボがどれだけ現状を把握しているか知っておきたかった。
「変なヤツじゃないの?」
「そう。変なヤツじゃないよ。オレの名前はランボっていうの」
 ランボはそう自己紹介したが、五歳ランボは「ランボ!?」とランボの名前に反応した。
「オレっちもランボだよ! オレっちはボヴィーノファミリーのヒットマンで五歳なんだよ!」
 五歳ランボは自分と同じ名前という事が嬉しいのか、頼んでもいないのに張り切って自己紹介を始めだす。
 その自己紹介をランボは笑顔で聞いていたが、内心では「知ってるよ……」と大きく嘆息していた。
 よくよく思い出せばランボは幼い頃、そこら中で自己紹介を連発していたのである。今思い出せば恥以外の何ものでもなく、出来れば耳を塞いでしまいたかった。しかし、十年バズーカが故障していると思われる今、五歳ランボは十年前に帰ってくれそうにない。
 ランボは五歳ランボの自己紹介を根気良く聞いていたが、隙を見て「ところで……」と強引に話を変えようとする。
「ところで、此処が何処か分かる? この場所がいつもと違う場所っていうのは分かるよね?」
 ランボがそう訊くと、五歳ランボは「ガハハッ、ランボさんは知ってるもんね!」と大きく胸を張った。
「ここは十年バズーカを撃ったらくるところでしょ? 今頃は十年後のオレっちが、リボーンをやっつけてるんだもんね!」
「そ、そうだね」
 どうやら五歳ランボは目の前のランボが十年後の自分であると分かっていないようだが、此処が未来の世界である事は分かっているようである。又、五歳ランボは十年バズーカを誤射する事が多い為、突然十年後に飛ばされた事に疑問を持っていないようだ。
 そんな五歳ランボは、当然ながらバズーカの故障や現在の事態が異常である事は分かっておらず、相変わらず「ガハハッ」と笑い続けているのだった。





 ボンゴレ屋敷の執務室。
 ボンゴレ屋敷を訪ねたランボは執務室に通され、ここで綱吉を待つように言われた。
 本来なら、イタリアマフィア界を牛耳るボンゴレファミリーの十代目を訊ねる事は簡単な事ではないが、ランボは幼い頃から綱吉と懇意にしているのと、雷のリング保持者という事で許されていたのだ。
 普段のランボならボンゴレ屋敷を訪ねる時は、懇意にしている面々に会えるだけあって上機嫌になるのだが、今のランボはソファの上で頭を抱えていた。
「十代目に何て言おう……」
 ランボは溜息混じりにそう呟くと、自分の隣にちょこんと座っている五歳ランボを横目に見る。
 五歳ランボはボンゴレ屋敷という見慣れぬ場所に少し緊張しているようだが、興味深げにきょろきょろと周囲を見回していた。
 そう、ランボはボンゴレ屋敷を訪れる際、五歳ランボを一人でアパートに残す訳にはいかずに連れてきたのだ。
 ランボは、この五歳ランボに対して「お願いだから大人しくしてて」と内心で祈るような気持ちになっていた。
 最初は五歳児を留守番させる訳にはいかないという気持ちで連れてきたが、よくよく考えればこの子供は過去の自分なのである。今は大人しくしているが、この場所に慣れてくれば普段のウザさを発揮して騒がしくなるのは間違いない。それはきっと、現在ボンゴレ十代目である綱吉に対しても発揮されるだろう。
 ランボとしては、それだけはどうしても阻止したかった。
 十年前の綱吉ならともかく、現在はボンゴレ十代目なのである。そんな綱吉に対して無礼を働くのだけは勘弁してほしい。
 こうしてランボは落ち着かない気持ちで五歳ランボを見ていたが、しばらくして執務室の扉が開かれた。
「ランボ、よく来たね」
 そう言って執務室に入ってきたのは綱吉とリボーンだった。
 綱吉は優しい笑みを浮かべ、「昨日はだいぶ酔ってたけど大丈夫だった?」とランボを心配する。
 そんな綱吉にランボは言葉を返そうとしたが、不意に小さな影が飛び出してきた。
「変なヤツがきたー!」
 執務室に突然響いた子供の声。
 その声に、室内が一瞬でシンッと静まり返る。
 この静まり返る執務室の中で、綱吉、リボーン、ランボの三人が凝視した場所は一箇所だった。
 それは、五歳ランボである。
 五歳ランボはランボを押し退け、綱吉とリボーンの前に飛び出したのだ。
 突然登場した五歳ランボを三人は唖然としたように凝視していたが、ランボはハッと我に返った。
「うわっ、何してるんだよ……!?」
 ランボは慌てて五歳ランボを抱き上げ、綱吉とリボーンから隠すように自分の背後へ引っ込ませる。
「お願いだから大人しくしててっ」
 ランボは窘めるようにそう言ったが、五歳ランボは「ガハハッ、いやだね〜」と暴れだす。
 先ほどまでは慣れない場所に大人しくしていた五歳ランボだったが、どうやらもう普段の調子を取り戻し始めたようである。
「だって、あいつら知らないヤツなんだもん」
「知らない人なら、尚更そんな事しちゃ駄目なの!」
 ランボは五歳ランボを抱いたままそう注意したが、不意に、そんな二人を唖然と見ていた綱吉が口を開いた。
「ランボ、その子供って……」
 もしかして……と信じ難いものでも見るように、綱吉はランボと五歳ランボを見比べている。
 この綱吉の視線に、ランボは「じ、十代目……っ、これは……」と焦ってしまった。
 ランボは、綱吉に何て説明すれば良いのか分からなかったのだ。否、説明などしなくても綱吉は察してしまっているだろう。
 何故なら、綱吉とランボが出会ったのは十年前の為、綱吉は五歳ランボを知っているのだから。そしてその五歳ランボが十年バズーカを乱用し、度々トラブルを起こしていた事も。
 しかも、綱吉は現在のランボと五歳ランボが同じ世界に存在してしまっている異常事態にも気付いている筈だ。
「あの、これは……その……っ」
 ランボは何て言って良いのか分からず、困ったような表情になった。
 異常事態を隠し通す事は出来ないと覚悟しているが、それでも大きなトラブルを抱えてしまった事に変わりは無いのだ。
 ランボは、そのトラブルを綱吉などの前に晒すのが嫌だった。
 綱吉などランボが幼い頃から懇意にしていた者達は、今でもランボを甘やかして子供扱いする事が多いのである。その為、綱吉はランボが持ち込むトラブルを決して怒ったりせず、むしろ解決の為に積極的に働きかけてくれるだろう。
 だが、ランボはそれが嫌だったのだ。
 幼かった頃の自分ならともかく、今は十五歳になる男である。それなのに、未だに綱吉達の庇護下に置かれ、子供のように甘やかされるという事に躊躇いを覚えるのだ。
 その上、今回のトラブルの原因である五歳ランボは、ランボが騒々しかった時期の最盛期であり、当時は周囲から「ウザイ」と言われ続けていたのである。そんな五歳ランボが綱吉に面倒を掛ける事はなんとしても避けたかった。
 ランボはそれらを不安に思い、綱吉に困惑したような視線を向ける。
 しかし。
「うわーっ、懐かしいね!」
 しかし、綱吉から発せられたのは予想外の言葉だった。
 そう、綱吉は最初こそ五歳ランボの姿に驚いていたようだが、その表情には直ぐに喜色が刻まれたのである。
 五歳ランボを見て満面の笑みを浮かべた綱吉に、ランボは「じ、十代目……?」と戸惑ってしまう。
 だが、綱吉はそんなランボを気にする事はなかった。それどころか、ランボが抱いている五歳ランボに「おいで」と優しく手を伸ばしたのである。
 五歳ランボは、自分に手を伸ばす綱吉を警戒するようにじっと見つめた。
「オレっちを知ってるのか?」
 そう言って五歳ランボは訝しげな表情になるが、綱吉はそれにニコリとした笑顔を返す。
「よく知ってるよ。名前はランボで、年齢は五歳、好物はアメ玉とブドウで、ボヴィーノファミリーのヒットマンなんだよね」
 これは五歳ランボが得意としていた自己紹介だった。
 綱吉がその自己紹介を迷いなく言ってみせれば、五歳ランボはパァッと表情を輝かせる。
 五歳ランボは、自分の事を知っている人がいるという事がとても嬉しかったのだ。
「そうだよ! オレっちランボだよ! アメ玉とブドウが好きなんだよ!?」
 五歳ランボは子供らしい元気な声でそう言うと、ランボの腕からぴょんっと飛び降り、綱吉の側に駆け寄った。どうやら、綱吉に対して抱いていた警戒心が完全に解けてしまったようである。
「なんでオレっちのこと知ってんの!?」
 そう言って五歳ランボがくりくりとした大きな瞳を輝かせれば、綱吉は「可愛いな〜」と五歳ランボを懐かしげに抱き上げた。
「小さなランボ、十年後の世界へようこそ。オレの名前はツナだよ」
「……ツナ? お前、おっきくなったツナなのか!?」
 五歳ランボは『ツナ』と名乗った綱吉に、驚きで大きく目を見開いた。
 そして綱吉に抱っこされたまま、「本当にツナなの?」と五歳ランボは首を傾げる。
「オレっちの知ってるツナはこんなんじゃないよ? ツナはもっと小ちゃいし、弱っちいもん!」
 自信満々に胸を張ってそう言った五歳ランボ。
 この五歳ランボの言葉に、ランボは「ちょっと……っ」とギョッとしたように反応した。十年前の綱吉ならともかく、現在の綱吉はボンゴレ十代目という立場なのである。いくら懇意にしてもらっているとはいえ、失礼な真似ができる相手ではない。
 だが、そんなランボの心配を余所に、綱吉は五歳ランボの暴言に声を上げて笑いだした。
「そうだね、小さなランボが知ってるオレは中学生のオレだもんね」
 綱吉は笑いながらそう言うと、五歳ランボと視線を合わせ、優しく言い聞かせるように言葉を続けた。
「小さなランボ、ここが十年後の世界なのは分かるね? オレは十年後のツナだよ」
「十年後のツナ……?」
「そうだよ。だから、小さなランボの事はよく知ってるよ」
 五歳ランボに向けられる綱吉の言葉は、とても優しく子供に手慣れたものだった。それは綱吉自身がランボの元保育係であった事もあり、五歳ランボの扱いは熟知していたのだ。
 こうした綱吉の接し方に、五歳ランボは「ツナは十年経ったらこんなんになるのか!」と安心して懐きだす。
 その五歳ランボの瞳には憧れの色が彩られ、キラキラした眼差しを綱吉に向けた。
 元々綱吉が大好きな五歳ランボは、十年後の綱吉も躊躇うことなく受け入れる。
 五歳ランボは、一つの世界に二人のランボが存在する異常事態には気付いていないが、この世界が十年後であるという事だけは分かっている為、目の前の綱吉が十年後の姿であると理解したのだ。
「ツナー、あそんでー!」
 五歳ランボがぎゅっと抱きつけば、綱吉も「本当に懐かしいよ。ランボは可愛いね」と優しく抱き締め返す。
 ランボは、そんな二人の光景をおろおろとした表情で見ていた。
「じ、十代目……。驚かないんですか……?」
 ランボは、困惑した口調でそう言った。
 だが、そんなランボの困惑を余所に、綱吉は「驚かないよ」とニコリと笑う。
「ランボは覚えてないかな? 十年前にバズーカが故障して、ランボが十年後に行ったまま帰ってこなかった事があったんだ。今回の故障は、その時のだと思うよ。だから安心して?」
 この思わぬ綱吉の言葉に、ランボは「えっ」と驚きを隠しきれなかった。
 それは初めて聞かされた事だったのである。
「そんな事があったんですか? オレはよく覚えていないんですが……」
「そうなの? まあ、ランボはまだ五歳だったからね、しょうがないかな」
 綱吉は飄々とした様子でそう言うと、「だから大丈夫だよ」と自信有りげに断言した。
 こうして簡単に大丈夫と言い切ってしまう綱吉に、ランボはただ「そうなんですか……」と呆然とするしかなかった。
 そもそも綱吉は信頼するに充分な人物であるし、何よりもランボ自身が幼少の頃の記憶に自信がなかったのである。十年前の事を回想して思い出せるのは、リボーンに苛められ続けた事と、楽しかった日本での生活しかない。そうなれば、綱吉の言葉を一縷の希望として信じるしかないのだ。
「それじゃあ、五歳のオレは元の十年前に戻れるんですね?」
「うん、心配しないで。直ぐには戻れないけど、そんなに時間は掛からなかった筈だから」
「そうなんですか、それを聞いて安心しました」
 ランボは安堵の息を吐く、自分は十年前のバズーカ故障についてはよく覚えていないが、綱吉がそう言うならと安心したのだ。
 五歳ランボを見た時は、同じ世界に二人のランボがいる異常性に驚き、不安でしょうがなかったが、五歳ランボが元の世界に戻るのなら安心である。まあ、しばらくは五歳ランボの世話をしなくてはいけなくなってしまうだろうが。
 ランボはそう思いながらも、安堵の表情で綱吉に抱かれてはしゃいでいる五歳ランボを見ているのだった。
 しかし。
「アホ牛と牛ガキの組み合わせとは最悪だな」
 不意に、今まで黙って事の成り行きを見ていたリボーンが割って入った。
 リボーンは口元に薄い笑みを刻み、「考えただけでウザすぎる」とランボを馬鹿にする。
 そんなリボーンの態度に、先ほどまで安堵を覚えていたランボの気持ちが一気に急降下した。
「何だよ、リボーンには関係無いだろ!?」
 ムッとした表情でリボーンを睨むランボ。
 だが、リボーンがそんなランボを気にする事はない。
 こうして二人は、ランボがリボーンを睨み、それをリボーンが無視するという幼い頃から変わりない構図を繰り広げたが、今回はその構図の中に乱入する者があった。
 それは五歳ランボである。
 五歳ランボは『リボーン』という名前にピクリと反応すると、綱吉の腕の中からぴょんっと抜け出したのだ。
「お前、リボーンなのか!?」
 そう、五歳ランボはリボーンの存在を知ると、十年後のリボーンにも条件反射のように反応してしまうのだ。
 五歳ランボはもじゃもじゃ頭からナイフを取り出すと、「死(ち)ねー!!」と勇ましくリボーンに投げつける。
 この五歳ランボの暴挙に逸早く反応したのはランボだった。
 ランボは伊達に十年前からリボーンを狙っている訳ではないのだ。リボーンが襲撃者に対して容赦がないのはよく知っている。
 その為、ランボは「危ない!」と咄嗟に五歳ランボを庇おうとした。
 いくら五歳ランボから攻撃を仕掛けたとはいえ、まだ幼児なのだ。そんな五歳ランボがリボーンの反撃を喰らって無事でいられる筈がない。
 だが。
「ひ……っ!」
 だが、執務室内に響いたのは五歳ではなく十五歳のランボの悲鳴だった。
 五歳ランボがリボーンに投げつけた筈のナイフが、何故かランボに向かって帰ってきたのだ。
 ナイフはランボの頬を掠め、背後の壁にグサリと突き刺さる。
 そう、五歳ランボが反撃されるというランボの心配は杞憂だった。それどころか、一番危ないのは自分だったのだ。
「ちょっと、何でオレにナイフ投げるんだよ! オレは何もしてないだろ!?」
 ランボは自分を掠めたナイフを指差し、リボーンに「殺す気かよ!?」と訴えた。
「俺に幼児虐待の趣味は無い」
「だからって、オレに反撃することないだろ!?」
「牛ガキは十年前のお前だろ。牛ガキがやらかした始末はお前がつけろ」
 当然のようにそう言ったリボーンに、ランボは「た、確かに十年前のオレだけど……」と悔しそうに口篭る。
 リボーンの言葉は理解できなくもないが、それでも納得いかない何かがあるのだ。
 ランボは何も言い返せず、「リボーンの馬鹿……っ」とリボーンを睨んだまま負け惜しみを口にする。
 こうしたランボにリボーンは一笑したが、そんな二人の間に綱吉の「まあまあ」という飄々とした声が割って入った。
「二人とも喧嘩は無しだよ。小さいランボがびっくりするじゃない」
 そう仲裁した綱吉は五歳ランボを抱き上げ、「びっくりするよねー」と五歳ランボを甘やかすように声を掛ける。どうやら綱吉は、懐かしさのあまり五歳ランボがそうとう気に入ったようで、まるでその姿は久しぶりに孫に対面した祖父のようである。
「そこでオレに提案があるんだけど、ちょっと聞いてくれる?」
 綱吉はそう言うと、普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべてリボーンとランボを見やる。そして。
「小さいランボがいる間、ランボと小さいランボはリボーンの家に住むっていうのはどうかな? ランボが一人で小さいランボの面倒見るのは無理だと思うし、それならリボーンの所に身を寄せちゃえばいいよ」
 これは飛んでもない爆弾提案だった。
 この爆弾提案に、思わずリボーンとランボは「え?」と表情を引き攣らせる。
 しかし、綱吉は穏やかな笑みを崩さずに、「リボーンの家は広いし、二人なら小さいランボの面倒も見れると思うし。それなら安心だね」と決定事項のように言葉を続けたのだ。
 だが、その綱吉の提案に黙っていられないのは当事者であるリボーンとランボである。
「ま、待ってください十代目。小さいランボの面倒をオレが見るのは分かりますが、何でリボーンなんかと……っ」
「そうだ。何で俺がアホ牛と牛ガキの飼育をしなきゃなんねぇんだ。一人でもウゼェのに二人なんて冗談じゃねぇぞ」
「ちょっと、飼育って何だよ!?」
 ランボは綱吉に反論しようとしたが、その前にリボーンの「飼育」という言葉にピクリと反応した。
「オレの方が四歳も年上なんだから、リボーンに面倒見てもらわなきゃいけない事なんて無いんだからな!」
 ランボはそう声を荒げ、そのままリボーンに掴みかかろうとする。
 こうしてまたしてもランボがリボーンに向かっていったが、今度は直ぐに「そこまでだよ」と綱吉の仲裁が入った。
 そして綱吉は二人の間に入ると、相変わらずの笑みを浮かべたまま提案を蒸し返す。
「小さなランボを一人で面倒見るなんて無理だよ。元保育係のオレが言ってるんだから、これだけは確かだって」
 綱吉ははっきりと断言すると、苛立ちを顕わにしているリボーンに視線を向ける。
「リボーン、これはボス命令ね」
 いくらリボーンといえど、ボンゴレ十代目の綱吉が「命令」と言ってしまえば逆らう事は出来なかった。命令という形を持つならば、それは即ち仕事という事になるのだから。
「俺の生活を少しでも騒がしたらぶち殺すぞ。覚えとけ、アホ牛」
 リボーンは舌打ちすると、ランボをそう脅した。
 その言葉は乱暴ながらも綱吉の言葉を了承するもので、ランボはそれに「ちょっと待ってよっ」と慌てだす。
 リボーンの了承はランボにとって意外なものだったのだ。
 ランボは、リボーンは綱吉の命令とはいえ自分と一緒に住むなど納得しないと思っていたのである。
 それがこんなに簡単に納得してしまうとは思わなかった。
「いくら十代目の提案でも、オレはリボーンと一緒に住むなんて絶対に嫌です! それに、ボスだって許すかどうか……っ」
 ランボは拒絶の言葉をそう濁らせると、綱吉に「すいません」と申し訳なさ気に頭を下げる。
「オレ、ボスの所にいって相談してきます!」
 ランボはそう言って五歳ランボを綱吉から返してもらうと、そのまま「失礼しました!」と逃げるように執務室から出て行ったのだった。





 ランボが五歳ランボを連れて退室すると、応接間には綱吉とリボーンが残された。
 綱吉は穏やかな笑みを浮かべてランボ達を見送ったが、不意に、リボーンに視線を向ける。
「リボーン、オレに感謝してよ」
「……感謝だと?」
 綱吉の突然の言葉に、リボーンは不機嫌に目を据わらせた。
「感謝ってのはどういう意味だ。殺意を抱きこそすれ、感謝なんて欠片もねぇぞ」
「あれ? 嬉しくないの? せっかく一緒に住めるようにお膳立てしてあげたのに」
「誰もそんなこと頼んでねぇ」
 リボーンは忌々しげにそう言うと、「余計な事すんな」と綱吉を睨み据える。
 そんな苛立った様子を見せるリボーンに、綱吉は「何で?」と首を傾げた。
「二人のランボに挟まれて生活するなんて、まるでハーレムみたいじゃない」
「とんだハーレムだな。嬉しいとか嬉しくないとかそんな次元の問題じゃねぇんだ。あのアホ牛は、俺のことを生意気なガキとしか思ってねぇんだぞ」
 リボーンは不機嫌な表情で吐き捨てるようにそう言った。
 そう、リボーンはランボが自分に対して持っている認識を知っている。
 その認識とは、生意気で傍若無人で傲慢で、そして何より四歳年下の子供というものだろう。
 リボーンからすれば、そのような認識は直ぐにでも改めさせたいほど気に入らないが、こればかりは簡単にどうこう出来るものではない。しかも実際にリボーンはランボより年下の為、認識を覆す事は困難な事だと思えるのだ。
 リボーンはそれを思うと内心で舌打ちする。
 リボーンは、認めたくないがランボに対して特別な想いを抱いている。それなのに肝心のランボはリボーンの事を生意気な子供としか思っていない。
 そんな相手と一緒に住むなど、リボーンにとっては生殺しと一緒なのだ。
 こうして、冗談じゃねぇぞ……と心底嫌そうな様子を見せるリボーン。
 綱吉は、このリボーンの態度と言葉に全てを察すると「まあまあ」と宥めだす。
「リボーンはランボより年下だし、子供っていうのは当たってるけど……」
 綱吉は少し呆れながらもそう言うと、苦笑混じりに言葉を続ける。
「生意気なんて、そんな生易しい言葉で片付けられる子供じゃないんだけどね」
 そう言った綱吉は苦笑を浮かべていた。
 リボーンはアルコバレーノとして、赤ん坊の頃から最強と謳われる男である。きっとそんなリボーンを『生意気な子供』と言える人物は、自分を含めても数多くないのだから。






「おお、小さなランボ! このふわふわの髪、この牛柄の着ぐるみ服、この遠慮の無い甘え方、これはまさしくランボだ!」
「ボス〜!」
 今、ランボの目の前では説明に困る光景が繰り広げられていた。
 ランボは思わず、内心で「ちょっと……」と呟いてしまう。
 そう、ランボの目の前で繰り広げられる光景とは、敬愛するドン・ボヴィーノと五歳ランボの熱い抱擁だったのだ。
 ランボは五歳ランボを連れてボンゴレ屋敷を出た後、そのままボヴィーノ屋敷へ向かったのである。
 その目的は只一つ、現状の打開だった。
 ドン・ボヴィーノに相談し、もしボスが「ボヴィーノが援助するから、リボーンと住まなくて良い」と言ってくれれば、ランボはリボーンと一緒に住まなくて良くなるのだ。
 その為に、ランボはドン・ボヴィーノに会いに来ていた。
 しかし、ドン・ボヴィーノに会ったのは良いものの、そこではランボの予想外の展開が待っていたのである。
 ランボが五歳ランボを連れて屋敷に入った瞬間、まるでそれを待ち構えていたかのようにドン・ボヴィーノが立っていたのだ。
 しかもドン・ボヴィーノは満面の笑みを浮かべ、「ランボ! 懐かしい姿だ!」と五歳ランボを踊るように抱き締めたのである。
 そんなドン・ボヴィーノに五歳ランボも最初はびっくりしていたが、直ぐに自分のボスの十年後だと判別できたようで「ボス〜!」と甘えだしていた。
 こうして二人の繰り広げる光景を、ランボは言葉も無くただ呆然と見ているしか出来なかった。
 ドン・ボヴィーノという人物は、還暦を越えた年齢ながらも現役のような精悍さを感じさせ、ファミリーのボスという肩書きに恥じない人物である。優しげな笑みを浮かべながらも、いざとなれば鋭い表情を見せる様はランボにとって憧れの対象といっても良い。
 だが、そんなドン・ボヴィーノであるが、五歳ランボを抱いて満面の笑みを浮かべている今の姿は好々爺そのものである。
 それはまるで綱吉が五歳ランボに見せた愛着ぶりと似ており、まるで久しぶりに孫に会った祖父のようだった。
「ボ、ボス……、あの……」
 ランボは、五歳ランボを甘やかしまくるドン・ボヴィーノに「ちょっと良いですか……?」と呆気にとられながらも声を掛けた。
「ボス、お聞きしたいんですが、十年前のオレが十年後に飛ばされているってご存知だったんですか?」
 ランボはドン・ボヴィーノの喜びように苦笑しながらも、気になった事を聞いてみた。
 ドン・ボヴィーノが見せた五歳ランボへの反応は、ボヴィーノ屋敷へ入って直ぐのものだったのである。ドン・ボヴィーノは五歳ランボを見ても困惑する事はなく、いとも簡単に受け入れてしまったのだ。これは最初から知っていたとしか思えない。
「ああ、もちろん知っていたよ。ランボが来る前に、ボンゴレ十代目から連絡が入ってね」
「やっぱり十代目が……」
 ランボは、遅かったか……と内心で小さく息を吐く。
 ドン・ホヴィーノの反応から見て何らかの情報は流れていると思っていたが、まさにその予想通りだった。
「ランボ、ボンゴレから聞いているぞ。しばらくリボーンの所に身を寄せるそうじゃないか」
 ドン・ボヴィーノから何気なく紡がれた言葉。
 この言葉に、ランボは「そうなんですっ」とハッと顔を上げる。
 そして一縷の希望に縋るように、ドン・ボヴィーノを見つめた。
 もしここでドン・ボヴィーノが反対してくれれば、ランボはリボーンと住まなくても良くなると思ったのだ。
「そうなんですよ。でもリボーンとは別のファミリーですし、これってマ――――」
「リボーンに宜しく頼むと伝えてくれ」
「――――え?」
 マズイですよね? と続けられる筈だったランボの言葉は、ドン・ボヴィーノによって遮られた。
 しかも、ランボが予想もしなかった言葉で遮られた。
 この言葉に、ランボは愕然となる。
「ま、待ってください、リボーンとオレは別のファミリーなんですよ!?」
「そうだが、ランボは雷の守護者だ。ボンゴレに厄介になっても問題ないだろう」
「問題ないって……、そんな……」
 ドン・ボヴィーノの言葉はランボがリボーンと住む事を推奨する言葉であり、これによってランボの縋った一縷の希望が途絶えてしまう。
 ランボはそれでも諦めきれずに「でもっ」と言い募ろうとしたが、ドン・ボヴィーノの「リボーンの所なら安心だな」という言葉に反論する術を無くしていく。
 こうして逃げ道を塞がれたランボは、当初の提案であるリボーンの家で住むという事を了承せざるを得ないのだった。





 夕日が沈み始めた頃。
 今までランボと五歳ランボはボヴィーノ屋敷にいたが、そろそろ帰らなくてはならない時間だった。
 今夜からリボーンの家に住む事になる為、夜までには戻らなくてはならないのだ。
「小さなランボ、また遊びにくるといい。いつでも歓迎するよ」
「ガハハッ、ボス大好き〜!」
 ボヴィーノ屋敷を出る際、ドン・ボヴィーノは五歳ランボとの別れを惜しむように大量のアメ玉やブドウを手渡していた。
 ランボはその甘やかしぶりを苦笑混じりに見ていたが、ドン・ボヴィーノは「これだけでは足りない」と世界中から珍しいアメ玉やブドウを取り寄せようとしたのである。それに驚いたランボが、「お願いですから、それだけは止めて下さいっ」と慌てて食い止めたほどだった。
 ドン・ボヴィーノはそれにとても残念そうな表情をしたが、不意に、ランボに視線を向けた。
「ランボ、今日は幼い頃のお前に会えてとても嬉しかったよ。最近のお前は、ちっとも私に甘えてくれなくて寂しかったんだ。お前の好きなアメ玉をあげても、子供扱いするなと言われてしまうしね」
 ドン・ボヴィーノは小さな笑みを浮かべ、冗談混じりにそう言った。
 その言葉は軽口のように紡がれたが、ドン・ボヴィーノの眼差しは微かに寂しそうな色を宿している。
 だがランボは、ドン・ボヴィーノが微かに見せた感情に気付くことはなかった。
「ボス、すいません。お気持ちは嬉しいですが、オレも十五歳なんです。いつまでも子供みたいな事はできませんよ」
 ランボはそう言うと、「もう大人ですから」と胸を張ってみせる。
 そしてランボは、五歳ランボを抱いたまま「今日は有り難うございました」と頭を下げ、五歳ランボも大好きなドン・ボヴィーノに大きく手を振った。
 こうして二人のランボはボヴィーノ屋敷を後にするのだった。





 夜空の月が煌々と輝く頃。
 仕事を終えたリボーンは、ボンゴレ屋敷の近くにある自分の家へと向かっていた。
 だが、リボーンは家の前に立つと不機嫌に眉を顰める。
 リボーンの家はボンゴレ屋敷のような洋館造りとは違い、近代的な造りをした家である。しかし家といっても、広大な敷地に建てられたそれは屋敷と呼ぶに相応しく、一人暮らしのリボーンは部屋を余らせているほどだった。
 そう、リボーンは一人暮らしなのである。
 それなのに今、無人の筈の家からは灯りが漏れ、中からは見知った気配を感じるのだ。
 リボーンはその気配に溜息にも似た息を吐くと、そのまま家の扉を開けた。そして。
「ガハハッ、リボーンだ! リボーンが帰って来た!」
 扉を開けた瞬間、何故か五歳ランボが飛び掛ってきた。
 リボーンは、飛び掛ってきた五歳ランボをボールのように片手でキャッチすると、猫の子を掴むように片手にぶら下げる。
「ガキ牛、煩せぇぞ」
「煩くないもん! オレっち良い子だもん!」
 五歳ランボはリボーンに猫のように掴まれながらも、身を捩るようにして暴れだす。
 そんな騒がしさにリボーンは辟易してしまうが、それを無視して家の中に入っていった。
 リボーンが五歳ランボを猫掴みしたままリビングに入ると、そこではランボが忙しく動き回っている。
 ランボはリビングと繋がっているキッチンに立ち、持参したと思われる牛柄エプロンを着けて料理を作っていたのだ。
 リボーンはその光景に思わず目を据わらせる。
「おい、何をしている」
 リボーンの地を這うような低い声色。
 ランボはその声にビクリッと肩を揺らせたが、ムッとしたような表情を作って振り向いた。
「見て分かんない? 夕飯作ってるんだけど」
「俺はそんな事を聞きたいんじゃねぇぞ。何でアホ牛と牛ガキが此処にいるのか訊いてるんだ」
 リボーンはそう言いながら、五歳ランボを掴んだままランボの前に歩いていく。
 そして、ランボに五歳ランボを押し付けるようにして手渡すと、自分はリビングに戻ってソファに寛ぐようにして座った。
 ランボは、五歳ランボを抱っこしたままそれを見ていたが、不意に悔しげな表情でリボーンを睨む。
「オレだって好きで此処に来た訳じゃないよ。十代目とボスが、リボーンの所に住めって言ったから来たんだからな」
 負け惜しみのようにランボはそう言った。
 ランボとて好きでリボーンの所に来た訳ではないのだ。綱吉やドン・ボヴィーノが進言しなければ絶対に来ていなかったと断言できる。
 そう、これは敬愛する二人の顔を立てる為だと、ランボは自身に言い聞かせた。自分はリボーンよりも年上で大人なのだから、これくらいは我慢できなくてはならないだろう。
「……勝手にしろ」
「勝手にするもん」
 素っ気無いリボーンの言葉に、ランボも素っ気無く返事を返す。
 それは売り言葉に買い言葉のような会話だったが、この会話によってリボーンとランボ、そして五歳ランボの三人同居生活は始まるのだった。



 だが、ランボは知らない。
 こうしてキッチンに立つランボと、その足元で「オレっちが味見してあげるー」と騒いでいる五歳ランボの姿をリボーンが見ていた事を。
 そしてその姿を見て、リボーンが内心で「やっぱり生殺しだ……」と嘆息している事を……。






                              同人に続く




という訳で同人に続きます。
予定よりもページ数が増えてしまいました…。ちょっと反省です。
でも、今回は5歳と15歳ランボを書けて楽しかったですよ。
ちなみに1歳リボーンもちょっとだけ出てきます。
好きなんですよね。過去、現在、未来が繋がっている話とか。

あ、この話は、サイトで連載している『トリプル・トラブル』とはまったく別の話です。





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